第4章:刑事と魔法少女の契約
第4章【前書き】
前回、兄・柊をゲームで完封した佳乃(8歳)。
今回は、蓮水家に招かれざる客――「公安警察」が現れます。
天才ハッカーと無骨な刑事。
後に『ECHO』本編でも重要な意味を持つ、二人の出会いの物語です。
◆ 2030年・再訪
インターホンが鳴った瞬間、蓮水家の主・春雄(38歳)は飛び上がった。
「き、来た……! ついに年貢の納め時や……!」
「春雄、落ち着いて。何も悪いことしてないでしょ?」
妻・蓮が呆れながらコーヒーを啜る。
リビングのモニターには、今日も今日とて莫大な含み益が表示されていた。
実は数ヶ月前、春雄はこの異常な利益率のせいで「インサイダー取引」の疑いをかけられ、公安警察の事情聴取を受けていたのだ。
もちろんシロだったが、担当刑事の鋭い眼光は春雄のトラウマになっていた。
恐る恐るモニターを覗くと、そこにはスーツ姿の男が映っていた。
無精髭に、鋭い眼光。
公安警察・特務捜査官、真田 剛志(35歳)だ。
「ひえええ! 真田さんや! またカツ丼食わされるんか!?」
春雄が半泣きでオートロックを解除する。
やがて、重々しい足取りで真田がリビングに入ってきた。
「よお。相変わらずボロ儲けしてるみたいだな、蓮水。」
「ご、誤解です! これは日々の努力と神のお告げによるもので……!」
春雄が必死に弁解するが、真田はそれを手で制した。
「安心しろ。今日の用件はインサイダーじゃない。」
真田は懐から一枚のログデータを取り出し、テーブルに叩きつけた。
「……昨晩、警視庁公安部のメインサーバーに不正アクセスがあった。」
「えっ。」
「ファイアウォールが破られ、内部の機密ファイルが閲覧された形跡がある。
……追跡した結果、発信元はこのマンションの、この部屋だった。」
リビングの空気が凍りつく。
蓮が目を見開く。
「ま、待ってください! 私じゃないわよ?
私は企業のホワイトハッカーであって、警察に喧嘩を売るような真似はしないわ!」
「ああ、わかってる。奥さんの手口とは違う。
もっと……異質で、遊び半分のような手口だった。」
真田の視線が、ゆっくりと動く。
春雄でも、蓮でも、ゲームに夢中の兄・柊でもない。
ソファの隅で、退屈そうにチョコレートを齧っている、銀髪の少女へ。
「……そこにいる嬢ちゃん。」
◆ 8歳の自供
真田が近づくと、佳乃(8歳)は面倒くさそうに顔を上げた。
その碧眼が、真田を見据える。
「……おっさん、誰?」
「警察だ。……昨日の夜、何をした?」
佳乃はチョコを飲み込むと、悪びれもせずに答えた。
「……公安のサーバー、セキュリティパッチが古かったから。
穴が開いてて気持ち悪かったの。だから、塞いであげた。」
「……塞いだ、だと?」
「うん。ついでに、トップシークレットって書いてあるフォルダを見たけど……つまんなかった。
『政治家の不倫リスト』とか『裏金台帳』とか。……もっと面白い謎はないの?」
真田は絶句した。
国家が血眼になって守っている機密情報を、この8歳児は「つまらない」と切り捨て、あまつさえセキュリティの穴を勝手に修繕したというのか。
「……おい、蓮水。」
真田が春雄を睨む。
「お前のインサイダー疑惑……まさか、ネタ元はこの嬢ちゃんか?」
「……は、はい。娘の『お告げ』通りに買ったら、なぜか爆益で……」
真田は深くため息をつき、頭を抱えた。
逮捕しようと思えばできる。
だが、目の前の少女に悪意はない。あるのは、底なしの才能と、退屈だけだ。
(……こんな怪物が、一般家庭に潜んでやがったか。)
◆ 最初の取引
真田は佳乃の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「……佳乃、といったな。」
「うん。」
「お前、その力を……もっとマシなことに使いたくはないか?」
「マシなこと?」
真田は懐から、別の端末を取り出した。
それは現在、公安が追っている国際的なサイバー犯罪組織の、暗号化された通信ログだった。
警察のサイバー班が総出で挑んでも、一週間解けずにいる難問だ。
「これが解けたら、見逃してやる。……おまけに、あそこの高級ホテルのケーキバイキングもつけてやる。」
真田が精一杯の条件を出すと、佳乃はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「いらない。」
「あ? ケーキだぞ?」
「パパが毎日買ってくるもん。飽きた。」
佳乃は真田のスーツの匂いをクンクンと嗅いだ。
タバコと、安っぽいコーヒーと、醤油と脂の匂い。
「……ねえ、おっさん。」
「お、おっさん!?」
まだ35歳の真田が顔を引きつらせる。
「おっさん、いつも何食べてるの? なんか、茶色い匂いがする。」
「……牛丼だよ。特盛つゆだくだ。」
「牛丼……」
佳乃の碧眼が、キラリと輝いた。
蓮水家の食卓には決して並ばない、未知の食べ物。
「それ、食べてみたい。」
「は?」
「これ解いてあげるから、その『ぎゅうどん』奢って。……おっさんのと、同じやつ。」
佳乃は真田の手から端末を奪い取ると、画面を高速でスクロールさせた。
「……これ、多重換字式だね。しかも、鍵が素数じゃない。」
佳乃の指が踊る。
10秒、20秒、30秒。
「……できた。犯人のアジト、横浜の倉庫街のD-4ブロックだよ。」
真田が端末を覗き込む。
そこには、完璧に復号された座標と、犯行グループの名簿が表示されていた。
「…………マジかよ。」
真田は戦慄した。
国家権力が一週間かけた壁を、この子供は30秒で越えた。
しかも、報酬はたった一杯の牛丼だ。
「はい、おっさん。……約束だよ。」
端末を突き返す佳乃。
真田は深くため息をつき、頭を抱えた。
「……わかったよ。連れてってやる。」
真田は立ち上がり、呆然としている春雄と蓮に向き直った。
「蓮水。……この子のことは、俺が預かる(監視する)。
こんな才能、野放しにしてたら、いずれロクでもない連中に利用されるぞ。」
「あ、預かるって……真田さんがですか?」
「ああ。時々、俺の『宿題』を手伝ってもらう。
……その代わり、俺が公安の目から守ってやる。」
真田は再び佳乃を見下ろした。
「よろしくな、相棒。」
「……相棒じゃない。スポンサー。」
佳乃はニッと笑った。
「美味しい牛丼じゃなかったら、次は警察庁のサーバー、全部消すからね。」
こうして、現役公安刑事と8歳の天才ハッカーという、奇妙な共犯関係が結ばれた。
初めて食べた牛丼の味――甘辛くて、濃くて、ちょっと安っぽいその味を、魔法少女は生涯忘れることはなかった。
第4章・完
第4章【あと書き】
お読みいただきありがとうございます!
国家機密よりも「未知の牛丼」を選ぶあたり、佳乃らしい価値観ですね(笑)。
春雄パパにとってはトラウマ級の訪問者でしたが、真田刑事との「共犯関係」はここから始まりました。
高級ホテルのケーキより、おっさんの牛丼。
このジャンクな味が、彼女の「原動力」のひとつになっていきます。
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本編『ECHO』の方も、引き続きよろしくお願いいたします!




