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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~幸福な王子編~  作者: バニラ味一択


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第33話:鉛天太子




「……ハァ、ハァ……ッ!」


 地下格闘場の長い階段を駆け上がり、ルナとワクは地上へと飛び出した。

 そこは、つい先ほどまで鵺代とマスターが戦っていた場所だ。

 本来なら爆発と地割れで、見るも無惨な惨状を呈していたはずであるが、街の自動修復システムが作動したため、硝煙の匂いも、砕けたアスファルトの破片一つも残らず、元通りとなっていた。

 ここで死闘が繰り広げられていたとは、誰も分からない。

 だが、修復されたのは街のテクスチャだけではなかった。


「……嘘でしょ」


 通りには、無数の「人影」がはびこっていた。

 灰色のコートを羽織り、フードの隙間から不気味な青い瞳を光らせる者たち。その顔はどれも、見覚えのある街の住人――あるいは、サブやリンの無機質な写し身だった。


「キシャァァァッ!!」


 ルナの姿を捉えた瞬間、青い目をしたクローンたちが、獣のような咆哮を上げて一斉に襲いかかる。


「来るぞ、構えろ!」


 ワクの鋭い号令と共に、ルナとワクが同時に地を蹴った。

 襲いかかるクローンたちの群れに対して、二人は実戦的な警察逮捕術をお見舞いする。


「……はっ!」


 ルナは、踏み込んできたクローンの手首を掴み、その勢いを利用して関節を極める。流れるような動作で体勢を崩し、膝裏への的確な打撃で地面に這わせた後、急所へ攻撃する。

 隣ではワクが、最短距離の掌打で敵の顎を跳ね上げ、脳を揺らして無力化していく。


「深追いするな、関節と急所だけを突け! こいつらは倒しても街に回収されるだけだ!」


 無機質なクローンたちの動きは単調だが、数は無限に近い。ルナとワクは背中を預け合い、無駄なリソース消費を抑えた最小限の動きで、確実に道を切り開いていった。


 その背後で、蓮司はただ一人、茫然自失として立ち尽くしていた。

 目に見える変化はない。だが、彼の身体の芯を流れていた、あの熱い「繋がり」が唐突に途絶えたのだ。


(……冷てぇ……。血が、凍りついてやがる……)


 それは盃血判を交わした者だけが共有する、霊的な感覚だった。

 鵺代という巨大な存在と結ばれていた太いパイプ。そこから流れ込んでいた『血と伝統』の熱量が、今はもう感じられない。


(鵺代が消滅した?……あり得ない。ヤクザの象徴であるあの怪物が……負けるはずが無い……)


 蓮司は、周囲の喧騒から切り離されたような孤独な静寂の中で、自問自答を繰り返す。


(俺たちヤクザ全員の命を背負った男だぞ!それに……鵺代が消滅したのに、何故俺たちが生きている?……一体誰が……どんな方法で……!?)


 自分たちの誇りが、理解できない何かに消滅させられた恐怖。

 膝をつく蓮司の目の前で、ルナが放った鮮やかな投げ技が、住民のクローンを石畳に叩きつける。


「蓮司、しっかりして! 止まったら囲まれるわよ!」


 ルナの叫びで、蓮司はようやく顔を上げた。

 血の契約は消えた。だが、彼が守るべき燕会の残党と、この歪な街の真実はまだ目の前にある。


「……クソが」


 蓮司は震える膝を叩き、力任せに立ち上がった。

 血が冷え切ったとしても、拳を握る理由までは消えていない。

 蓮司は『絶縁』を握りしめ、クローンの集団の中へと突撃した。




 ひとしきり、クローンを排除した頃、蓮司達は声をかけられる。


「若ッ! 無事ですかッ!!」


 クローンとの戦いの最中、路地の向こうから怒号のような叫びが上がった。

 数人の燕会組員たちが、怯える住人たちを庇いながらこちらへ駆け込んでくる。彼らの服はボロボロで、その表情には隠しきれない戦慄が張り付いていた。


「……何があった! 報告しろ!」


 蓮司が怒鳴るように問いかける。組員の一人が、肩で息をしながら惨状を語り始めた。


「さ、先ほど街の中心部で信じられねえ規模の戦闘がありました。地形が変わるほどの衝撃……。その後です、街の自動修復が始まった途端、修復された壁や床から、住民そっくりの化け物どもが這い出してきたのは!」


 組員の話によれば、クローンたちの目的は殺戮ではなかった。

 住民を捕らえると、バグで波打つ壁や床の中へと、生きながら引きずり込み連れ去ったという。連れ去られなかった者たちには、今ルナたちが対峙しているように、容赦なく襲いかかっている。


「避難状況は!? モモさんはどうしたの!?」


 ルナが詰め寄ると、組員は顔を伏せ、苦渋に満ちた声で答えた。


「……管理局の受付窓口の男……あの野郎が陣頭指揮を執り、俺たち燕会と協力して、住民を管理局の避難シェルターへ誘導した。忌々しいが、奴のお陰で殆んど全ての住民は無事だ。俺たちが連れているのが最後の避難住民、だが……モモさんのいた『桃源郷とうげんきょう』は、真っ先にバグに飲み込まれちまった。……誰も止められなかった……」


「そんな……モモさん……」


 ルナの膝から力が抜けかける。だが、ワクがその肩を強く支えた。


「連れ去られた住民はどうなったんだ?」


「街の入口にある巨大な『羅生門』……。……連れ去られた奴らの身体は、まるで資材みたいに塗り込められて……門の一部にされている……」


「なんだと……? 」


 ワクの顔が険しく歪む。

 街を守るはずのシステムが、街の住人を部品として吸収し、羅生門を肉の要塞へと作り変えている。それはもはや修復ではなく、歓楽街のシステムが、この世界の住人すべてを食らい尽くそうとしている予兆に他ならなかった。


「……行くよ、みんな」


 ルナは顔を上げる。その瞳には、絶望を焼き切るような鋭い光が宿っていた。


「モモさんを助けなきゃ。街のみんなを……こんなクソみたいなシステムに取り込まれてたまるもんか! 羅生門へ行くわよ!」




◇◇◇




 街の入り口に辿り着いたルナたちは、その光景に言葉を失った。

 聳え立つ巨大な羅生門。だが、それはもはや無機質な建造物ではなかった。門の表面を埋め尽くしているのは、連れ去られた住民たちの「顔」だ。彼らは石材の中に塗り込められ、肉体と建物の境界を失いながらも、その表情は一様に蕩けるような快楽に満ちていた。


「アハ……、ウフフッ……、ああ、幸せ……」


 門全体が、住民たちの濡れたような吐息と、悦楽に満ちた嬌声で震えている。


『羅笑門』それは恐怖による支配ではなく、過剰な多幸感によって住民をシステムの部品へと変貌させた、歓楽街の究極の姿だった。


「何よ……これ……。ひどい……。みんな、壊れてる……」


 ルナが震える声で呟く。

 だが、モモの姿は門のどこを探しても存在しなかった。

 すると、サブの肩を借りずとも立てるほどに回復したルビーが、虚空を見つめて口を開いた。


「……モモはここにいません。私には感じられる。……私達は、もとは一つの知性から分かれた存在……。別々になっても、魂の繋がりまでは消えない」


「……えっ?……教官?」


 驚くルナ達を尻目に、ルビーは門の真下――地面へと続く重厚なハッチを指差した。


「モモはこの真下……システムコアの深層にいる」


「リン、お前は組の者と一緒に管理局へ避難しろ。……残りの奴らはついてこい。コアの下へ案内する」


 蓮司が苦しげに息を吐きながら、地下への入り口へと歩み寄る。彼がその鍵を力任せに抉り開けようとした、その時だった。



 ゴ、ガガガガガガァァァァァァァッッ!!!



 立っていられないほどの激震が街を襲った。

 ルナたちが振り返ると、そこには悪夢のような光景が広がっていた。

 さっきまで立ち並んでいた歓楽街のビルやネオンサインが、意思を持つ筋肉のようにうごめき、互いをつなぎ合わせ、巨大な形を成していく。

 建物の瓦礫、看板、鉄骨。それらがすべて接着し、一つの巨大な人形ひとがたを形成したのだ。

 それは、街そのものが立ち上がったかのような巨像。

 かつて人々に愛された黄金の街が剥離していく――。


「……あれは……」


 ルナが呆然と見上げる中、その巨像はゆっくりと、その重い足をルナたちの方へ向けた。

 ゴールデンプレジャー、黄金の名を冠する街。だが、街から形成されたその巨像は、宝石の瞳も、黄金の肌も持たない、救いのない鉛色の偶像。


『鉛天太子』


「街が……襲ってくる……?」


 巨像が足を踏み出すたびに、羅笑門に塗り込められた住民たちが、いっそう激しく歓喜の喘ぎ声を上げた。




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