第30話:愛の返報
地下格闘場での蓮司との戦い。
破門により粉砕された盾、胸からリソースの火花を散らすワクの体。
ルナは、圧倒的な威圧感を放つ蓮司へ問いかけた。
「……破門に絶縁。……そこまでの力を持っているのに、どうして……。どうして身内を犠牲にする必要があるの!?」
「……ふん、お前は根本的に勘違いをしているな、ルナ」
蓮司がドスを下げ、静かに語り始めた。その声は低く、地這うような重みがあった。
「エデンの連中は、物理的な法則やシステムで定められた数値が力だと思っている。だが、俺たちは違う。血と伝統、そして自ら定めた厳格な規律……『たとえ家族でも、道を外せば殺す』という血塗られた覚悟こそが、このVR空間で最強の意志を生むんだ」
「……それが、あんたの言う家族愛なの?」
「そうだ。いいかルナ、俺たちは弱ぇんだよ。……燕会は、一人じゃ生きていけねぇ弱者が集まり、巨大な『鴻鵠』に太刀打ちするために作った、泥にまみれた『巣』だ。巣を守るために、一羽が命を落とす。仲間のために死ぬ。……その何が悪い!!」
蓮司の咆哮。それは、弱者が生き残るために作り上げた、狂信という名の防壁だった。
「規律を一つ破れば、巣は内側から腐り、全員が死ぬ。……俺が非情になればなるほど、燕会の絆は強固になり、家族を守る力になる。俺の力は、俺個人のものじゃねぇ。燕会という絶望の塊が生んだ、執念の結晶なんだよ」
ルナはその言葉に圧倒されそうになる。だが、火花を吹きながらも立ち上がろうとするワクの姿が、彼女の心を繋ぎ止めた。
「……蓮司。やっぱり私にはわからないわ。サブ兄貴の言う通り、仲間を傷つけ、絶望させてまで守る『巣』に何の意味があるの? ……あんたは弱さを理由にして仲間の死を受け入れているだけよ。……私は、証明する。たとえ仲間を傷つけなくても、誰かを切り捨てなくても、それ以上の強い意志が築けることを! ――あんたを倒して、その歪んだ規律を私が終わらせる!!」
ルナの叫びが、地下格闘場の澱んだ空気を切り裂いた。その瞬間、ルナの脳内でエマのシステムログが未知の領域へと突入する。
『……ルナ様、理解しました。「愛」とは一方通行の犠牲ではない。互いに信じ、応え合うことで増幅するエネルギー……。定義『愛の返報』。承認します』
「エマ、ワク……私に力を貸して!!」
ルナが天に向けて手を掲げた。
「――交流請求!!」
刹那、ルナの傍らにエマの姿を模したホログラムが鮮やかに浮かび上がる。それと同時に、倒れていたワクとエマに、ルナへと伸びる激しく脈動する光の帯が出現した。
「……何だと……!? システムそのものが、物理干渉の枠を超えているというのか!」
蓮司が初めて驚愕に目を見開く。
光の帯は、三者を一本の糸で繋ぎ、その出力は幾何級数的に増大していく。
「魂の留置!!」
ルナの宣言と共に、ホログラムのエマと、機体としてのワクの姿が粒子となって霧散し、巨大な光の塊へと変貌した。その光は吸い込まれるようにルナの元へと引き寄せられ、彼女の体を包み込んでいく。
「……この光は?……ルナちゃん!!」
サブが目を開けていられないほどの、圧倒的な黄金の輝き。
光の中で、ルナの姿が変容していく。
それは、一人では決して辿り着けなかった、絆による究極の個の完成。
「……蓮司。これが、私たちが選んだ『家族』の答えよ」




