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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~幸福な王子編~  作者: バニラ味一択


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エピローグ:その鐘を鳴らすのは




 一連の騒動により、歓楽街ゴールデンプレジャーは文字通り壊滅した。


 煌びやかなネオンで飾られた黄金の街は剥がれ落ち、瓦礫の山が残された。もはや、傷ついた街を魔法のように修復してくれるシステムコアは存在しない。


 けれど住民たちは――私たちが思っていたよりも、ずっと強かった。

 かつて憎しみ合っていたはずの燕会の組員と管理局の職員は、今や泥にまみれて肩を並べ、復興のために汗を流している。

 誰に命令されるでもなく、自分たちの足で歩み始めた街には、日に日に活気が戻っていった。




 街の壊滅から半年。

 中央広場には、復興の象徴として、時刻を知らせる鐘が設置された。

 今日はその記念式典。

 そして――あの人たちとのお別れの日だ。


「本当に、ありがとうございました。教官のおかげで、私達、本当に強くなれた……」


 ルナが少し照れくさそうに、ルビーへ頭を下げる。


「礼には及ばないわ。あなた達自身の努力の結果よ。もう私が教えることなんて何もない、本当に立派な捜査官になったわ。……またね、エデンに帰っても頑張って」


 ルビーはいつもの冷静な口調だったが、その瞳には慈愛に満ちた温度があった。


「ルナちゃん、ワク! 元気でな!お前らは俺の舎弟なんだから、困ったことがあったら、兄貴の俺になんでも言うんだぞ!」


 サブが、調子よく白い歯を見せて笑った。


「まあ、組抜けしてないから、お前らはまだ燕会の組員だ。いつでも戻ってこいよ」


 蓮司が不器用に頭を掻き、視線を逸らしながら言う。

 ルナとワクは、復興の半年間、管理局の特別職員として誰よりも現場を走り回った。その背中を、私は少し離れた場所から見つめていた。


 ……私は、みんなのように素直な言葉はかけられない。

 あの人は燕会を、私の家族を、一度は裏切ったのだから。


「リン! 色々助けてくれてありがとう。……これからも、お店頑張ってね」


 ルナが私の前で足を止め、真っ直ぐな笑顔を向けてくる。その輝きが私には痛かった。


「……ルナ、ごめんなさい。やっぱり私は、あなたを許すことができない」


 私の口から出たのは拒絶の言葉だった。ルナが少しだけ、寂しそうに目を伏せる。


「あなたが街のために尽くしてくれたのは分かってる。感謝もしてる。だけど……あの時、あなたが燕会を裏切ったこと……。親に捨てられた私は、家族を捨てるような真似をしたあなたを……どうしても、許すことができないの」


「リンちゃん、それは……。ルナちゃんは……」


 サブが諭すような、どこか悲しげな口調で口を挟もうとする。けれど、それを止めたのはルナ自身だった。


「いいの、兄貴。……私が皆を騙していたのは事実だから……。リン、本当にごめんなさい」


 ルナは無理に笑おうとはせず、ただ静かに、私の目を見つめ返した。


「さようなら、リン。元気でね」


 私は何も答えられなかった。

 去っていく二人の背中を見つめながら、拳を強く握りしめる。

 許せないという怒りと、それでも彼女に救われたという事実が、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


「それじゃあリンちゃん、また夜に。楽しみにしてるぜ!」


 サブさんが軽やかに手を振り、ルナたちの背中を追っていった。一人残された私は、遠ざかる鐘の音を聞きながら、夕暮れの街を歩き出した。







 ……夜。

 復興した歓楽街の一角、かつての喧騒を取り戻した『桃源郷』の扉が開く。


 そこにいたのは、半年間の泥汚れを脱ぎ捨て、誰もが見惚れるほどの輝きを纏った私の姿だった。

 絹のように滑らかなミッドナイトブルーのドレスが、歩くたびに夜の海のように波打つ。繊細なレースがあしらわれたデコルテには、控えめながらも気品ある真珠が添えられ、丁寧に結い上げられた髪からは、一筋の毛束が白皙のうなじを撫でている。


 鏡の中の私は、かつて震えていた少女ではない。懸命に働き、この街で生き抜くと決めた、凛とした一人の女性だった。

 店内に足を踏み入れた瞬間、温かな拍手が私を包み込む。


「リンちゃん! ナンバーワン、本当におめでとう!」


 拍手の中心には、サブさんと、組長を退き相談役となった蓮司さん、そして穏やかに微笑むモモさんの姿があった。

 新たな組長となったサブさんの人望により、燕会と管理局の軋轢は、今や過去のものだ。

 この街は、かつての支配ではなく、共生という新しい形へ生まれ変わろうとしていた。


「リンちゃん、素敵よ。輝いてるわ」


 モモさんが優しく私の手を取る。


「リンちゃん、すごく綺麗だよ。おめでとう!」


 サブさんが相好を崩し、蓮司さんが静かに頷いた。


「リン。遅かれ早かれ、こうなると思っていた。お前の根性は本物だからな」


「……みんな、本当にありがとう」


 胸がいっぱいになりながら顔を上げた時、エントランスに飾られたひときわ立派な花籠が目に留まった。

 純白の胡蝶蘭を中心に、それを包み込むように鮮やかな紫色のアメジストセージが、まるで燃える炎のように、あるいは優しい抱擁のように添えられていた。


「すごく素敵……。アメジストセージ、サルビアね。私の大好きな花。……誰が用意してくれたの?」


 私の問いに、モモさんがそっと耳打ちした。


「ルナちゃんよ。エデンに戻っても、ずっと応援してるって。リンちゃんは、私の自慢の妹だからって」


「……えっ」


 心臓が跳ねた。

 その花の花言葉が脳裏を駆け抜ける。

 アメジストセージ――『家族愛』。


 その瞬間、私の中にあった意地汚い氷が、一気に溶け出した。

 本当は、最初から分かっていたのだ。裏切っただとか、嘘をついただとか、そんなことは些細なことだった。彼女は、あの混乱の最中から今日この時まで、一度だって私を家族として扱うことをやめなかった。


『さようなら、リン。元気でね』


 別れ際の、あの寂しそうな笑顔。


 何であんなことを言っちゃったんだろう。


 何であんなに意地を張って、彼女の心を傷つけるような言葉を選んでしまったんだろう。


「……っ、ルナ、お姉ちゃん……っ」


 かつての呼び名が、震える唇から溢れ出した。

 花籠を抱きしめるようにして、私は声を殺して泣いた。あんなに酷い言葉を投げつけた私を、彼女は最後まで家族として愛し、応援してくれていた。

 ひとしきり涙を流した後、私は化粧の崩れた顔を拭い、真っ直ぐな瞳で二代目組長となったサブさんを見つめた。


「サブさん。……お願いがあるの。……私を捨てた、本当の両親のことを調べてほしい」


 その言葉に、サブさんと蓮司さんが僅かに目を見開く。


「捨てた理由が、どうしようもない身勝手なものなら……やっぱり私の家族は燕会だけなんだって踏ん切りがつく。でも……もしそれが、どうしても避けられない事情だったとしたら。もし今でも、私を捨てたことを後悔して、ルナお姉ちゃんみたいに、私のことを想ってくれているなら……私は……二人を許してあげたい」


 ルナから受け取った無償の愛が、私の頑なだった心を溶かし勇気を与えてくれる。

 私の願いを聞き、サブさんはこれ以上ないほど優しい笑顔で頷いた。







 かつて支配と快楽に塗れていたこの街は、今、泥の中から咲いた花のように、気高く、そして美しく再生しようとしている。

 ふと、店内の時計が午前0時を指した。

 その瞬間、街の中央広場から、地響きのような重厚な音が、夜の静寂を震わせた。


 ゴーン――、ゴーン――。


 それは、復興の象徴として設置された、新しい時を刻む鐘の音。

 住民たちの喜びと生活を祝福する時間が、再び動き出したのだ。

 リンは窓の外、鐘の音が響く夜空を見上げた。


「……新しくできた鐘の音、何だか嬉しそう」


 リンは、夜空に響くその音に耳を傾け、優しく目を細める。

 ネオンの海に咲く一輪の花は、涙を経て、より一層の輝きを放ちながら成長していく。

 その成長を祝福するように、『鉛色の鐘』はこれからも、愛する人々の頭上で希望の音を響かせ続けるだろう。





 ネタ思い付いたら、また続きを書こうと思います。

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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