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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~幸福な王子編~  作者: バニラ味一択


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第23話:復縁




 蓮司が合図をする。

 格闘場の奥、冷たい床を引きずられる音と共に、拘束されたルビーがリングへと上げられた。猿ぐつわを外された彼女は、真っ先にルナの姿を捉えた。


「約束通り、ルナたちには手を出してねぇが……。改めて聞こう。局長、あんたはどうしたい?」


 蓮司の問いに、ルビーは青白い顔をしながらも、毅然とした声で答えた。


「……私は、どうなってもいい。……だから、この子たちだけは、殺さないで。約束よ……!」


「……だそうだ」

 蓮司が冷たく笑う。


「――『絶縁』」


 閃光。ルビーの右腕が、存在の『縁』を断たれ、力なく垂れ下がった。データ集合体としての感覚系に、想像を絶するエラーログと痛みが走る。


「教官……! やめて! やめて蓮司、傷つけないで!」


 ルナの絶叫。だが、蓮司は止まらない。


「違う。……その発言は間違いだ。お前が止めて欲しけりゃ、叫ぶ言葉が他にあるだろうが」


 再び、漆黒の刃がルビーの左腕をなぞる。

 両腕の感覚を失い、ルビーはリングの床に崩れ落ちた。


「この女は凄いな。AIのくせに、命を賭してお前を助けようとしてる。……なあルナ。お前は、この女のために死ねるのか?」


「私は……、私は……っ」


 ルナは震え、言葉が喉に張り付く。恐怖と自己嫌悪が混ざり合い、視界が涙で歪む。


「……答えられねぇか。なら、次は『コア』を刺す」


 蓮司がドスの切っ先を、ルビーの胸部のコア――命そのものである動力核へと向けた。

 『絶縁』で断たれれば、ルビーは消滅する。


「ルナ……。気にしなくて……いいのよ。……生きていたいことは……正しいこと……」


 ルビーが、消え入るような声で囁いた。

 その瞳には、恨みも後悔もなかった。ただ、教え子を慈しむような、温かい光だけが宿っている。


「あなたが、どこに属していたとしても……あなたが元気でいてくれれば。……生きてさえ……いてくれれば、私は……」


「教官、嫌!! 私がやるから、何でもするから!!」


 ルナの叫びは、一瞬遅かった。

 蓮司の腕が、冷酷な正確さで突き出される。


「お前にとって『家族』とはなんだ?」


 黒い刃が、ルビーの胸を貫いた。

 その瞬間、ネストの底に、ルナの魂を切り裂くような悲鳴が響き渡った。


 ルビーのコアが貫かれ、光が消える。

 膝から崩れ落ちるルビーを前に、ルナの精神は完全に灰となった。


「……お前にとって家族とは、簡単に裏切れるものであり、命をかける価値のないものだということだ」


 蓮司は、興味を失ったように『絶縁』とは別のドスをルナの足元へ放り投げた。乾いた金属音がリングに響く。


「お前みたいなやつは、直接切るまでもねえ。……少しでも家族に悪いと思う心があるなら、贖罪として自分できっちり落とし前をつけろ」


「……その……とおりだ……」


 ルナは涙を流しながら、操り人形のようにゆっくりとドスを拾い上げた。あれだけ愛していたルビーを、命をかける価値が無いと自ら証明してしまった。

 自分自身は価値のない人間。

 我が身かわいさに自分を犠牲にすることもできない、そのくせ、人を助けたいなどと吐かす最低な偽善者。


 自分に生きる価値など、もはや無い。


 視界は暗く、思考は停止した。

 この地獄のような罪悪感から逃れられるのなら――。


「ルナ、やめろ!! 手を離せ!!」


 体が動かず地に伏したワクの声は、やはりルナには届かない。

 ルナは刃を自分の喉元に当て、力を込めた。







 その時だった。


「……やめろぉぉ!! ルナちゃん!!」


 ルナが自らに刃を立てようとしたその瞬間、サブがリングへ転がり込み、その震える手でルナが握っていた無機質なドスを力任せに奪い取った。


「サブ……何をしている。こいつはネズミだ」


 蓮司の冷徹な声。だが、サブは引かなかった。


「おかしいじゃねぇですか、若! 家族になった者を死なせるのが落とし前なんて……そんなのおかしい!」


「裏切りは万死に値する。それがこの街の、燕会のルールだ」


「俺は釈放されました!何も問題ないじゃないですか! それに……ルナちゃんは、俺の偽物が薬を捌いてるのを見たから通報してるんでしょ? 家族が間違っていることをした時、それを正すのは悪なのかよ!?」


「…………」


「……若。ネズミが許せねぇのは分かる。でも!どんな事情がある奴らでも拾ってきたのが燕会だ!組のために家族を殺すのが正しいことなのか?家族のために自分が死ぬことが、そんなに偉いことなのか? 」


 更にサブは発言を続けた。


「親父さんの、先代の最期を直接看取ったのは、そばにいた俺だけだ。確かに立派な最期ではあった……でも先代の本心は違う!」


 蓮司の身体が、微かに強張る。


「先代さんは最後に言った……。『まだ死にたくねぇ。蓮司の未来を、もっと見たかった』って。泣きながら生きたいって、そう言っていた!!」


「……黙れッ!!」

 蓮司が激昂する。


「ネズミでも何でも関係ねぇ!コイツらは俺の舎弟だ。兄貴として、俺が助ける!!」


 だがその瞬間、サブが握りしめていた鉄の塊――何の変哲もないはずのドスが、内側から溢れ出すような黄金の光を放ち始めた。


『――理が書き換わっています。これは……バラバラになった縁を繋ぎ直す、逆転の力』


 エマが説明した。サブの意志と先代の遺志が、只のドスを『復縁ふくえん』へと進化させたのだ。


「うおおおおお!!」


 サブは光り輝くドスを手に、無我夢中で蓮司へと切りかかった。


「サブッ!貴様ぁっ!!」


 蓮司は反射的に身を翻し、サブの乾坤一擲の攻撃を回避する。だが、サブの狙いは最初から蓮司ではなかった。

 サブはそのまま、光るドスを床に伏したルビーの胸部――貫かれたコアへと突き立てた。


「甦れぇぇ!!」


 黄金の光がルビーの全身を駆け巡り、沈黙していた回路に命の激流を注ぎ込む。完全に断絶していたデータとコア繋がっていき、再び力強く点灯を始めた。


「……おのれぇ!!」


 己の聖域を、信じていた弟分に踏みにじられた蓮司。激昂した彼は、漆黒のドスを抜き放ち、無防備なサブの背中へ振り下ろそうとする。

 だが、その刃が届くよりも早く、一筋の閃光が走る。



 ワクが蓮司の攻撃を真っ向から受け止めた。



 昏睡から目覚めたような、だが以前よりも遥かに澄み渡った声でルナは言う。


「――兄貴、本当にありがとう。あなたの勇気で立ち直れた。あとは、私たちがやる」





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