49.再び、指名依頼
こうしてルナリスの一ヶ月の宝迷宮生活は幕を閉じ、俺の依頼は無事完遂となった。
この一ヶ月の依頼が護衛依頼として換算され、俺は銅上級へ昇格。
早すぎるんじゃない?と聞いたけど、貴族の護衛を一ヶ月もやったのにまだ銅な方が問題らしく、ギルドも頭を悩ませているらしい。そんなこと言われても困る。いろいろ面倒な規約があるようだ。
ルナリスはといえば、無事に父親が王都より帰還、領主代理へ任命された。ついでに次代の暗殺未遂で義母と義姉は捕縛され、二人とも実家へ戻されたらしい。なお実家でどうなったかまではわからない。
義母は兄以外に子がなく、義姉もまだ子がいなかったため、益より毒になると判断され排除されたんだろうって。
貴族ってシビア。
ルナリスの兄、ソラリスは相変わらず病床にある。
噂の『睡蓮の宝玉』は、ルナリスに継承されることが決定されたらしい。弟よりルナリスが魔力を上回ったことが決め手になったそうで、あの一ヶ月のお陰だと手紙にはあった。
そう、手紙。
「指名依頼」
「またか……」
俺とエリークは再びギルドの応接室へ来ていた。もうここも慣れたな。
「今度の依頼は宝迷宮ではないらしい」
「俺たちに依頼がある方が間違っているのでは」
「秘密を守れる色持ちに、とのご指名だよ。おまえたちが断ったら、来訪者の二人へ行く予定だ」
「ああ、そういう」
たしかに俺もエリークも色持ちか。
俺は誘拐された時に切られた髪にあわせて、髪を短くしていた。揃えて切ったので、肩くらいの長さ。いっそエリークくらい短くしてもらってもよかったのだが、髪結いさんにお任せしたらこの髪型になった。
「依頼料はひとり金貨50枚、宝迷宮にはいかない、所要は一日、危険はないそうだ」
「絶対裏があるやつじゃないか」
「仮にも次期睡蓮公だぞ。この大事な時期にバカなことは企まんだろう」
「それはそうだけども」
エリークは肩を落としてソファにがっくりと座っている。受けない、という選択肢はたぶん、彼の中にはないのだろう。
「そうだ、アスル」
「ん?」
「お前の荷物が見つかったそうだ。郵便で手違いがあっても困るから、受けるにしても受けないにしても一度こちらまで来てくれると助かる、と伝言を受けている」
「ん、行く! 行くし、受ける」
「アスルが受けるなら俺も受けるよ」
エリークとルナリスは、たぶん複雑な関係なんだろう。頼まれても自分からはうんと言いづらいような、なんかややこしそうな気配だ。
まあ、俺には関係無いことなので、下手に突っ込んだりも出来んのだが。
迷宮公代理となって多忙のため、ギルドまで来られないルナリスのために、依頼の話は指定の場所で受けることになった。
「よりにもよって北の貴族街を指定してくるとは」
エリークと共に迎えの馬車に乗り、花の春風亭から北へ巡る。俺は馬車には反対だったのだが、貴族街は徒歩では入れないんだって。
知らなかった。だから拐われるときって馬車なのか。
「アスルは大丈夫か?」
「ん?」
「馬車に酔ってない? 嫌な感じはないか?」
「大丈夫」
拐われたときはほんと手際よく装備を取り上げられたあとは床で踏みつけられていたので、今みたいに座ってなかったしな。状況が違う。それにエリークがいる。
それほど時間はかからずに馬車は目的の建物に到着。……ここって俺が拐われて連れていかれたまさにその場所だな。いや、そうか、ルナリスの実家に関係してるんだから、同じ場所になるか。
ひとり納得して、先を行くエリークを追う。案内の人が、屋敷の中を先導してくれる。
広い建物だが、人気がなくて静かだ。寂れた洋館で、想像していたような貴族の豪華なお屋敷!という感じではない。
黒い扉の前で案内人が止まり、ノッカーを叩く。
「お客様をお連れしました」
「入ってくれ」
ルナリスの声だ。
案内人に促されて、俺たちだけが部屋へ入る。
予想に反して、その部屋は寝室のようだった。部屋の中央に大きな寝台がある。天蓋に覆われて中身は見えないが、人の気配はあった。ほのかに薬草の、独特の臭気が漂っている。病人がいるのかもしれない。
ルナリスは、寝台脇の椅子から立ち上がったところだった。
エリークが肩に手を当てて礼をするのに、倣う。
「楽にしてくれ。久しぶりだね。元気そうでなにより」
「ルナリス様もご壮健な様子」
「堅苦しい挨拶は結構。アスル、まずは装備を返却しよう。時間がかかってすまなかったね」
「ん!」
ルナリスから直接、布袋を渡される。
俺の手甲飾! それに魔法鞄に、魔導具の指輪たち、魔術触媒袋!
「これで全部だと思うのだけど、不足はないだろうか」
「ない!」
うおおーー、もう戻ってこないと思っていたので嬉しい!
「うちのものが本当にすまなかったね」
「返ってきたから、いい!」
「よくないよ」
エリークは渋い顔だが、俺は過ぎたことは気にしないたちだ。
「それで依頼の話に入るが、いいかな」
「ん」
ルナリスは椅子の脇にある紐をゆっくりと引いて、寝台の天蓋を開いた。中には痩せ細った五十代ほどの男性が眠っている。
「紹介しよう、兄のソラリスだ」
「おにいさん……」
「眠っていらっしゃるのですか」
「もうかれこれ、一月は眠っているかな。私が帰ってきたときにはまだ話が出来たのだが」
顔色が悪く、白髪なのも相まって老けて見えたが、改めて眺めると顔には皺がなく、最初の印象よりははるかに若いことがわかる。しかしそれでも痩せて骨格の目立つ顔は、とても二十代のものには見えなかった。
ルナリスが立ち上がり、ソラリスの肩までかけられた毛布を少し下げる。痩せた体が現れる。そして夜着に手を掛け、胸の前を開いた。
「なにを、……!?」
開かれたソラリスの胸の中央には、拳ほどの大きさの玉が嵌め込まれていた。
「これが我々の継承してきた伝承器、『睡蓮の宝玉』だ。君たちに頼みたいのは、これに魔力を注ぐこと。兄の意識がない限り、継承が行えないらしい。その場合、兄は死ぬまで宝玉に囚われ、このまま衰弱死だ」
「外部から魔力を注ぐことは可能なのですか?」
「可能だ」
ルナリスはため息をついた。
「兄は、というか父だがね。……父は、どうやらこの六年間、色持ちを拐ってきては兄の面倒を見させていたらしい」
宝玉に魔力を捧げさせ、兄の貴族としての命を繋いでいたそうだ、とルナリスは苦々しく言った。
「その色持ちたちは何処へ?」
「今はいない。おそらくほとんどが色無しとなり、口封じされたのだろうね」
「ひどい」
俺は思わず呟いた。
その中には、おそらく転移者もいただろう。何もわからないまま拐われ、魔力を奪われ、殺されたものたちが。
拐われた転移者のスレッドはいくつか見かけたことがある。助けにいけない罪悪感が募るから、最初の数レスだけ読んでもう見ないようにしていた。
新着に上がってこなくなったスレッドの数だけ、犠牲者がいた。
俺は唇を噛み締める。一歩間違えば、俺もその中のひとりになっていた。
「私は今、魔力を注げない。宝玉を得るために、弟より低い魔力になるわけにはいかないんだ。それで色持ちの君たちに頼めないかと声をかけた」
「俺たちが断れば、話は来訪者に行くと聞きました」
「実は今もひとり、拐われた女性がいてね」
彼女も限界まで魔力を注ぎ続け、すでに色無しとなってしまったらしい。今は別の部屋で看病を受けている。
どうやら身寄りのない成人だったそうで、捜索届が出されることもなく、ルナリスが気がつくまで発覚を免れていたようだ。
「おそらくだが、彼女も彼らと同じ来訪者だろう」
旅人でもない色持ちで、成人したての、身寄りのない者。来訪者でもなければ、そう都合よくいるはずがない、とルナリスが言う。たしかにその可能性は高いだろう。
「それならば、話をするのもいいかもしれないと思った」
「俺、やる」
「アスル」
ケンたちを巻き込むよりは、俺がやる。
「魔力、多少減っても宝迷宮潜れば、戻る」
ルナリスを見ると、彼は微笑んだ。
「たしかに君ならば元に戻すのも簡単そうだ。本当にやってくれるのかい」
「適任」
ケンとツジとて、理由があって魔力を選んだのだろう。失いたくないはずだ。
だからやっぱり、俺が適任。
俺が寝台へ近寄ろうとすると、エリークが止めた。
「俺が先にやります」
眉間に皺を寄せて、険しい顔をしている。
いや、そんなに嫌ならやらんでもいいのでは。
「エリーク、俺やる」
「アスルは待っていて」
「でも」
エリークは俺の手を取って額に当てた。
また、これだ。この前、ロッドがルナリスにやっているのを見た。
「ゆずってあげてくれ、アスル」
「ルナリス、さま」
ルナリスはどこか切なそうに微笑んだ。
「頼むよ」
「ん」
貴族に頼まれてしまった。
まあ、エリークが色持ちじゃなくなったら俺が宝迷宮に放り込んで回復させてやろう。それで、いい。




