44.身ひとつで挑む無謀
宝迷宮31層。
ナイフ1本にわずかな魔術触媒で挑むなんて、自殺行為でしかない。そんなこと知ってる。
知ってるけどやるしかないんだよ、ちくしょうめ。
「すべて凍りつけ!」
まずは開幕襲ってくるコウモリを『氷結』で一網打尽にした。
おびただしい数のコウモリに見下ろされつつ、迷路を移動。少し離れた場所で解体する。
少ないがこいつにも爪と牙はある。土蹄と火牙の魔術触媒。くそ、ナイフが小さすぎて使いづらい。牙がとりにくい! おまけに鞄も何もないから、手に持てる分しか持っていけない。
どうにか一匹分の魔術触媒と魔核をむしりとる。コウモリの皮膜を切り取って、袋のように牙や爪を包んだ。原始時代かここは。
次の通路へ進む。
アイスウルフの奇襲。なけなしの闇骨を使い『影縛』でいなし、首を『切断』する。続けざまに襲いかかってきたもう一匹の攻撃をかろうじてかわし――きれずに肩を爪で負傷。のしかかられた。くそったれ、位置が悪いが胴体を『切断』で切り飛ばす。
当然のように大量の血飛沫がかかり、体の上に臓物が落ちてくる。気色悪いが、どちらにしろ腹は捌かなければならなかった。
肺を取り出し、ナイフでぶつ切りにしていく。これで『氷結』がしばらくは使える。といっても同属性のアイスウルフには使えない。
今ので闇骨は使いきってしまった。次にアイスウルフに遭遇したときには、コウモリからもぎ取った素材を魔術触媒として、『砂囚』か、『火炎』か。対抗属性に弱いとはいえ、『火炎』での足留めは難しい。タイミングを合わせての『砂囚』が必要だろう。
魔核を拾い上げると、今更のように肩の傷がズキズキ痛んできた。ここで使ってしまうのはもったいない気もするが、痛みで集中をかいたら元も子もない。『治癒』を使う。
『治癒』が使えるのもあと二回。『浄化』はもちろんあきらめなきゃいけない。最悪。
息を潜め、ゆっくりと通路を進む。糸を辿るが、その糸のふるえが今は怖い。魔物の鼓動が伝わってくる。
角から四足。ソードパンサーか、アイスウルフか。わからない。どちらが現れるかで、使う魔術触媒が違う。無駄にできない。
――ソードパンサー!
「凍りつけ!」
迫る長い牙の前にアイスウルフの肺をぶん投げ、『氷結』をお見舞いする。凍りつく獣に止めをさそうとして、ナイフでは叶わず舌打ちする。やむを得ず『光線』。
息が白くなるほどの寒気にため息をつく。力みすぎだ。魔力も使い過ぎている。気をつけないと、魔物に気づかれる。
警戒しつつ、パンサーの牙をへし折る。全体重を掛けてのしかかってようやく折れた。でかい。こんなの、どうやっても加工しないと使えないだろ。でも魔術触媒は魔術触媒だ。
爪を数本切り取って、魔物の気配に顔を上げる。
そろそろ移動した方がいい。魔核を抜く。魔核、嵩張る。めっちゃ邪魔!
失敗したな。最初のアイスウルフは『影縛』ではなく『砂囚』で止めるべきだった。そうすれば『隠蔽』が使えて、もう少し楽に進めたかも。
身を潜めて進みながら考えるけど、もう過ぎたことだ。残る魔術触媒でどうにかしないといけない。
ナイフでは歯が立たない以上、風角と光膚が生命線になる。無駄には出来ない。
残念なことに、どちらもこの階層では手に入らない魔術触媒だ。焦燥が募る。
やはり、31層へ入るのは無謀だったか。いや、これが最善だった――たぶん、おそらくは。確証なんてない。不安ばかりだ。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
慎重に、ふるえる息を潜めて。
時には小走りに、あるいは全力で走り抜けて。
どうにか安寧の間へ滑り込んだときには、心底ほっとした。久しぶりに、死ぬかと思った。心臓が飛び出そうなほど脈打ってる。苦しいくらい。こんなのワイバーン以来かもしれない。
でもこれで終わりじゃない。
『水玉』の魔術を使い、空中に浮かんだ水の玉から直接、水を飲む。充水筒がないから、水の確保は水鱗頼りだ。この階層に魔魚は出ないし、もう少しも無駄には出来ない。
魔術触媒のあるうちに、もう少し階層を進むべきだろうか? 地走りのいる階層なら、水鱗が手に入る。
いや、やはりこのままここで待つべきだ。俺はアイスウルフと相性が悪すぎる。せめて風角がもう少しあれば違ったかもしれないが、ここに角のある魔物はいない。
生き延びなきゃいけない。
しかし生きるためには、水がいる。食糧がいる。
また生肉を食べて血を飲むのかと思うと気が滅入るが、そんなことをいってる場合じゃない。
食べなきゃ生きられない。
覚悟を決めた俺の前に、きらきらと宝物が現れる。
大型箱。
ふるえる手で解錠すれば、中身は大量の携帯食糧と水のボトルだった。
……いやもう、なに。
イエーイ、ノアさん見てるー?
めっちゃタイミングよく助けてくれるじゃん……。
ほんとありがとね……。
掲示板見るのが怖いわ。メッセージがあってもなくてもこんなんノアの采配やん。
俺の幸運がものをいった可能性もなきにしもあらずだが、ノアさんありがとうって思っておく。
安心したら力が抜けた。
いいや、もう、俺はしばらくここで引きこもって生きていくぞ。
掲示板見て暮らすんだ!
引きこもりになってやる!!
そう決めて俺は『浄化』を使った。
やっぱり血塗れのままいるのって衛生的に絶対よくないし。『治癒』の使用回数が減るが、病気は治癒では治らないので仕方ない、仕方ない。
エリークが当初の予定通り31層を選んで来てくれるかどうかは、正直なところ賭けだった。
迷子石は片割れが宝迷宮に入った段階で光を失い、同階層に現れるまで光を閉ざす。だからエリークは俺が宝迷宮に入ったことはわかっても、どの階層に入ったかまではわからない。
別の階層に入ってしまったら、エリークがその階層を攻略して、新たに挑み直すまで待たなければならない。
いや、それ以前に迎えに来てくれるかどうかもわからない。
そんな想像も時おり、胸を過った。
大丈夫、エリークはちゃんと助けに来てくれる、前だって俺を助けてくれたんだ。そう信じてるけど、眠りは浅いし、睡眠不足は続く。
まあ万能薬のお陰で健康保てちゃうんですけどね。はいはい、ありがとう、お陰さまで健康です。
俺が宝迷宮に入ってから三日がたった。本来の契約なら宝迷宮へ潜り始める日だ。
今日を越えてエリークが来なかったら、俺もちょっと考えて移動を始めないといけない。
けれど、そうはならなかった。
「アスル!」
「エリーク!!」
はたしてエリークは、俺の願い通り31層へ来てくれた。
「やあ、邪魔してすまないね」
「失礼いたします」
「よろしくお願いします」
当初の予定通り、ルナリス以下ふたりを引き連れて。
※ ※ ※
【だれか、助けてください】
682 イッチ
すこし衝撃的なことがあって、書き込みが遅くなってしまいました。
珍しくソラリスさまが、わたしの話を聞きたいといって、耳を傾けてくださいました。
わたしが拐われてきたのだと知ると、とてもあわててらっしゃいました。
わたしのことを、貴族の娘だと思っていたのですって。
ソラリスさまの、もう一人の妻候補だと思っていたそうです。
もう一人の妻。
ソラリスさまには、すでに奥さまがいらしたのですって。
……ほんとうは、知っていました。
わたし、ソラリスさまが睡蓮公の長男だってわかっていました。
お名前がわかった時点で、掲示板で検索しました。だれかに助けてほしくて、藁にもすがりたい気持ちで。
だから、知っていました。
年齢も、ご病気なことも、貴族なことも、わかっていました。だから、間違いだとは思いませんでした。
でも……。
皆さんは、自分の手で人の命を支えたことがあるでしょうか。
わたしがやらないとその人が死んでしまう、そういう作業を任されたことがあるでしょうか。
そしてその人に、裏切られたような気になったことは、あるでしょうか。
わたしは今、そういう気持ちです。
もうずっと、頭がいたくて気持ち悪いです。




