45.宝迷宮引きこもり生活
「巻き込んでしまって、申し訳なかったね」
「過ぎたこと、仕方ない」
エリークを見てワンワン泣いてしまったので、俺は今とても恥ずかしい。羞恥心と必死で戦っている。見るな……、俺を見ないでくれ……!
そんな俺の心情を知ってか知らずか、ルナリスは俺の手を取って真正面から見つめてくる。くっ、美形め!
「君が装備もなく宝迷宮へ挑んだと知ったときには血の気が引いたよ。怪我はなかったかい」
「ん、『治癒』した」
「あったんだね。治ったとしても痛みをなかったことには出来ない。うちの家のものが、すまなかった」
「ルナリスさま、違う」
ルナリスの家がやったことであって、ルナリスがやったことじゃない。俺としては、俺から奪ったものを返してくれればそれで構わない。
俺の手甲飾に魔法鞄に、魔導具の指輪たち、魔術触媒袋。それからダガー。返してくれなきゃさすがに恨む。
「君の装備は必ず取り返すと誓うよ」
「ん」
それなら構わない。俺は待てる男だ。
「移動する」
「そうだね。早いうちにもう少し奥まで入ったほうがいいだろう」
エリークも同意する。
俺を拐ってまでルナリスの宝迷宮入りをどうにかしたかった連中が、宝迷宮に入ったくらいであきらめるとは思えない。もしかしたら宝迷宮の中まで追いかけてくる可能性もある。それなら、31層になどいられない。
「では行きましょうか」
「宝迷宮では、君たちの判断に従うよ」
ルナリスたちを引き連れて、俺たちは階層の奥へ向かった。
「思ってたのと全然違う……」
「ルナリス様」
鍋をかき混ぜている俺の後ろでルナリスがまた何か言い、シッとお付きのアリマに窘められている。
宝迷宮生活も今日で十日目。
エリークが買ったカウディアの干し肉と乾燥野菜、干しキノコ(迷宮茸ではない)、香草。それに万能薬な携帯食糧を五つ入れて煮込んだお粥を作っている。ここに転移者が作ったというカレー粉を入れて、粉チーズを振りかければカレーリゾットの完成だ。俺が考えた特製メニューである。
なお鍋は俺が買って、エリークが魔法鞄に入れておいてくれた大鍋だ。更に俺があれこれ調味料を買っていたのを覚えていて、後で買って荷物に入れておいてくれたらしい。ありがたいことである。おかげで美味い飯が食える。
本当なら街で買った携帯食糧を使用する予定だったのだが、大箱出たしな。健康には絶対こちらの方がいい、ということで、三日に一回は大箱の携帯食糧を使っている。
「ごはん」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
お椀に盛れば、みな素直に受け取る。暖かいご飯は一日一度。お粥を出すのは、朝の一度だけだ。夕方は解体とかあってバタバタするので、そう決めた。
ルナリスがお粥を上品に匙ですくいながら、ぼやくように言った。
「それで、私は今日も留守番なんだろうか」
「ん。ルナリスさま、安寧の間いる」
ルナリスに迫る追っ手を撒いたところで、俺たちのやることは変わらない。
そう、一ヶ月の耐久生活である。
安全第一、安寧の間での万歳引きこもり生活だ。
お付きのアリマも留守番だが、彼はむしろ引きこもりを歓迎している。そりゃそうだろう、主を危険にさらさないで済むならば、それが一番のはずだ。
肩身が狭そうなのは、護衛の騎士ロッド。彼も護衛なので、外へは出られない。いや、だってほら人間が襲ってくる可能性もあるわけだし。でも彼の場合、護衛は仕事なのでそれほど苦には思っていないようだ。元々、警護ってじっと守ることだもんね。
「少しくらい外に出ても」
「ダメ。瞑想する」
「いやもうさすがに瞑想も飽きたよ!」
お粥を食べ終えたルナリスは両手を上にあげて天を仰いだ。オーバーリアクションだなあ。
「暇になるっていった」
「たしかに言われていたけど、さすがに狂いそうだ」
「ルナリス様」
アリマに窘められているが、今日は止まらなそうだ。狂いそうまで言われてしまった。
「なら帰ろう」
「いや帰らない!!」
駄々っ子か。
エリークは苦笑している。
ルナリスはエリークに、最後の希望とばかりにすがった。
「エリーク、どうしてもダメかい」
「この部屋の外は普通に宝迷宮ですから、外に出るのは反対です。この階層はソードパンサーも、地走りも、スパイダーも、スケルトンも出ますし」
「何も起こらなすぎて、本当に宝迷宮なのかよくわからなくなってきたんだ……」
ルナリスは頭を抱えている。
ちなみに俺とエリークは、ルナリスたちを置いて日々探索に出掛けている。一ヶ月、ただ安寧の間へこもっているのも暇だし、せっかくなので安寧の間や宝物を探してうろついているのだ。
一週間で見つけた宝物の数は十個。小型箱ばかりだが、そこそこ取れている。
もちろん移動すれば魔術触媒を消費するが、その辺は自給自足した魔術触媒を使っているので問題ない。要はぶつ切り魔術触媒である。これで戦うのも修行の内だ。
「どうしてもっていうなら、別の安寧の間へ行く」
近場の安寧の間への道にはナイトスパイダーが巣を作っていたが、昨日掃除しておいた。今日も俺とエリークで確認してから進ませれば、ルナリスは精霊の導きを受けられるだろう。任せろ。
「そういう話じゃないんだよ!」
最初の一週間は大人しかったルナリスだが、本当に飽きてきたらしい。
「やることの何もないのが、こんなに堪えるとは思っていなかった……」
「瞑想」
「瞑想はもう飽きたんだよ!」
俺のいう瞑想というのは魔力を回復させたり増やすのに適した手段と伝えられる、丹田を意識して外部の魔力を取り入れる呼吸法みたいなやつである。掲示板で読んだ。
ルナリスも魔力を増やしたいだけあってそういう情報には詳しく、最初の一週間は瞑想に励んでいたはずなんだ。
「でもルナリス様、たしかにお髪の色がこの十日間で、色濃くなられましたよ!」
「そうだろうか……」
「た、たしかに。なられましたよ!」
「そうだろうか……?」
ロッドとアリマがルナリスを励ましている。ルナリスは自身の髪を引っ張って見ているが、ゆるやかなウェーブがかった髪はそれほど長くない。自分ではよく見えない、と文句を言っていた。
貴族は髪を長くするものが多いらしいが、それは魔力の量を誇示するためときく。色持ちではないまでも、髪には魔力が現れるから、と。
んー。うん。
たしかにずっと暇なのはかわいそうかもしれない。
「やっぱり帰ろう」
「帰らないってば!」
「暇になったら帰る、約束」
「くっ……、悪かったよ」
ルナリスはぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてため息をついた。アリマがため息をついて彼の髪を櫛で整えていく。お疲れさまである。
「もう十日は経ってますし、魔力はかなり満ちたと思われますよ」
「十日ではだめなんだよ」
エリークが言っても、ルナリスは首を振る。
十日ではだめ、ということはもしかして。
「戻ってはいけない、ということ?」
「それもある」
ルナリスはうなずき、両手を大きく広げた。
「ここなら人目もないから、もうぶちまけて話してしまうとね、私は義母と義姉に命を狙われているんだ」
「家督争い?」
「そのようなものかな」
ルナリスの話によると、なかなか複雑だった。




