第11話:アイアン・グラットン
地下格闘場「ネスト」。そこはエデンの光が届かない、暴力と欲望が剥き出しになった円形闘技場。
中央のリングにワクが上がると、すり鉢状の観客席からは容赦ない罵声が浴びせられる。
「おい、ザド! 今日は犬の解体ショーかよ!」
「そんなガキ、グラットンの指一本でミンチだろ!賭けなんて成立しねぇぞ!」
対峙するアイアン・グラットンは、そのヤジに応えるように鼻を鳴らした。彼はリソースを全身に循環させ、外皮を鈍い銀色の「鋼鉄」へと変質させる。一歩踏み出すたびに、リングの床が重低音を響かせて軋んだ。
一方、客席の隅では、サブが今にも泣きそうな顔でルナの手を握っていた。
「リングに上がっちまった……。ご、ごめんなぁ、嬢ちゃん……。俺が格好つけて推薦しちまったばっかりに……。あいつは化け物だ。今から棄権なんてできねぇし、せめて……せめてこれを受け取ってくれ」
サブは震える手で、決して少なくはない金額が入った仮想通貨のメモリチップをルナに差し出した。
「これは、その……香典だ。ボウズの葬式代に使ってやってくれ。……すまん。俺にできるのはこれぐらいだ……!」
ルナは渡されたチップを見つめ、少しだけ困ったように笑った。
「……ありがとう、サブの兄貴。でも、葬式は必要ないわ。このお金、香典じゃなくてワクに賭けてよ。……ね?」
「な、何を言って……!? 正気かよ!」
「いいから。……信じて」
ルナの揺るぎない眼差しに圧され、サブは半狂乱で端末を操作し、「ワクの勝利」へ全額を叩き込んだ。
リングの上では、グラットンが余裕たっぷりにワクを見下ろしていた。
「おい、ガキ。あまりに哀れだから、一発だけタダで殴らせてやる。俺のこの鋼鉄外皮に、傷一つでもつけてみろ。そうしたら泣いて命乞いする時間ぐらいはやるぞ」
グラットンが無抵抗ではあるものの、外皮を完全な鋼鉄へと変えて防御を固める。殴ってみろと自らの鋼鉄の腹部を指差し「ナメプ」を決め込んだ。
ゴングが鳴り、試合が始まる。
グラットンは体勢を変えず、構えない。
宣言通りワクに殴らせるようだ。
ワクは、グラットンに近づくと、機械的な駆動音を鳴らしながら右腕がバッテリング・ラム(破城槌)へと変形した。それは、内部に多重の緩衝材と高出力ピストンを備えた、衝撃透過型の特殊兵装だ。
グラットンが面食らう。
「……え?」
「……了解。攻撃を開始する」
ワクが地を蹴り、変形した右腕をグラットンの腹部にお見舞いする。
空気を切り裂く音ではなく、重く短い「ドン」という鈍い振動が会場を走った。
火花も散らず、皮膚も裂けない。しかし、接触した刹那、バッテリング・ラムに内蔵されたピストンが超高速で往復運動し、グラットンの鋼鉄の外皮を素通りして、その内部に絶大な衝撃波を叩き込んだ。
「……あ……?」
グラットンの目が泳いだ。
鋼鉄の装甲は無傷。だが、防ぎようのない透過衝撃によって、内部の内臓データや神経系データに甚大な被害をもたらした。
「……が、はっ……」
鋼鉄の巨躯が、糸の切れた人形のようにガクガクと震え、そのまま膝から崩れ落ちる。
会場は、一瞬にして静まり返った。
「…………勝った?」
サブが呆然と呟く。次の瞬間、彼の端末から、賭け金が数万倍に跳ね上がったことを知らせるけたたましい通知音が鳴り響いた。
「ひゃ、ひゃあああああ!? 勝った! 勝っちまったぞぉぉ! 仮想通貨の残高が……見たこともねぇ桁に化けてやがる!!」
サブは絶叫し、そのまま泡を吹いてその場にひっくり返った。
ルナはそれを見届け、小さくため息をつく。
「……作戦成功。これで、顔は売れたわね」




