46.睡蓮の宝玉
年の近い兄弟とはいえ元々ルナリスは魔力なしに近く、神殿に入れられたりもしていたため、義母――兄の母に蔑まれることはあっても、疎まれることはなかったらしい。
ところが彼の兄、ソラリスは六年前、病に倒れた。
当時同母の弟は成人前。やむを得ず兄の代理として表舞台に立ったルナリスは、魔力の多寡を気にしない貴族から評価を集めることとなった。
「そして兄の病状は次第に悪化し、ついに次代領主の資格を失った。これはまだ表沙汰にはなっていないが、色無しになってしまったんだ」
魔力が少なくなりすぎて、白髪になってしまった、と。
白髪では貴族は位を継げないらしい。なんか貴族の業務に魔力を使う作業があるんだとか。
「それはご病気が原因で?」
「そう。あー、もうこれもぶちまけてしまおうかな。病気自体も、伝承器が原因でね」
「ルナリス様!?」
アリマが驚いたように声を上げるのを、ルナリスは片手で制する。
「万が一のこともある。冒険者も知っておいたほうがいい話だよ、アリマ」
「しかしそれは睡蓮公の機密ではありませんか!」
「ここは宝迷宮の奥地で、どんな耳も届かない」
別に機密とかは聞きたくないのだが、伝承器がどんなものかは気になる。
「睡蓮公の持つ伝承器というと、『睡蓮の宝玉』でしょうか」
『睡蓮の宝玉』。
その昔、宝迷宮の睡蓮の花咲く沼地層から遺失物が出土し、この宝迷宮は『睡蓮の宝玉』と呼ばれるようになった。
そんな話を以前、聞いたことがあった気がする。
「そう。私たちの祖先は、この宝迷宮に挑み『睡蓮の宝玉』を手にした冒険者を与した」
ルナリスの話によると、迷宮公は冒険者から宝玉を手に入れ、宝迷宮と契約を交わしたらしい。
宝迷宮の主となり、宝迷宮の最深部を守ること。そのために魔力を捧げる限り、宝迷宮の力を貸すことを約束された。
迷宮公は、宝迷宮を操る力を手に入れた。階層を変化させる力を。階層に魔物を配置する力を。現れる宝物をある程度選別する力を。
それって、つまり。
「〈ダンジョンマスター〉」
「迷宮の主か。言い得て妙だね」
また適当な神聖語に変換されたっぽい。
「主になるといっても、大した仕事はないらしい。宝玉に魔力を捧げること、それから宝迷宮の声を聞くこと」
「宝迷宮の声?」
「変動を起こして階層を変えたいとか、宝物を出したいとか出したくないとか、魔物をいっぱい作りたいとか、いろいろわがままに喚くらしいよ」
宝玉の主は宝迷宮の声を聞いて、ひとつひとつ許可したり、却下したりするのが仕事らしい。
「いなしすぎても宝迷宮の不満がたまるし、叶えすぎては宝迷宮が維持できない」
つまりダンジョンマスターは別にいて、裁可を下すのが宝玉の主か。なんという中間管理職。
「なかなか胃の痛い作業だと聞いたよ」
ルナリスの口調にはなつかしさが滲み、かすかに痛みを感じさせる。ソラリスに聞いたのだろうか。
「兄は成人してすぐに『睡蓮の宝玉』の主になった。父は子を作るのが遅かったから、父の方が限界に近かったらしくてね」
そうして譲り渡された『睡蓮の宝玉』だったが、ひとつ事件が起きた。
「七年前。兄は、宝迷宮を操ろうとしてしまった」
ソラリスが行ったのは、宝迷宮の中に秘密の部屋を作ることだった。そしてそこに、魔力を育てさせる名目で孤児を閉じ込めた。
七年前……、そういえばそんな辺りに孤児がさらわれて放置される事件があったって、ギルマスから聞いてたっけ。
「兄はどうやら、安全に魔力を満たせる部屋を作り、色持ちを人為的に作り出そうとした、らしい」
その実験は失敗に終わり、拐われた孤児たちは次々と非業の死を遂げた。
「大半が餓死したと聞いているよ。兄はおおらかといえば聞こえはいいが、とにかく無頓着な男だから。孤児は一週間も食事が取れないことがあると聞いていたから、一週間なら閉じ込めても大丈夫だと思ったらしい」
お、おお……。おおらかでは済まされんぞ、それは。
安全な部屋ということは、周囲に魔物がいないということ。食べ物がないこととイコールだ。動かない前提であるならば、宝物も手に入らない。
充水筒くらいは与えられていたかもしれないが、とても生き延びられる環境ではなかっただろう。
「内部を一部だけ何度もねじ曲げるというのは、宝迷宮にとって不愉快なことだったらしい。宝迷宮は兄の変更に反発し、迷宮変動を起こした」
それが六年前の迷宮変動。
ソラリスは迷宮変動によって迷宮から多くの魔力を要求され、頻繁に魔力欠乏に陥るようになった。
あれ。
「なら、今年の迷宮変動は?」
「兄によると、どうやら『睡蓮の宝玉』は90層が最後の階層だったらしい」
「あ」
「そうだ。君たちによる80層の攻略を、宝迷宮は危機と感じた」
「しかし、それより前から迷宮変動は何度も起きていたはずです」
それはきっと、俺だ。
80層の攻略をいやがっていたなら、俺がワイバーンに挑んだことそのものも、宝迷宮にはストレスだったはずだ。
「俺がいたから、宝迷宮は変動を起こしていた……?」
「君のせいじゃない」
「いや、むしろ君たちのおかげ、というべきだろう」
「おかげ?」
「兄は言っていた。自身の魔力ではもう、宝迷宮は言うことを聞かないと。抑え切れないのだとね」
ルナリスは長い睫毛を伏せて細く息を吐いた。
「『睡蓮の宝玉』は、主が弱っているこの隙に、氾濫を起こしたがっていた」
迷宮氾濫。
それは宝迷宮の魔物たちが外へあふれでてくるという、迷宮都市を脅かす災害だ。
「しかし80層の攻略は、宝迷宮に氾濫ではなく大変動を選択させた。兄はそこにギリギリで介入したようだ。自身の力の及ばぬところで、近い未来に氾濫が起きることを想定し、冒険者に魔術師を増やそうと画策したんだ。他の迷宮都市では氾濫が頻繁に起きるから、魔術師が多いのだと知ったようでね」
宝迷宮が魔術師を作りたがっている、というのはあながち間違いではなかったのか。
「兄は命を魔力に変えて宝玉を保持している。あと半年、持つかどうか。それが契約の切れ目だ。次に契約するものを、我らは差し出さねばならない」
ルナリスの青い瞳は強く決意を宿していた。
「私は睡蓮公の血筋として、宝迷宮を受け継ぎ、迷宮氾濫を止める必要がある」
まさか本当にダンジョンマスターがいるとは、とか驚きはあったけど、たしかにいろいろ納得ではある。
俺はそういうこともあるんだろうなとすんなり受け入れたけど、エリークは「飲み込むのに時間がかかりそうだ」と難しい顔をしていた。
これまでも宝迷宮は冒険者の味方ではなかった。迷宮変動に大変動しかり、多くの冒険者が巻き添えになって亡くなっている。
それを考えると、その死をもたらしたのが同じ人間である、というのはなかなか受け入れがたい事実なのだろう。
「あれ」
「ん?」
「一ヶ月待つ、何ある?」
一ヶ月宝迷宮で過ごす必要性について聞いてなかったような。
「ああ、父が王都から帰ってくるんだ。そして次期迷宮公を指名する。私に魔力が満ち、弟より増えていれば、私をね。そうしたら義母たちは手が出せなくなる」
迷宮公の子を殺すのと、次期迷宮公を殺すのでは訳が違う、という話らしい。殺人にランクがあるの怖いんですけど。これだから貴族ってやつは。




