第28話:キマイラタトゥー①
爆発で吹き飛んだ鵺代が立ち上がる。その視線は、無傷で微笑む少年に向けられていた。
「……まさか……ロスト・ライセンスか」
「へぇ。見た目の割に物知りなんだね」
マスターは眼鏡を押し上げ、愉快そうに喉を鳴らした。
AIが主権を握るこの時代、危険物の取り扱いや化学実験を行うための資格は、それらの実験を人間が行う必要がなくなったため、次々と廃止されていった。現在では、それらの資格自体を把握している者は殆どいない状況となっている。
しかし、AIが発展途上であったVR黎明期においては、特定の事項に関して、ライセンスを持つ人間に限り許される絶対的な権限が存在した。
マスターは、全危険物の取り扱いが可能なライセンスを所持している。その資格権限は、VR上において危険物を用いた実験を行うことを可能とする。
彼が爆発を起こして無傷なのは、システムがそれを攻撃ではなく『有資格者による正当な実験』と見なしているからだ。
つまり、実験と称する限り、彼は自身が引き起こしたあらゆる爆発から「ミュート」で保護される。
「さて……。ちょっとリソースを分けてもらおうかな。ジュエル、借りるね」
「あ……んっ……!?」
マスターは事も無げに、正面から両手でジュエルの豊かな胸を揉みしだいた。
先ほどまで冷徹な処刑人だったジュエルが、一瞬で顔を赤らめ、艶めかしい喘ぎ声を漏らす。
「マ、マスター……何故いつもそこからなのですか……恥ずかしいと言っているのに……」
ジュエルは潤んだ瞳でマスターを睨みながらも、その行為を拒まない。
「一番リソースが詰まってる場所だからね。おや、Bになっちゃったかな?(笑)」
「……すぐに戻しますね。あなたの大好きな、元のサイズに」
マスターが両手で引き抜いたのは、純然たる銀色の液体金属。ジュエルの身体そのものであるその銀色の金属は、マスターの手により、禍々しく黄色みを帯びた色彩へと変質していった。
マスターはその変色したエーテルを無造作に空中に放り投げ、思考のなかで命令を打ち込む。
「飛行機甲獣……召喚」
宙に舞った液体金属が瞬時に硬質化し、構造を変える。現れたのは、二機の小型ドローン。その機頭には、凶悪な小型バルカン砲が装着されていた。
「僕はブラック企業に勤めてたことがあるからね。君たちヤクザが大好きな『気合いと根性』って言葉が死ぬほど嫌いなんだよ」
マスターは眼鏡を中指で押し上げ、冷徹な蔑みを瞳に宿した。
「ヤクザの象徴である君を、知と法の力で攻略してやるよ」
ドローンが甲高い駆動音を立てる。
「行けッ! 我が眷属よ!」
その合図と共に、二機のドローンが加速した。
ドローンは、鵺代の拳が届かない絶妙な高度と距離を保ちながら、円を描くように周囲を高速旋回し、バルカン砲を掃射する。
「……こざかしい」
鵺代は飛来する弾丸を腕で防ぐが、それらは肉体を貫く弾ではなく、当たると同時にはじけて付着する、黄色みがかった液体金属だった。
ペイント弾のように鵺代の強靭な肉体を汚していくが、ダメージ自体は驚くほど薄い。
「……無駄だ。……『流儀:龍』」
鵺代が低く唸ると、その両腕がパチパチと激しい電圧を帯び始めた。
次の瞬間、彼の拳から猛烈な青白い雷撃が、マスターとジュエルへ向けて放たれる。
「……おいおい、飛び道具まであるのかよ(笑)……ジュエル!」
「はい!」
マスターとジュエルは、阿吽の呼吸で左右へ身をかわす。
「フンッ!!」
鵺代はその場を動かず、空を突く鋭い連撃を繰り出した。一撃ごとに拳から巨大な雷光の矢が撃ち出され、マスター、ジュエル、そして上空のドローンを執拗に追い詰める。
「マスター、お下がりください」
ジュエルが瞬時に前に出る。
彼女は手元で生成した小型の銀槍を、飛来する雷撃の軌道上へ次々と投擲した。槍は空中で雷を引き受ける「避雷針」となり、地面へ電力を逃がしていく。その隙にジュエルは液体金属の刃を伸ばし、鵺代へ鋭い牽制の突きを放つ。
マスターは、雷撃を紙一重で回避しながら、指の動きによりドローンを遠隔操作し続ける。ドローンは鵺代の雷撃をアクロバティックな機動でかわしつつ、ひたすらにバルカン砲で黄色い液体を鵺代の全身へ塗りたくっていった。
「……全く効かぬぞ」
鵺代の全身が黄色のリソースで覆われていく。
「ヤクザはゲームをしないのかな? キルが勝利条件じゃないFPSもあるんだぜッ!」
マスターが歪んだ笑みを浮かべ、ドローンを操る。
「いけっ! 捨て身タックルだ!」
一機のドローンが急降下し、弾丸の如き速度で鵺代の胸元へと特攻した。
直撃の瞬間、ドローンの形状を維持していた多量の液体金属が弾け、鵺代の全身を飲み込むようにべったりと付着する。
「……フン、何の意味が」
鵺代が黄色い粘液を振り払おうとした、その時。マスターは、冷徹なシステムコマンドを空間に刻印した。
「――ロスト・ライセンス:第14種指定。化学反応……承認!!」
彼はあらかじめ、ある物質の化学反応を一時停止させた状態で、液体金属の中に高濃度で混合させていた。
その物質の名は、ピクリン酸。
システムが『実験の開始』を認めた瞬間、鵺代の皮膚に密着していた重金属配合のエーテルが、内部のピクリン酸と連鎖反応を引き起こしていく。
「爆発性の金属塩だ!!」
カッ、と世界が黄色く染まった。
ドォォォォォォォンッッ!!!
鵺代の巨躯を至近距離から包み込んだのは、鼓膜を破壊するほどの爆鳴と、超高温の衝撃波。
爆煙が荒々しく吹き抜け、あらかじめ避難させていた残りのドローン一機が、再び鵺代の上空を旋回し始める。
瓦礫の山となった地下格闘場出入口前。
そこには、依然として鵺代が仁王立ちしていた。
だが、その肉体は見るも無惨に炭化し、漆黒の炭と化した彼からはもう、生命の鼓動は感じられなかった。




