第10話:地下格闘
サブの兄貴に連れられ、薄暗い裏路地を抜けた先。重厚な鉄扉の向こうからは、鼓膜を震わせるような怒号と、電子音楽が混ざり合った異様な熱気が漏れ出していた。
「いいかぁ、お前ら。ここは燕会が仕切る『地下格闘場ネスト』。ルールは簡単、立ってた方が勝ちだ。武器の使用は制限されるが……まぁ、死ななきゃなんでもありだぜ」
サブはそう言って、入り口の門番に先ほどの電子チップを見せつけた。門番はサブの細い体を見て鼻で笑ったが、その後ろに控えるルナの鋭い眼光と、ワクの底知れない静けさに気圧され、黙って道を開ける。
内部は巨大な円形ホールになっており、中央のリングを囲むように、リソースを賭けて叫ぶ群衆がひしめき合っていた。
「……ひどい熱気ね。エデンの秩序とは真逆の世界」
ルナが顔を顰めると、脳内でエマが冷静にデータを更新する。
『ルナ、周囲の観客の半数以上に薬物反応、および違法増設チップの反応を確認。……そして、リング上に展開されているのは強力な「認識阻害フィールド」です。ここで何が起きても、上の管理局には届きません』
「逆に好都合ね。……暴れてもバレないってことだし」
「よっしゃ!お前ら、さっさと登録してこい!」
サブに背中を押され、ルナたちは出場者控室へと案内される。そこには、筋肉を違法リソースで肥大化させたサイボーグや、凶悪な眼差しをした外地出身の荒くれ者たちが、獲物を狙う獣のように屯していた。
「おい、サブ……。そのワン公が今日の『商品』か?」
控室の奥から、一際大きな体躯の男が歩み寄ってくる。燕会の格闘場運営を任されている、顔に十字の傷を持つ男――ザド。
「商品じゃねぇ、俺の『舎弟』だ! 舐めてっと火傷するぜ、ザドさんよぉ!」
サブは足の震えを隠すように大声を張り上げるが、ザドの威圧感に一歩退き下がる。ザドは鼻で笑い、ワクを値踏みするように見つめた。
「ふん。……いいだろう。ちょうど今、対戦相手が逃げ出して、試合が組めなかったところだ。特別にメインイベントへの繋ぎの試合で出してやる」
ザドが指差したボードには、第一試合のカードが書き込まれる。
【鋼鉄の暴食者vs家出犬】
「ちょっ、ちょっと待ってくれザドさん!コイツらは今日来たばかりの奴だ!いくらなんでも、いきなりグラットンはないだろ!殺す気かよ!」
「うるせぇなサブ。ここはそういう場所だろうが。……おいボウズ、お前が出るんだろ? 安心しろ、死体はちゃんと街のゴミ捨て場に放り込んでやるからよ」
ザドが去った後、サブは青い顔でワクに駆け寄った。
「す、すまねぇ! 話がデカくなっちまった……。あいつ、この格闘場で10人以上再起不能にしてるヤバい奴なんだ。……リングに上がる前に隙を見て逃げろ、あとは兄貴がなんとか……なんとか謝り倒してやるから!」
サブの情けない、けれど本気で心配している言葉に、ワクは表情を変えずにルナを見た。ルナは小さく頷く。
「……ワク、バレないように制圧、できる?」
「……(潜入捜査による正当業務行為だ)全く問題ない」
ワクは静かにリングへと向かう。
犬型亜人の少年という弱者の皮を被ったAIが、燕会の熱狂の渦へと足を踏み入れた。




