第20話:冤罪
ルナの報告を受けた翌日の早朝。平和な朝の街に、管理局の特殊部隊が放つ暴力的なサイレンが鳴り響いた。
「……え? 何、これ。俺が……売人?」
何が起きたか理解できず、呆然と両手を縛られるサブ。
管理局の地下尋問室、眩すぎるスポットライトの下で、彼の叫びが虚しく反響する。
「――誓って、俺じゃないんだ!!」
マジックミラー越しにその姿を見つめるルビーの傍らには、ルナから送られてきた、取引現場の映像がホログラムで浮いていた。
「……薬物反応なし。記憶改ざんの痕跡もゼロ」
分析官の報告を聞くルビーの胸に、冷たい違和感が走る。映像の中のサブは冷酷なディーラーそのものだが、目の前で泣き叫ぶ男の瞳はあまりにも無垢だ。
「映像の再解析を。1ピクセルも逃さず、リソースの矛盾点を探しなさい」
その時、通信機から悲鳴に近い部下の声が飛び込んできた。
『局長……! 燕会の、燕会の奴らが来ました! ゲートが……!』
ルビーは冷徹に言い放ち、コートを翻した。
「……私が行くわ。サブの拘束は解かずに待機しなさい」
管理局の正面ゲートは、今や巨大な重圧の塊と化していた。
そこに立つのは、たった二人。だが、迎え撃つ数十名の武装局員たちは、引き金にかける指を震わせていた。
「おい、エデンの犬ども。……うちの馬鹿が、世話になってるらしいな」
蓮司が悠然と前に出る。その背後、鵺代は一切の武器を持たず、ただ無としてそこに佇んでいた。彼らが放つ『殺気』の密度だけで、警備ドローンのセンサーは次々とエラーを吐き、システムが悲鳴を上げている。
「局長を出せ。……でなきゃ、ここは今日、歴史から消えることになる」
重厚な防壁が開き、ルビーが一人で進み出た。数多の銃口が燕会の二人を狙う中、彼女は眉一つ動かさず、蓮司と至近距離で対峙する。
「何の用? あなたたちの組員が、禁制薬物『サファイア・アイズ』を捌いていたのを確認したわ。観念しなさい。……次は、あなたたちの番よ」
「……笑わせるな。証拠はあるのか? 」
蓮司が地を這うような声で吐き捨てる。
「サブは俺たちの仲間と常に一緒に行動していた。こいつが薬を捌くなんて不可能だ。……おい局長、お前ら、ちゃんと裏は取ったんだろうな?」
管理局内から、一人の職員が端末を持ち、焦った様子でルビーに近づく。
「きょっ、局長!……これを!」
「……っ!?」
端末に表示された銀行のログ――そこには取引時刻の最中、リンを庇って迷惑客とトラブルになっているサブの姿があった。
アリバイが存在する。一瞬でルビーの顔から血の気が引いた。
ルナが見たのは偽物だった。この街の何者かが、完璧な偽装で自分たち管理局を、そして潜入中のルナ達を踊らせたのだ。
「……冤罪。こちらの……失態」
ルビーが絞り出すように認める。蓮司はその冷徹な瞳で、動揺を隠せないルビーを射抜いた。
「冤罪、ね。……だが局長、これほど正確にガサ入れやサブの逮捕をすることができたんだ、当然、俺たちの身内に『ネズミ』がいる。そして……正体はもう分かっているぞ」
蓮司の言葉が嘘ではないと感じられる。ルビーの背筋に冷たい汗が流れた。燕会はすでに、潜入捜査官を把握している。
「俺たちは『裏切り者』に容赦はしない。落とし前は、そいつでつけさせてもらおう……」
「……待って!」
ルビーは震える拳を握りしめ、一歩前に踏み出した。管理局の局長としての仮面を脱ぎ捨て、一人の人間として、蓮司を真っ直ぐに見据える。
「落とし前は、私が受ける。……どんな責め苦であっても、私一人がすべて引き受けるわ。だから……」
ルビーの声が、微かに揺れる。
「……あの子たち(ルナとワク)には、手を出さないで。私の命令に従っただけ。……あの子たちだけは、助けてほしい」
蓮司は意外そうに目を細めた。この女はAIではなかったか?エデンの冷徹なデータ生命体の官僚が、部下の命のために己の身を差し出そうとしている。その覚悟の重さを、蓮司は無言で測る。
「……ほう。自らと引き換えに、ネズミを救おうってか……。いいだろう。それが通るかどうかは……あんた次第だ」
重厚なゲートを背に、ルビーは燕会の二人と共に、歓楽街の中へと消えていく。
その一部始終を、光学迷彩の影から見ていたルナたちは、崩れ落ちそうになる脚を必死に支えていた。




