48.守護者との戦い
「目覚めよ」
光膚を撒いて『灯明』を使い、闇を打ち払う。俺の役目は、ひとまず闇の相殺だろう。光の魔術触媒ならば幸い、売るほどある。いくらでも付き合ってやる。
キマイラが光を嫌がってか頭を振る。噛みつきを『盾』で防いだエリークが杖を振るった。キマイラが大きく傷つき、黒い血が滝のように流れ落ちる。
「っ!」
咄嗟に飛び退いたエリークの鼻先を、血だまりから生えた黒い槍が幾本も突き上げた。
「避けろ!」
エリークの声に、全力の『盾』を展開しつつ地面へ転がる。たった今までいた場所を、散弾のように血が飛び散ってきた。いくらかが盾に当たり、激しい音を立てた。
ひえ、やべえ、『盾』抜かれるかと思った。まさに銃弾のような威力に冷や汗が流れる。
血を操る能力だろうか。
いや、これは血ではない? 鉄臭さではなく、腐敗臭が漂う。キマイラゾンビを覆っていた、あの泥と同じものかもしれない。泥よりも粘度が低い分、なめらかに動く。
足元の泥が再び頭をもたげる。一度きりの攻撃ではないらしい。
「清めよ」
『浄化』の魔術で血を洗い流せば、キマイラが不服そうに唸る。こいつ、なかなか表情があるな? いや、感心してる場合か。
「『浄化』の魔術触媒は足りるか?」
「残り少ない」
一ヶ月の耐久生活の間にも魔術触媒はあれこれ作っていたとはいえ、樹灰は手に入らなかった。
エリークから譲ってもらった分があるが、キマイラゾンビを倒す分と、事故った場合の洗浄分として五回分ほどしか残っていない。
樹灰自体はまだあるから、やろうと思えばもう少し使える。しかし四種混合魔術触媒はさすがに事前の用意なしには撃ちづらい。
「一気に行く。血の処理を頼む」
「ん!」
背後は任せろ。
気合いを込めて、周囲が再び闇に包まれた、そのときだった。
「なっ、暗い!?」
「ルナリス様!?」
ルナリスの声が聞こえてきた。守護者の間に入ってきたのか!?
「目覚めよ!」
すぐさま闇を払うと、入り口にルナリスの姿がある。
「入らず外で待っているように言ったはずです!」
「すまない、不測の事態だ。追手がきた。帰途を狙われたらしい」
今、外ではロッドとアリマが追手と対峙しており、中へ逃げるよう言われたのだという。
「こっちも不測」
「希少個体か!」
「追手の人数は?」
「五人。アリマとロッドの手に余る刺客ではないが、私がいると足手まといになる」
このままでは主を守るのが難しいと判断したアリマが、ルナリスを守護者の間へ押しやったそうだ。
相手がキマイラゾンビであれば、その判断は正しかったのだが。
「『盾』、使える?」
「ああ。遠距離攻撃があるのか」
「ある」
「不運は重なるものだな」
エリークはキマイラと睨みあっている。老人の頭がぶつぶつと何かを呟いた。
キマイラが巨大な翼をはためかせ、ふわりと浮かび上がる。
飛翔できるのか!?
思わず天井を仰ぐ。思ったより高い。このまま逃げられるとよろしくない。まだ一体どんな魔法を隠しているかわからないのだ。見下ろされるまま、的にされるのは遠慮したい。
エリークも飛翔を止めようと翼に攻撃を加えようとするが、獅子と鷲、ふたつの頭が邪魔して叶わない。
くそ、なにかないのか。
翼を落とす方法。
いや、違う。いくら翼があっても、あの大きさでは浮かべるはずがない。ワイバーンでさえ身の丈の三倍は翼があった。キマイラの翼は長く見積もっても二倍あるかないか。
魔法か。
さっきの老人の言葉は呪文だった?
魔法にも呪文が必要なのだとしたら。
「解放せよ!」
声に、言葉に力を込める。この呪文は、既に起きた現象に働きかけるもの。ならばそこに、魔術と魔法の差などないはずだ。
果たしてキマイラから吹き荒れる風は止み、嗄れた老人の顔はギリギリと歯軋りをこぼした。
かと思えば、何事かを再び呟き、俺の足元に闇が沸き立つ。
「うぇっ!?」
「アスル!!」
ルナリスが俺を後ろから抱えあげて引っ張りあげた。
ジュワジュワと足元が音を立てる。や、やべえなんだこれ。
「た、助かった」
「恐ろしいな、魔法を使うのか……」
闇の沼が広がっていき、このままではエリークと距離が出来てしまう。もったいないが仕方ない。
「清めよ」
『浄化』で沼を取り除く。
「離れてて」
「ああ。……気をつけて」
「ルナリスさまも」
エリークが杖を振るう度に傷はつき、血は流れるが、不思議とキマイラは弱ってはいかない。やはり血ではないと考えるべきなのか。
三度目の『浄化』をしながら、ふと気づく。
傷ついても弱らないなら、何で弱るんだ、こいつは?
エリークの顔にも、不審が宿っている。
「清めよ、目覚めよ」
四度目の『浄化』、そして『灯明』。
キマイラの姿は薄汚れているが、あれだけの血を流したわりにふらつくこともない。魔物とて生き物だ、明らかにおかしい。
キマイラは怪我を嫌がっていないように見える。血を流すことでそれを攻撃に転じられるからだろうか?
幻影か。
いや、それにしてははっきりしているし、影もある。
影の方が本体、ということもなさそうだ。
「すみません、遅くなりました!」
「ルナリス様!」
「シッ!」
ロッドとアリマが、守護者の間へ入ってくる。向こうは片付いたらしい。よかった。
怪我をしているようだから、あとで『治癒』をしてあげねば。
エリークの杖が再び振りあげられ、鷲の頭が切り飛ばされた。黒い血が勢いよく吹き出す。俺は『浄化』を使おうとして、切り替えた。
取り出すのは光膚と樹灰。キマイラの元まで走る。
血を流すことを厭わないなら、逆に癒したらどうなる?
「アスル!?」
「癒せ」
黒い血がまるでスライムのように動きを止めた。湯が沸くようにぼこぼこと泡立つ。それ自体が生き物のようにうごめきながら、鷲の頭のあった首へと戻っていく。
キマイラがふらりと揺らめいた。
「なるほど」
「ん!」
キマイラが咆哮を上げる。
「目覚めよ」
俺が闇を払い、エリークが老人の顔を打ち砕く。悲鳴を上げる顔。
「癒せ!」
吹き出した鼻血が逆流すると、老人の顔が真っ青になり、泡を吹いた。
エリークが更に一歩を踏み込み、獅子の胴体を貫く。
「すべてを癒せ」
見るからに膨れ上がっていくキマイラの体。
「アスル、離れろ!」
「ん!」
飛び退いた瞬間、キマイラが内側から爆発した。
骨がむき出しに、肉が垂れ下がり、よたよたと歩く。黒い汚泥は、いつかも見たものだ。
「流し清めよ」
ラスト一回。
汚泥をすべて『浄化』で押し流されたキマイラは骨だけになり、エリークに打ち砕かれた。
転移陣が点る。
俺とエリークは手を上げて、力強く打ち付けた。
つっかれた。
終わると緊張してた足の筋肉が、悲鳴を上げるように膝がかくかくする。思わず座り込むと、エリークもしゃがみこんだ。
「大丈夫?」
「ん、疲れただけ」
「水を飲んで休んでて。俺はキマイラを片付けるから」
エリークから、充水筒を渡されるのをありがたく受けとる。
「んー、結局、骨になった」
「そうだね。まあ、前よりはくっついてるから」
たしかに。バラバラではなくてくっついてるから、価値は高くなる……のか? 前も組み立て直して骨格標本にするみたいなこといってたから、今回も標本になるのかも。
エリークが跳ね飛ばした鷲の首も、最終的には溶けて骨になっちゃったしな。
水を飲んだら、立ち上がる。んん、立てなくはない、大丈夫だ。
「大丈夫かい?」
「ん、ルナリスさまも」
「私の方までは来なかったから、平気だよ」
「よかった」
一応上から下まで目を走らせるが、怪我はたしかにしていないようだ。
一方、ロッドは肩を押さえ、アリマもあちこち怪我をしている。アリマ、戦えないって本人はいってたけどやはり従者というより、いわゆる影の者だよな。足音がしないもん。
『治癒』をしてあげたいが、残念ながら魔術触媒がもうない。骨をしまっているエリークに樹灰を分けてもらって、二人の『治癒』。
「ありがとうございます。やはり『治癒』は覚えるべきですね」
「本当に。助かりました。それに、ルナリス様を守ってくださってありがとうございます」
アリマは深々と俺に礼をしている間に、ロッドはルナリスの手を取って額にあてた。
そしてロッドは曲者を魔法鞄に仕舞ってくる、と一旦守護者の間を出ていった。曲者が5人入る魔法鞄……、間違いなく部屋型以上だな。ああ、俺の魔法鞄よ……。
すべてを終えて、転移陣へ。
1ヶ月ぶりのお風呂が待っている!




