番外編:家内安全、無病息災
アスル視点の年越し話です。
ロータスもすっかり寒くなった頃、年越し市が開かれた。クリスマスもサンタクロースも門松もないが、どこの世界も年を越すというのは一大イベントらしい。
こちらでの新年、年の変わり目というのはいわゆる冬至だ。日がもっとも短くなる日に、太陽が生まれ変わると信じられている。この世界もどうやら丸いらしい。
冬支度を終えて閉じこもりがちになった寂しい街が、年越し市の数日だけは鮮やかに賑わいを取り戻す。
異世界転移してからも毎年ひとり寂しく年を越していた俺としては、初めてといえる異世界での年越しだ。見るもの全てが新しく、初めて街に来たときのようにきょろきょろしてしまう。
一度拐われてからというもの、俺の前ではなく後ろを歩くようになったエリークに背を支えられたり、押されたりしながら歩く。
いや気をつけようとは思うのだが、とにかく珍しいものが多すぎる。
「あれなに?」
「なんだろう、砂糖菓子かな」
「あれは?」
「あれは飴」
うん、全体的に砂糖や飴で出来た飾り物が多い。年末に買って、年明けに家族で食べたり、お茶に溶かして飲んだりというのが慣わしのようだ。
色とりどり、形もさまざまだがだいたい全部砂糖で出来ている。まあ保存を考えれば砂糖一択になるのはわかる。無事に年を越せたお祝いってことで、奮発して買いやすいのもあるんだろう。ただ元の世界でいろいろな菓子を知ってる身としては、ちょっと物足りなくもある。
「買わなくていいの?」
「ん」
見てる分には楽しいけど、飴細工や砂糖菓子って食べようという気にはあまりならない。
「砂糖しかない」
「他の街だと、薬草のブーケやリースなんかもあるんだけど、ロータスだとあまり見かけないね」
「エリークはロータスでよかった?」
誘拐されたり倒れたり、その後は解放感で宝迷宮に潜ってはしゃいでいた影響で、すっかり他の街へいく機会を逃した俺である。冬支度の時期が重なって、旅支度をするには物価が上がりすぎていた。更に冬の旅は初心者にはおすすめしないと各方面から止められて、ロータスでの年越しとなったのだ。
エリークもこの様子だと毎年ロータスで年越しをしていたわけではないのだろう。
「うん?」
「年越し」
「あんまり場所にこだわりはないかな。年越しの慣わしも特にやらないし」
「ん」
そういうものか。まあ、俺も元の世界であまり年越しを重要視していた記憶はない。朧気ながら、ぼんやりとではあるが。ああ、でもクリスマスケーキとか、お雑煮は食べてたかな? あとは思い出せない。
でも節目節目に何らかの祭があって、それには乗っかるのが日本人の性だったような気がする。
それならこれもやっておくか。
「あれ買ってくる」
俺が決めたのはロータスの名に由来するらしい、ピンクの花を象った飴細工。花びらの形がちょうどあのとき俺の手にあった、蓮色の宝石によく似ている。
串の上に花の飴細工が乗っていて、年明けまでは飾っておける仕様。
「花びら一枚食べて家内安全、二枚食べて無病息災、三枚食べて大願成就だよ」
飴細工の店主の口上は、元の世界でも聞いたことのあるような言い回しで面白い。どこにでも同じようなものがあるもんだな。
「これほしい」
「まいど!」
一本に十枚ほどの花弁がついているので、ひとり一本というよりは家族で分けあって食べるもののようだ。懐のブローチから金を出して払う。高いか安いかは、相変わらずよくわからない。年越しの菓子だし、たぶん多少は高いんだろう。
「結局買ってきたね」
「んー、うん。祭、エリークいっしょ食べる」
「そうか。そうだね」
市場をぶらぶらして、久しぶりに見かけた串焼き屋で年末価格の肉を食い、宿に帰還。
俺が携えた花の飴細工を見て、女将があらあらと瓶を用意してくれた。
「これに入れて、明けるまで飾っておきな。また蓮茶を淹れてあげるからね」
「ありがとう」
蓮茶は宝迷宮で採れた蓮の葉を加工して作られる茶だ。高級茶なのだが、俺が蓮の葉を採ってこれる人材だということで薬屋から袖の下としてもらった。淹れ方がややこしいので、宿の女将さんに渡してお任せしている。
たまに飲むけど、しっかり焙煎してあるらしくわりと渋くて苦いお茶だ。俺は焙じ茶っぽくて好きだけど、エリークは苦手な味らしい。
エリークは焦げっぽい匂いが得意じゃないようだ。煎じたもの全般が好きじゃない。「薬みたいな味」ということらしい。この世界では飲み薬ってだいたい煎じたものだからな。わからないでもない。
冬至、昼がもっとも短くなる大晦日。
年末年始も宝迷宮が閉ざされることはない。迷宮変動や氾濫が起きる以外では開きっぱなしなのが宝迷宮というものだ。
とはいえこの時期は家族で過ごせないあぶれ者や、年末に向けて家族を作ろうとして失敗し自暴自棄になった者、年末年始を宿で過ごす金のない者などが多く入っていく時期で、治安が悪い。
中層であれば問題ないけど、俺としてはせっかく宝迷宮から出てきたのである。年越しは街でしたい。
特にそう要望したわけではなかったが、宿でだらだらのんびり年越しを迎えることとなった。酒を飲めるものは酒を飲んで、飲めないものはほどほどに食べて過ごすのが、宿での年末年始のスタイルらしい。
宗教もあるにはあるんだけど、迷宮都市ではそこまで信奉されてない。各家庭ごとにいろいろ過ごし方があるだろうって。
エリークは神聖語が話せるし宗教にならった過ごし方をするのだろうと思ったら、孤児の頃は孤児院の慣わしに従ってたけど、いまは冒険者流だという。
「飲んで食べて大騒ぎ」
「さすがにそこまで騒ぎはしないよ」
年越しの日だけは夜半に鐘が鳴るそうで、それが年越しの合図となるらしい。この日ばかりは節約してきた明かりも方々に灯される。
すっかり日の短くなった街に明かりを灯すのは大仕事で、なんなら朝から灯され始める。最初は薄青い魔道具の明かり。次第に日が陰ってくると、蝋燭の橙の明かりが灯される。遠目に見ると少し暗いイルミネーションのようで面白い。
早い夕暮れを二色の明かりが彩る中、じっくり煮込まれたジャカロブ肉のシチューを食べたり、甘いパン菓子を食べたりする。見知らぬお菓子だ。
「これは初めて食べるな」
「エリークも?」
スパイスが香り、木の実やドライフルーツがごろごろと入っていて、ぎっしりと堅い。食べて思い出したけど、シュトレンに似てる。周囲に粉糖はついてないけども。
「これも来訪者がもたらした料理なんだよ」
「へえ」
「なんでも、ロータスの前領主代理が迎えた後妻が来訪者だったそうで。お菓子作りが得意だって噂でね」
「そうだったんだ」
ニアミスで結局顔は見ていない、転移者の女性。どうやら元気にしているようで、ちょっと安心する。いや、すごく近くに住んでいたのに気づいてあげられなかった罪悪感がそれなりに俺にもあるのだ。俺としてもいっぱいいっぱいだったし、気づいていたとしても助けにはいけなかったと思うけどさ。
同じ転移者同士、どこかで楽しく過ごせてるなら、ちょっと救われる気持ちになるよな。
作るのに手間がかかるし材料費もかなりのもの、ということで振る舞われたのは本当に一切れの小さなものだったが、なんだか懐かしくしみじみとしてしまった。
部屋に戻って荷物の整理をしたり、年末年始にまつわるあれこれをエリークから聞いているうちにしんしんと夜は更けていき、あくびが我慢できなくなってきた頃。
遠くからかすかに鐘の音が聞こえた。想像していた鐘の音と違って、少しだけ笑う。俺が思ってたのは除夜の鐘だったから、違うのは当たり前だ。
異世界なんだなあと噛みしめて、でもこれが、これからの俺の年明けの合図になるんだろう。
「新年おめでとう」
「おめでとう」
二人で言い合って、魔道具の明かりを消して寝る。夜通し起きてはしゃぐには俺は眠すぎた。だってこの世界って暗くなったら寝るのが仕様なんですよ! よく耐えた方だと思う!
朝起きたら、女将さんが蓮茶を淹れてくれた。そこに飴細工の花びらを一枚、二枚と落とす。
「家内安全、無病息災」
「どこで覚えてきたの」
エリークに笑われながら、彼のお茶にも入れる。
三枚目はちょっと迷ってから、やっぱり入れた。
大願成就というほどの願いは今ないけど、入れるだけなら無料だしな。
「ん、今年もよろしく」
「よろしく」
木のカップはぶつけても、ガラスのコップほど音はしない。これもまた、俺の新しい乾杯の合図だ。
こうしてこの世界に馴染んでいく。俺はしみじみと蓮茶を口に含んだ。ほんのり甘くて渋いお茶だった。
「今年は別の街にも行こうか」
「ん!」
はじまりは宝迷宮の、小さな一部屋の安寧の間。
そこだけがすべてだった俺の世界は、これからも広がっていく。
みなさまよいお年をお迎えください。
また来年、お会いできれば幸いです。




