第2話:お勉強
「――いいですかルナさん。マスターに突かれたのは、法学でいう『予見可能性』の欠如です」
派出所の奥、埃っぽい資料室でゴンドウの講義が始まった。
AIが管理しているエデンでは、法学の勉強は趣味の世界だ。なぜなら、法に触れるか否かは、AIがその都度判断してくれるため、国民が把握する必要はなかった。
そのため、マスターの行為の意味が理解できる、現場経験のある人物からの講義が必要であるとルナたちは考えたのだ。
並べられたのは、最新のホログラムではなく、古めかしい法学の基本書だった。
「ルナさんは『魔』を除去するためにワクくんを産み出した。ですからワクくんは『魔』つまり悪意の有無で攻撃や防御の判断を行っているのでしょう。悪意の無い攻撃、つまり過失犯が認識できないのは、それが原因だと思います」
ゴンドウが本を開きながら説明する。
「悪意の無い攻撃を防ぐためには、ルナさんが将来の危険を認識し、警察官のワクくん自身が法律に違反する行動をしないよう、的確な指示をしていく必要があります。 答えは単純です。ルナさんが想定する危険の定義を広げ、法的な予見の網をあらかじめ張っておくのが一つ」
ルナは必死にペンを動かす。
「予見可能性……。つまり、結果が起こることを事前に予測できたか……」
「そう。現場の状況から、次に何が起こり得るかを論理的に導き出す予見可能性。それが認識できれば、相手側の予見可能性をも判断できるので、過失犯にも対処することができます。これでワクくんの職務執行は正しく機能するはずです」
「そうなんだ……。色んなこと覚えないといけないんだね」
続いてルナは、エマによる生成プロンプトの具体的指示訓練に移る。
「ルナ様。例えばあなたは『刺股』を生成した時、ただ『相手を捕まえる武器』として、ありのままの形状をイメージしていませんでしたか?」
エマがホログラムで標準的な刺股を表示する。
「それでは性能に限界があります。これからは、その武器に持たせる『ギミック』を具体的に指定してください」
「具体的に……?」
「そうです。例えば『先端に接触した瞬間、電流を流す』や『先端が自動で縮小し、固定する』といった指示です。生成物への具体的指示が、そのままワクの武装の『質』に直結します」
ルナはワクを見つめ、新しいプロンプトを練り上げる。
「ワク、刺股展開!……先端に高圧電流を付加。接触と同時に電磁ロックを作動させて!」
シュンッ、とワクの手元に展開された刺股は、以前のものより鋭く、青い火花を散らしている。
「……了解した、ルナ。出力の安定を確認。これなら、大型の暴徒でも一撃で無力化できる」
仕上げは、ジンによる実技テストだ。
場所は派出所裏の演習コース。ジンが愛車の大型バイクのエンジンを咆哮させる。
「よし、ルナ! 仕上げだ。俺は今からこのバイクで走る。目をつむってな。俺に『当てる意志』はねえ。もしワクが前にいても、俺は見えねぇからブレーキを踏めねえし、避けもできねえ。……前方不注意による完全な『事故』を再現してやるよ」
「ジンさん……本気!?」
「ああ。頑張って事故らずに俺を避けてみろ!」
猛烈な加速。ジンのバイクが唸りを上げて突っ込んでくる。
ワクはバイクの進行方向に立ったまま動かない。……だが、その時。
「……ッ、予見確認! 結果回避措置!」
ルナの鋭い叫びと同時に、ワクはギリギリで、突っ込んできたジンのバイクを交わした。
バイクが通過し、ジンも、そしてワクも、傷一つない。
「……おいおい。マジかよ。いきなり出来たじゃねえか……」
戻ってきたジンが驚きながら発言した。
ログを解析していたエマの端末が、エラーのような驚愕の数値を叩き出す。
『……驚きました。ルナ様の精神的脆弱性を法理で埋め、漠然としていた指示を具体的定義に置き換えるだけで、ワクの反応速度が理論上の限界値を超えています……。私の計算にはない成長速度です』
「……当然よ。私、もう二度と負けないって決めたんだから」
鼻を高くするルナの横で、ワクはツンと顔を背けながらも、満足げに耳をぴんと立てていた。




