第32話:決着
激闘の終わりを告げるように、ルナを包んでいた光が霧散していく。
交流期間の終了。
ワクとエマの姿がルナの身体から剥離し、皆、肩で息をしながらその場に降り立った。
壁のクレーターにめり込んだ蓮司。だが、彼はそこから、なおも執念で身を乗り出し、一歩、前へ足を踏み出す。
「まだ……動くの!?」
ルナが身構えるが、蓮司はそのまま片膝を突き、その場に頽れた。
口から『絶縁』が滑り落ちる。
「……フッ、俺の……負けだ。認めよう。お前らの……その『縁』の強さをな」
「蓮司……。私も感じたわ。あんたたちの絆も、燕会を守ろうとするあんたの意志も、本物だった。……だからこそ、納得いかない。それほどの誇りがある人たちが、どうして『サファイア・アイズ』なんて薬物を捌いて、街を壊しているのよ!」
ルナの問いに、蓮司が血を吐き捨て、怪訝そうに目を細めた。
「……何を寝ぼけてやがる。サファイア・アイズを捌いているのは、管理局の受付窓口の野郎だろうが。あの、街の奴らにヘラヘラと愛想を振りまいている男だ。灰色のコートを着て、フードで顔を隠しながら路地裏で薬を流しているのを、俺の組の者が何度も見ている」
「なんですって……? 管理局の人間が……?」
「街を薬漬けにして乗っ取るため、お前らエデンの連中が仕組んだことだろうが。違うのか!?」
「そんな……そんなはずない……!」
ルナの思考が停止する。話が食い違っている。誰かが嘘をついているのか、それとも――。
その時だった。
地下格闘場での戦いが終了したため、日中の定時処理として、街の自動修復システムが作動した。
蓮司との戦いで砕けた壁、瓦礫、剥げたコンクリートが、デジタルな光の粒子と共に再構成されていく。
だが、その修復プロセスに異変が起きた。
修復されたはずの壁面から、ノイズのような黒い光が溢れ出し、壁から這い出すようにして二人の人間が生成されたのだ。
フードを深く被った、灰色のコート。
そのフードの隙間から見えた顔に、ルナ達は息を呑んだ。
「な……サブ兄貴!? それに、リン!?」
そこに立っていたのは、サブとリン、そのものだった。
だが、本物のサブは今、ルナの背後で傷ついたルビーを支えている。本物のリンもそこにいる。
自動修復システムから出力された、全く同じ顔を持つ灰色コートの二人。
無機質な瞳でこちらを見据えるその異形に、ワクが即座に武器を構えた。
「……個体識別信号(ID)スキャン。……何だ、これは」
ワクが確認したのは異常なログだった。
「目の前の二人……生体コードはサブとリン、本人と完全に一致している。……どういうことだ?同じ人物が、二組同時に存在しているぞ!」
「じゃあ……どっちも本物として街に認識されてるってこと?」
ルナが驚愕する中、壁から這い出した灰色コートの二人――「サブ」と「リン」は、一言も発しない。
感情も、意志も、言葉さえも持たないその姿は、まるで街の自動修復システムが機械的に出力した部品のようだった。
「……何よ、こいつら。姿形だけは兄貴たちそのものじゃない……」
無機質な瞳。一切の予備動作も、気配もない。
無言のまま間合いを詰めるサブとリンの写し身。
その直後、二人のフードの奥に隠された瞳が、不気味な蒼光を放った。
「っ……あの目は!?……サファイア・アイズの末期症状と同じ……!」
驚くルナに反応することもなく、二人は襲いかかってきた。
偽物の「サブ」が、ルナに近づきドスを振り下ろす。
その背後から、ボロボロの体を引きずった蓮司が拳を叩き込んだ。
「――『破門』!!」
同時に、ワクも、展開した【伸縮式強襲用特殊警棒】に全エネルギーを乗せ、偽物の「リン」の胸元へ突き出す。
蓮司の拳が偽サブを吹き飛ばし、ワクの突きが偽リンの核を粉砕した。
本来ならリソースの鮮血が舞うはずの光景。だが、そこに生命の残滓はなかった。
「……え?」
倒れた二人の身体は、地面に触れた瞬間に形を失い、黒いノイズへと変わった。
彼らの肉体だったものは、血の一滴も残さず、石畳の隙間へと染み込んでいく。
まるで、街のテクスチャそのものが、溶けた絵の具のように彼らを回収しているかのように。
「消えた……? 倒したその場で、街に吸収されたっていうの……?」
ルナがその光景を呆然と見つめる。
直後、周囲の壁や床が脈打つようにデジタルなノイズを走らせた。
自動修復システムが、吸収したそれらを再び資材として、元の壁面へと作り変えていく。
「……こいつらは、プレイヤーでもパートナーでもない」
ワクは、吸収された地点の石畳を見て更に話す。
「街のシステム自体が、クローンを生成しているのか?……以前見た売人のサブはクローン?……だが、何故襲ってきた?」
蓮司が肩で息をし、壁にもたれかかりながら呟いた。
「……モデル本人への襲撃か」
蓮司の発言に、ルナは激しい寒気を覚えた。
「……ちょっと待って。じゃあ何で兄貴とリンだけなの?」
若干落ち着きを取り戻したリンは、不自然な笑顔のまま、ルナの問いに答えた。
「ウフフ。自分で言うのも恥ずかしいですけど……。街を愛し、皆に好かれる人だからじゃないですか?……大丈夫ですかね……モモさん……」
「……ッ!?」
その言葉は、凍りついた地下空間に鋭く突き刺さった。
ルナの脳裏に、いつも自分を温かく迎えてくれたモモの眩しい笑顔が浮かぶ。街の人々に愛され、誰よりもこの『楽園』を愛し、慈しんでいた聖女。
リンの論理からすれば、彼女こそが真っ先に狙われるはず。
「モモさんが……襲撃されるっていうの……!?」
「モモだけじゃない。この街にはまだ、何も知らずにいる人がたくさんいる」
ルナとワクとの会話の中、エマは地下格闘場の外、地上のデータログにアクセスを試みる。
しかし、街の全域にはノイズが走っており、正常な通信ができなかった。
「地上の回線が遮断されています。自動修復システムと連動して、街全体に『クローン』が生成された危険性が高いです。ルナ様、このままでは……」
「急ごう! 蓮司、あんたはどうするの!?」
ルナが問いかけると、蓮司は『絶縁』の柄を握り直した。
「……燕会は身内を守る。この街の仲間達を助けるに決まってんだろ」
蓮司は、痛む体を押して立ち上がる。その瞳には、失われることのない強い意志が宿っていた。
「ワク、私たちは先行しよう!兄貴、教官たちをお願い」
ルナとワクは走り出した。
地下格闘場の暗い通路を駆け抜けていく。
時折、自動修復システムが作動した箇所から「ズズッ、ズズズッ」という肉がうごめくような不気味な音が響く。
壁や床が巨大な生き物の体内のように見えた。
出口へと続く階段は、地上から差し込む光で照らされている。しかしその光は、救いではなく獲物を誘い込む罠の輝きのように思えてならなかった。




