5.謎の男、治療中
安寧の間には魔物も来ないし、放置しておいても問題ない。
寝ている間に何かされても嫌だろう。まして大の男相手に、寝ている間に怪我を治したりとか無理よ、むり。この体はなにせまだ十五歳。
本来なら転移者はみな(特に希望がない限りは)十五歳成人の肉体でこの世界へ転移してくることになっていたが、俺はノアが少し成長の余地を残すといって未成人十二歳の肉体で下ろされた。
ノアさんや、このなにもない環境でどう成長しろって言うんだよ。身長もミリしか伸びてねえよ。ほんと人のこと考えてない!
さて、男はすやすやと寝ている。
となれば、俺に出来ることは今日の予定をこなすことだけだ。さっき外に出たときに薬苔の群生地があったので、採取しにいって、傷薬を多めに用意しよう。それからマーモットもいたので狩ろう。俺にとっては貴重な肉だ。あとは料理をして目覚めを待つくらいしかない。
いや、今日は目覚めない可能性もあるか。まあ目覚めなくても食べ物はいる。食い扶持が増えるのだ。食糧の心配は俺にだってある。
あれこれ考えつつ水を飲み、一休みしたら出発。もし起きたら飲めるように、小鍋の中には水を満たしておいた。
予定をこなして昼過ぎに帰ってきても、寝てたし、水は減っていなかった。お疲れですな。
日が暮れるまで干し肉の仕込みをして、新しく狩ってきた肉は捌いて冷凍する。
マーモットは体長30センチほどの、ずんぐりむっくりしたネズミだ。リスとネズミの中間ほどの外見をしていて、尻尾が大きいが、毛なので中身はない。この世界では食用鼠のことを全般的にマーモットと呼ぶ。
鼠を食べることにはかなり抵抗があったが、背に腹は変えられなかった。俺に討伐可能な肉といったらコイツらしかいなかったし。コイツでさえ、倒すのにはかなり時間がかかったのだ。
マーモットはヘソの下にルビーのような綺麗な石があり、これを取らないと解体できない変わった生態をしている。気づくまでは捌くことも出来なくて、大変だったんだ。
石さえ取ってしまえば、あとは捌くだけだ。こうして肉を捌くのも、大分なれた。
肉の片付けを終えたら、自分の夜ご飯を作って食べる。料理の匂いで起き出してくるかなと思ったが、それもなく。思った以上にギリギリのところだったのかもしれないな。
スポーツドリンクもどきでも用意しておいた方がいいかもしれない。砂糖はないが、魔物から取れた蜂蜜はある。疲れた体には糖分塩分水分が大事だ。掲示板でレシピをみたので作れる。
そんなことを考えつつ、いつも通り寝た。
目覚めてもまだ男は目を覚ましていなかった。小鍋の水も減っていない。これはあれか、あなた三日も目を覚まさなかったのよ、的なやつ?
深く寝入ってるのに起こすのも可哀想だし、呼吸だけ確かめて放置。
朝ごはんを食べて鍋を片付けていると、男がうっすらと目を覚ました。
「###……」
何て言ってるのかわからなかった。外国語か? 違う土地の出身なのかもしれんな。
さすがに知らん場所の言葉はわからないので、普通に話しかけるしかない。
「ここは俺の拠点だ。魔物はこない。ゆっくり休むといい」
「ありが、とう」
今のはわかった。
「怪我の調子はどうだ。何か食べられるか?」
「何も……」
「そうか。水分はとっておくといい」
朦朧としている感じだし、そんなに長く話しかけても負担だろう。作っておいた自家製スポーツドリンクを匙で飲ませる。喉が乾いていたらしく、結構飲んだ。
飲むと疲れたのか、また寝てしまった。
翌日、男が熱を出した。あれー!?
やはり怪我を放置するのはよくなかったのかもしれない。仕方ない、意を決して彼の足を治療することにした。
まずブーツを脱がすのにめちゃくちゃ苦労した。傷に響くのか痛がるし、暴れる体力はないみたいだけど呻くし、気を使ってしまいなかなか時間がかかった。
ようやく脱がせてみると足にはかなり深い怪我があり、膿んでいた。とりあえず『浄化』をかけ直し、膿を取り除いたあと、『治癒』で傷を塞ぐ。塞いだ傷を埋めるようにして薬苔で作った傷薬を塗りつけ、包帯を巻く。
俺に出来ることなんてこれが精いっぱいだ。でもこの世界の魔術は、傷薬は優秀だって知ってる。俺の大怪我もちゃんと治ったもん、きっと大丈夫だと信じている。
どうやらひどい怪我は足だけらしく、そこはほっとした。ベルトやボタンを弛めてやり、濡らした手拭いで汗をふいてやる。いくら目敏く起きるからといっても多少は面倒を見るべきだったと反省した。寝にくかったよな。ごめんよ。
今日は外へは行かず、男の様子を見て過ごすことにした。
掲示板はにぎやかなので、外へ出なくても退屈しない。掲示板はみんなが交流するだけでなく、紙がない転移者のメモ帳代わりにもなっており、いろいろな書きつけがある。見ていて飽きない。
一見カオスだが、管理者特典でスレをグループ分けしたりブックマーク出来るので便利に使っている。
特に魔術師に弟子入りした人の書きつけは、かなり役に立っている。ありがたーい。
目を覚ましたかと思えば魘され、またこんこんと眠り、と繰り返すこと三日ほど。怪我の包帯や薬草をこまめに変えてやり、スポドリを与え、一日に一度は『浄化』をかけてと細々と世話を焼いた。
ようやく男がしっかりと目を覚ました。俺が目を覚ますとすでに起き上がり、水を飲んでいたのだった。
ここ数日、寝ずの番とはいかないまでも、魘されていたら汗を拭う程度はした。おかげで少し寝不足で、体が痛い。一枚しかない毛布を男に貸していたので、寝心地もいつもより悪かった。
ほどいたはずの男の旅装はきっちり戻されているし、ブーツもしっかり履いている。傍らに杖を引き寄せて握っており、完全に警戒は解かれていない。
「熱は下がったようだが、足の調子はどうだ?」
「おかげさまで、調子はいい」
「病み上がりだ、無理はしない方がいい。何か食べられそうか?」
「ああ。……腹が、減った」
男の言葉と同時に、ぎゅる、と腹の音が鳴った。うむ、正直でよろしい。
「すぐに作ろう」
俺は小鍋を軽く洗い、充水筒から水を鍋に注いだ。男には瓶を差し出す。
「出来るまでこれを飲んでいるといい」
「これは?」
「甘水だ。熱を出している間も飲んでいた」
スポドリは転移者によって甘水という名で広まっているらしいので、そう答えると、男は少し警戒しつつも口に運んだ。
「甘い」
「甘水だからな」
そんな警戒せんでも、と俺としては思うが、男にとっては十分怪しいのだと思い直す。
宝迷宮の深層に住んでる子ども(一応成人はしました)、怪しいどころの話じゃないよな。
穀物の携帯食糧をいつも入れる半分量にして、少し薄目の朝食を作る。いつものがお粥とすれば、これはスープだ。しかし一週間近く固形物を摂ってない胃には、この辺が限界だろう。
鍋からお椀によそい、男に差し出すと素直に受け取った。
椀と匙は一組しかないので、俺は彼がゆっくりと食事するのを見守る。腹は減っているようだが、おそらくそんなに量は食べられないだろう。予想通り、男はお椀一杯で腹がくちくなったらしい。
そして体が暖まったせいか、うとうとし始めた。
「まだ本調子じゃないのだろ。寝てしまえ」
「しかし……」
抗っていたが眠気には勝てなかったのか、寝た。しばらくは起きていてもあまり起きられないかもしれないな。
そう思いつつ、俺は鍋の残りに穀物を足して食べた。




