7.魔術触媒
発動具使いの魔術師って、後衛じゃないんだね。エリークが杖を振り回すと光がピカピカして獲物がどんどん倒れていくので、清々しいものがあった。
「魔術触媒は足りているのか?」
「それを得るために狩りが必要なんだ」
なるほど、そういう面もあったのか。魔術触媒は魔物の身体から取れるものがほとんどだ。牙や爪、鱗に内臓、蹄に骨。さまざまな部位から取れる。
俺は主に燃やして灰や炭にして使うけど、エリークはぶつ切りにしてそのまま使うみたいだ。
「豪快だ」
「普段は魔術触媒屋に頼むが、今はそういうわけにもいかない」
現地調達が出来なければ、魔術師など勤まらないのだろう。
ぶつぶつよくわからない言語で文句を言いつつも、エリークは魔術触媒を増やしていった。俺にはわからない言語で文句を言ってるってことは、やはりエリークは別の地域の出身なんだろうか?
たしかにエリークは微笑んでいるのに言葉は柔らかくなくて、ちょっと違和感があるんだよな。もしかして他国語を話してるから流暢ではないとか?
にわかに俺の言語が不安になってきたが、今更どうにもならない。ノアが空気読んでくれていることを祈るのみだ。
俺もちょいちょいエリークのおこぼれを頂戴して、コレクションを増やしていった。
魔術触媒は主に七種類ある。街には魔術触媒屋があって、種類と等級ごとに販売されているという話は掲示板でみるのだが、どういう基準で等級が別れているのかは、俺は知らない。
俺の知るものはすべて掲示板由来ばかりだが、魔術触媒を集めるのは楽しい。魔術を使う、そのこと自体も楽しい。
さて、干し肉が出来上がった。エリークが完全に目を覚まし、街へ行こうと言ってから一週間が経過していた。まあ急ぐ必要はないと彼も言ったし。
これまでに作った薬や干し肉、魔術触媒などのアイテムを魔法鞄に仕舞い、準備は万端。
エリークがこれを着るように、と俺に自身が着ていたフード付きの外套を被せてきた。でかいが、ケープだったので引きずるようなことにはならなかった。
たぶん防具なんだと思う。いいのかなーと不安に思ったが、俺の方が弱いのは間違いないので好意に甘えておいた。
帰路である。
エリークいわく、ここはかなりの深層らしい。やはり彼も迷宮変動に巻き込まれて、階層を落とされてしまったそうだ。
ここから帰るには、かなりの層を上っていく必要がある。しかしエリークはそれはしないという。
「宝の守護者を倒そうと思う」
宝迷宮には、十階層ごとに宝の守護者がいる。
宝の守護者とは、いわゆるボスのことだ。十階層ごとにある宝を守っていて、その近辺で出る敵よりも数倍手強い。
しかし宝の守護者にもいい面がある。倒すと、入口直通の転移陣が開くのである。
よって、あえて階層を進めて、宝の守護者に挑もう、というのである。
「無茶じゃないのか?」
「ところがそうでもない」
エリークによると、迷宮変動が起きたばかりの今は、守護者がまだ入れ替わっておらず、深層でも弱い魔物が宝の守護をしている可能性が高いという。
「でも、この先の階層の守護者は前からワイバーンだった」
俺も掲示板で転移陣について見て、挑んでみたことがあるのだ。
ワイバーンはドラゴンのなり損ないというか、手のないドラゴンだ。空飛ぶ足の生えた蛇といったところ。翼が大きく尾は長く、足は鷲のように大きい。
守護者の間はそれほど広くなく、逃げ場がなくてひどい目に遭った。一歩間違えたら死んでた。あれ以来、守護者には挑んでないし、近づかないように気を付けてきた。
「獣ならなんとかなるだろう」
獣……、いやまあ、たしかにヒト型じゃないけどさ。
エリークが強いのは見ていて知っているが、ワイバーンが強いのも知っている。
しかし階層を上っていくのが大変なことも、わかっているのだ。
影から魔物が出てこないか、罠がないか張りつめながら進むのは楽なことじゃない。食糧や魔術触媒の残量も考えねばならない。休憩は安寧の間でしか出来ないが、体力が尽きたときに都合よく辿り着けるとは限らない。
それをどれだけの階層、繰り返すのか。それを思えば、宝の守護者が弱い内に挑む、というのは正解なのかもしれない。
なにせ宝の守護者には、魔物も挑むのだ。魔物が食いあって、より強いものが守護者になる。厄介なことに、そういう仕組みが宝迷宮にはあるらしい。
「必ず倒すと誓おう」
「んー……、信じる」
ハイタッチをしようと手を出すと、その手を取られて再び額に当てられた。
ほんとどういう仕草なんだろ?? 掲示板には載ってなかったんだよなあ。
「案内する」
「頼む」
俺は守護者の間までの道案内を買って出た。迷宮変動が起きて多少入れ替わりが起きていたとしても、俺の勘は頼りになる。
宝迷宮には、道案内を行う先導人という職があるらしい。罠の有無、魔物の数、種類を特定してなるべく少ない消耗で済むよう案内するスペシャリスト。
さすがにそう名乗れるほどとは思っていないが、俺もだてに宝迷宮の深層で暮らしていない。
安寧の間から間へ、より少ない道程で進むのは容易なことじゃない。安寧の間や階段の場所が何となくわかるもののことを、導きの目と言ったりするらしい。これも掲示板情報なわけだが。
気を落ち着かせて意識を集中させると、蜘蛛の糸のようにうっすらと伸びていく何かを、俺は感じることが出来る。
最初は何かわからなかったし、今でもこれが真実何かなんてわからない。でもこれは安寧の間から次の安寧の間へと伸ばされた、まさしく迷宮の糸なのだということだけは、わかっている。俺はこの糸にいつも助けられてきた。
俺が地図も見ずに次の安寧の間まで案内して見せると、エリークは感心したように言った。
「君は、導きの目持ちか」
「わからない」
やっぱりこれって、導きの目って言われるものであってるのかね。
掲示板情報でしか知らなかったものだから、本当に俺がそうなのかは自信が全然なかったのだ。だから勘だと思ってきた。
半信半疑だったけど、やはり糸が見えるのって特殊なのかも。
※ ※ ※
【魔術覚え書き】
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魔術触媒
主に魔物の素材からなり、大まかに七種類に分別できる。
火牙:主に魔物の牙から作られる。火を起こす。
水鱗:主に魔物の鱗から作られる。水を起こす。
風角:主に魔物の角から作られる。風を起こす。
土蹄:主に魔物の爪、蹄から作られる。土を起こす。
光膚:主に魔物の皮膚から作られる。光を起こす。
闇骨:主に魔物の骨から作られる。闇を起こす。
樹灰:主に植物系魔物の灰から作られる。樹を起こす。
他、氷や雷などもあるが、特定の魔物からしか得られない。
また、処理の方法によって属性変換を起こす素材も存在する。




