第31話:モード・SAT
光が収束した中心に、それは立っていた。
可憐な少女の面影を、冷徹な鋼鉄の装甲が塗り潰している。
「――【統合形態:モード・SAT】」
ルナの細い身体を、ワクの権能である警察仕様の重装甲が包み込み、頭部にはエマの演算回路が直結されたタクティカルバイザーが輝く。
それは、定められた交流期間内において、あらゆる法を無視して標的を排除する「超法規的措置」の具現。
ルナの右手には、絆のリソースを弾丸へと変換する漆黒の機関銃――『対異形短機関銃・MP5』が握られていた。
『モード・SAT始動。ルナ様、交流期間は5分です』
「……これ以上、燕会の理は通用させない。これより、超法規的措置による『強制執行』を開始する」
ルナの声は、エマの冷静さとワクの力強さが重なり、無機質ながらも圧倒的な圧を放っていた。
「……面白ぇ。やってみやがれ。 『燕散条』!『燕頷投殺』!!」
ルナの視界を支配するエマのタクティカルバイザーは、着弾予測地点と迎撃優先順位を表示し、飛来するドスの一本一本をマーキングしていた。
『……全弾、ロックオン。ルナ様、トリガーを』
「了解……排除開始!!」
――ダダダダダダッ!!
MP5から放たれる多大なリソースが圧縮された弾丸。
それは乱射ではない。蓮司が投げ放ち、空気を切り裂くドスを、ピンポイントで全て撃ち抜いていく精密射撃。
地下空間に響くのは、金属が砕け散る連続した高音。蓮司がどれほど速度を上げようと、どれほど複雑な軌道で投げようと、エマの演算はそれを静止した標的のように捉えていた。
「バカな……正面から相殺するだと……!?」
ルナの射撃は防御から攻撃へと転ずる。
蓮司が次のドスを生成しようとする隙ともいえない僅な間隙を狙い、MP5の銃口が火を噴く。蓮司は生成を中断し、銃撃から身を交わした。
「……ぐっ、厄介な銃撃だな。ならばッ!」
蓮司はMP5の射線から大きく退くと、不意に、何の警戒もしていないかのようにゆっくりと歩き出した。しかし、その歩みは明らかに常軌を逸している。
「ーー玄鳥去」
ルナがMP5を発砲する。弾丸は蓮司の身体に着弾するも、それは残像を置き去りにした幻影だった。次の瞬間、蓮司はすぐ隣に移動している。ルナが発砲を繰り返すたびに、蓮司の残像は増殖し、視界を埋め尽くす。
「速い……いや、速度じゃない! 空間を歪めている……!?」
『解析開始。これは、VR空間における座標固定の強制解除。システムに干渉し、肉体を非線形に移動させています。……ルナ様、捕捉できません!』
エマの冷静な声に、僅かな焦りの色が滲む。無数の残像がルナの前方を取り囲み、どこから本物が来るのか判別できない。
「終わりだ、ルナ! 」
残像の中から、蓮司の雄叫びが響いた。左拳に禍々しい『魔』のオーラが集束していく。
「――破門!!」
蓮司がルナの間合いに踏み込み、渾身の一撃を放った。
「ッ!!【異形化暴徒鎮圧用特殊兵装・防弾盾】!!」
重厚な特殊合金製バリスティックシールドが瞬時に生成される。ワクのライオットシールドを一撃で粉砕した『破門』を、ルナは自らの意志で呼び出した新たな盾で受け止める。
ドゴォォォォン!!
地下格闘場を揺るがすほどの衝撃音。
分厚い盾が大きく湾曲する。ルナの全身に激痛が走る。だが、彼女は持ちこたえた。
「な……馬鹿な!? 『破門』を耐えきっただと……!?」
蓮司の顔に、初めて明確な驚愕の色が浮かんだ。彼の拳の前に、盾は砕け散らなかったのだ。蓮司は大きく距離をとり、跳び上がる。リング端の塀の上に着地して、ルナを見下ろした。
「ルナ……。お前の言いたいことは分かった。そして、その意志に力があるのも認めよう。だがな、お前が正しいとなれば、今まで組のために、燕会のために犠牲になった者たちはどうなる? 奴らや親父の死は、ただの犬死にか? 」
蓮司の全身から、漆黒のオーラが立ち昇る。それは、これまで燕会が積み上げてきた絶望と怨念の重みだった。
「お前たちにだけは、負けるわけにはいかねぇ。組の長として、この『巣』を守る者として! 屍の上に立つ者の誇りに懸けて、お前を殺す!!」
「蓮司……」
「これで終わりだ……。『燕散条』」
蓮司は『絶縁』を深く口に咥えた。空いた両手に多数のドスが生成されると同時に、その両腕には、かつてない密度の黒い魔気が集束する。
「――『飛翔血雨』!!」
塀からルナに向かって飛翔した蓮司は、空中で身体を鋭く旋回させ、きりもみ回転の遠心力と共に両手のドスを一斉に解き放った。放たれた無数の刃は、生き物のようにルナを追尾するホーミング弾となり、死の雨となって彼女へ降り注ぐ。
それと同時に、蓮司自身が回転の勢いをそのままに、漆黒のドリルと化してルナへ接近する。
「……ワク、エマ、いくよ!」
ルナはMP5を粒子化させ、右腕を真っ直ぐに突き出した。瞬時にワクの警察装甲がルナの腕を再構成し、無骨な、しかし強固な大口径の砲身へと変貌を遂げる。
「生成! 【ヴァリアント・バスターカノン】!!」
「……ルナ。出力によるフレームの歪みは俺が固定する。反動も全てこちらで殺す。お前は、前だけを見ていろ」
ワクの低く、揺るぎない冷静な声が脳内に直接響く。
『エネルギー充填率、92……98……100%到達。全リソースを右腕に直結。……リミッター解除。ルナ様、執行を!』
エマの確かな信頼を宿した報告。
ルナの右腕部が激しく鳴動し、地下格闘場を塗り潰すほどの黄金の光が溢れ出す。
眼前に、放たれたドスの雨と蓮司の『絶縁』の切っ先、そして、両腕で殴りかかろうとする二つの『破門』の魔気が同時に迫る。
「――【魂の返報:ソウル・リトリーション】!!」
ルナの右腕から、極限まで圧縮されたエネルギーが解き放たれた。
それはもはや物理的な弾丸ではない。ルナの「愛」という意志が具現化した、世界を再定義する黄金の光の奔流。
「ぐッ……ッ!?」
蓮司が放ったドスの刃が、光に触れた瞬間に粒子へと分解される。空間を制圧していたはずの黒い魔気は、光に飲み込まれ、浄化されていく。
「ぐおおぉぉぉッ……!!」
地に足がついた蓮司は、両腕の『破門』と口に加えた『絶縁』の力を一点に集めた。彼は黄金の光の中を、執念だけで一歩、また一歩と突き進む。光線が蓮司の身体を焼き、肌を切り裂くが、彼は止まらない。
ルナの眼前、わずか数センチの距離まで、蓮司の殺気が肉薄する。
「……っ、まだ……!?」
『全力で行けッ!ルナ! 』
『ルナ様、負けないで!』
ワクの咆哮とエマの叫びが、ルナの魂を叩き起こした。
「あああああぁぁぁぁぁっ!!」
ルナの叫びに呼応し、ソウル・リトリーションの光がさらなる輝きを放ち、膨れ上がる。蓮司の『破門』の魔が、ついに光の圧力に耐えきれず霧散した。
「俺達が……負ける……!?」
光の塊は、逃げ場を失った蓮司を正面から捉え、その巨体を飲み込んで後方の壁へと叩きつけた。
轟音と共に、地下格闘場の壁が巨大なクレーター状に爆砕する。
土煙が舞い、辺りが静まり返る。
ルナの右腕から立ち昇る白煙だけが、静かに天へと棚引いていた。




