8.神と話してきた俺
安寧の間へ入ると、中央に小さな箱が現れた。
宝箱だ。
宝迷宮は、守護者を倒さなくても至るところに宝物が現れる。名前に偽りなしというわけ。特に安寧の間には現れやすい。
今回の宝箱は手のひらサイズで小さいから、魔法鞄や魔導具が期待できる。大きい宝箱は大きい宝箱で、食物とか入っていてありがたいんだけども。
箱の表面をなぞりながら開け口を探り、爪を引っかける。
「明け渡せ」
呪文に反応した宝箱が、ポンと開いて煙になった。
残された中身は腕輪。俺は鑑定出来ないのでわからないけど、腕輪は珍しい。これなら悪くない。
「ん」
「なに?」
「あげる。俺を街まで連れてってくれる御礼」
腕輪を差し出すと、思いっきり顔をしかめて嫌な顔をされた。
そ、そこまで?
「####?」
ん? あれ、何て言ったか聞き取れなかった。
え、別の言語で話してる??
「あー……#####……」
「なに?」
わからない。エリークは以前も文句を言うとき別の言語を使っていたが、それを俺にたいして使ったことはなかった。
エリークは呆れたように片手で頭を抱えて、ため息をつく。
その瞬間、カチリと頭のなかで音が鳴ったように何かが切り替わった。
「いやもう、どこのお坊ちゃんなんだろなこの子は……」
え。
え?
文句の内容がわかるようになった?
それにエリークの口調が急に砕けた。どういうことだ。
「そなたの声は、我には届かぬ(何をいってるのかさっぱりわからん)」
えっ。
いいたい言葉と出てきた言葉が違うんだが!?
「申し訳ありません。まつろわぬ言葉を使ってしまいました」
「構わぬ(いいけど)」
わ、わー!?
なんか、なんか俺、敬語使わせてる!?
さっきまでどこかつっけんどんに聞こえていたエリークの言葉がかなり下手に出て聞こえてびっくりなんだが!?
内心はめっちゃ驚いているけど、どうしていいかわからない。
突然言語が切り替わったのはたぶん、ノアがなんかしたんだろう。でも今、人前で掲示板を見ることはさすがに出来ない。
言語の違和感を抱えたまま、いくつかの道を進み、見つけた安寧の間で今日は休むことになった。
深層は、階層も広い。まして迷宮変動が起きたから更に広がっているようだ。明日には守護者の元へ辿り着けるといいのだが。
いや、それよりも。
「先の…、そなたの言葉は下々の言葉か?(さっき、話していた言葉が街で話されている言葉か?)」
相変わらず、俺の口から出るのはなんだかやたらおっとりした歌のような言葉で、かなり違和感がある。エリークはよく笑わずに聞いていられるな。
「左様です。お聞き苦しい言葉で失礼いたしました」
「ならば我の言葉は、相応しくないな?(じゃあ俺の言葉はよくないな)」
「それは……、しかし」
「構わぬ。そなたの言葉を教えてたもれ(頼む、お前の言葉で話してくれ)」
お願いすると、エリークはかなり渋っていたが折れた。まあ、一から言語を教えるなんて骨が折れるだろうから仕方ない。エリークには負担をかけるが、頼むぞ!
幸いにして、言語体系から違うということはなかったらしい。それならば単語さえ覚えればなんとかなる。
耳は聞き取れているのだから、あとは発音だけだ。しかしこれが思ったよりはるかにややこしい。日本語を話す感覚で元の言語が出てしまう。
耳から入る言葉は日本語なのに、話すときは外国語じゃないと出てこない感覚、といおうか。単純に話し方をなぞっただけでは出てこないのだ。俺はだんだんふて腐れて、言葉少なになった。
「無理をしなくてもいいのでは」
「いや!」
ハイとイイエだけ言えれば究極なんとかなるんじゃないか?
エリークが苦笑して俺を宥める。彼には俺がどんな人物に見えていたのだろう。今更ながら、頭を抱えたくなる。
宝迷宮の奥に捨てられた子どもってだけでもワケアリそうなのに、なんか偉そうな口調で喋っているって、どう考えてもよろしくないやつじゃないか?
早く言葉を覚えなければ、先が思いやられる。
寝る時間になり、俺はいつものように毛布をかぶって目を閉じた。掲示板を開くと、やはりノアからのメッセージが残されている。
『あなたと会話した最後の人物ということで私が設定され、あなたの言語設定が神聖語で確定していました。下位神聖語で会話が成立していたようですが、さすがに平凡とは言いがたいだろうと修正することにしました。改めて西方語の聞き取りが出来るようにしておきましたが、突然言語がぶれても困るでしょうから、神聖語も残しておきます』
の、ノアーー!
なるほど、ノアの言語じゃそりゃ神様の言語で、偉そうな口調にもなるよな、……じゃねえんだよ!
いや下位神聖語とはいえ、神聖語の俺と会話できてたエリークはいったい何者なんだ。神聖語ってどういう扱いなの?
翌日からも言語チャレンジは続いている。ぐわーー外国語苦手! ノアのばか!!
脳内でいくらノアを罵っても、一度確定してしまった言語をどうにかするのはもう難しいらしい。
俺はもはや神聖語ネイティブで、西方語は第二言語なのだ。聞き取りだけでも出来るようにしてくれたことをありがたがらねば。いや、こんな事態になってるのもそもそも宝迷宮の奥に俺を放り込んだノアのせいなんだけども!
洞窟を進む。
いくら糸を辿るといっても、どうしても魔物とかち合うときは出てくる。しかしエリークがあっさり片付けてしまうので、道のりとしては平坦だ。
エリークの魔法鞄はすごくて、獲物がいくらでも吸い込まれていく。魔術師ってやはり金持ちなんだな。魔術触媒ばんばん使うみたいだし、出ていく量もすごそうだけど。
金持ちといえば、腕輪は受け取ってもらえなかった。「君が見つけたんだから君のものだ」ということらしい。いや、俺のものなら余計に、御礼に渡したいのだが。
「君は俺の命の恩人だ。だから街まで連れていくのはその御礼で、すでに先払いがされているのだから、気にすることではないよ」
「んん」
でも俺はエリークがいないと街へはいけないわけだし、俺の恩人でもあるわけじゃんか。
その辺をどう伝えたらいいものか。神聖語(俺の感覚では日本語)じゃないとうまく伝えられないけど、神聖語は違和感すごすぎてもう話したくなくて、困る。




