41.指名依頼の交渉
翌日、朝も早くからギルドの伝令に起こされた。
はい、指名依頼ね。相変わらず情報が早いこと……。
「大丈夫か?」
「眠い……」
昨日は情報収集しておこうと思って、掲示板を読み漁っていたのだ。寝不足です。
朝食は甘くないフレンチトーストとカリカリに焼いたベーコン。うまい。
エリークを連れて、というか、俺がエリークに連れられて、冒険者ギルドへ。伝令は馬車で乗せていってくれるといったが、断った。いや、転移者が拐われる乗り物第一位ですからね、馬車。
そんなわけで徒歩で行ったら、初っぱなから睨まれている、お付きの人に。
ギルドの応接室、すでにギルマスとルナリスが席に着いていた。お茶まで飲んでらっしゃる。だいぶお待たせしてしまったのだろう。
「御前、失礼いたします」
エリークが肩に手を当てる礼をするのを、見様見真似で俺も倣う。
「楽にしてくれ。どうぞ、座って」
促されて、二人で席に着く。と思ったらエリークは俺の後ろに立った。見上げると、少し苦笑される。
俺が受けた指名依頼だから、部屋には入るけど同席はしない、てことかな? よくわからん。
視線を前に戻すとルナリスの従者や護衛たちは目を丸くしてエリークを見ていた。……俺の推理違ってたっぽい。
驚きが浮かんでいたのはほんのひととき。ルナリスが手を前に組んで膝に乗せ、身を乗り出してくるまでだった。
「40層は行ったね、アスル」
「ん」
「では一ヶ月、私を宝迷宮に連れていってくれるだろうか」
「いいよ」
「っ本当かい!?」
ルナリスは自分から依頼しておいて、心底驚いたように目を瞪った。
「約束ある」
「約束?」
「条件ですね」
エリークが後ろから補足してくれる。そうそう、条件だった。覚えたはずなのに、すぐ単語を忘れてしまう。
40層を潜っている間にエリークとは話し合って、もし依頼が来たら受ける方向で考えていると相談していた。エリークも俺ならば大丈夫だろうと太鼓判を押してくれた。そして可能なら、一緒に依頼を受けてもらうようにも頼んで、了承してもらった。
そんなわけで、お話し合い。
「連れていく、ルナリスだけ」
「んなっ」
後ろのお付きの人たちが声を上げたが、ルナリスが手を軽く上げて黙らせる。
「君と私と、二人だけということかい?」
「そう」
「護衛は不可?」
「ダメ。役に立たない」
役立たずと言われた騎士が気色ばむが、俺は言葉を続ける。
「宝迷宮に一ヶ月暮らす、力ない、人ない、暇ある、必要なの食べ物、魔術だけ」
「ええと?」
ルナリスが測りかねたようにエリークを見上げ、彼が補足してくれる。
「宝迷宮に暮らすということに、力は必要ありません。人数もいらない。必要なのは食べ物と魔術だけ。暇になる、ということかと」
「なるほど」
ルナリスの視線が俺に戻ってくる。
彼は眉間に皺を寄せ、顎に手をやって考えている。
「つまり私ひとりしか連れていけないのは、食糧や魔術触媒が足りなくなるから、ということかい?」
「ん、護衛。俺が守れるの、ひとりだけ」
食糧問題もだが、安全面を考えるとね。
そう答えると、ルナリスは更に難しい顔になる。
「魔法鞄では解決できないか。こちらで自分の護衛と食糧などを用意するというのは?」
「騎士だめ。少なくとも魔術師が必要」
「魔術師か」
ルナリスの目が、俺の後ろのエリークへ向く。
「例えば、エリークを護衛に雇うならば、こちらの同行人数は増やせるかい?」
「エリークによる」
「エリーク?」
呼ばれたエリークが答える。
「……二人が限度でしょう」
「私を入れて?」
「入れて三人です」
「よし、それで手を打とう」
「ルナリス様!?」
お付きさんが悲鳴のような声を上げたが、ルナリスは唇を釣り上げて満足げに笑う。
「私が決めた」
ルナリスさん、笑いかた怖いですよ。
「アスルに依頼する。そしてエリーク、君にも依頼しよう。一ヶ月、私を40層へ連れていくこと」
「ん」
「かしこまりました」
うん。エリークと決めていたままに決まった。最初に人数を絞って、エリークを護衛に、と向こうから言い出してもらい、人数を三人にする。
最初のルナリスと俺と二人きりで合意されなくてよかった。そんなん俺のがやだよ。
「魔術師を二人雇うんだ、報酬は弾もう」
「魔術触媒代別」
俺が付け加えると、ルナリスは楽しそうに喉をならした。
「ちゃっかりしている。後で精算してやろう」
「ん」
あとは、そっちの三人の食糧をどっちが用意するかとか(向こうが用意することになった)、出立の日はいつにするとか(三日後に決まった)、その他用意しておいた方がいいものいろいろ(着替えとか)。
「あ」
「ん?」
「31層入れる?」
そういえば転移陣って、パーティー単位とかじゃなくて個人記録なんだよな。そもそもルナリスやその仲間が31層に入れないなら、この話は無しになってしまう。
そう思って確認すると、ルナリスは弾かれたように笑った。
「た、たしかに入れなかったら意味がないな。大丈夫、入れるよ」
貴族なのに、31層行けるのか。金持ちの道楽にしては、結構進んだ階層に思える。宝迷宮の攻略は、地図があっても三日はかかるものだ。
ルナリスがどこか楽しそうに目を細める。
「七年前の大変動前、40層には、リュンクスが出てね」
リュンクスというのは狐と猫の合の子のような、それでいて結構でかい魔物のことだ。見た目の割に狂暴だが、うつくしい毛並みを持っていて、貴族はこの毛皮を好むという。
「毛皮狩り」
「そう。人気が高すぎて回ってこないから自分で狩りにいこうっていう……、まあ今思えばバカな流行があったんだよ」
バカって言っちゃった。
まあたしかに毛皮狩るためだけに宝迷宮の中層に入っちゃうのも、なかなか命知らずな行いのような気がする。
「みんなで無茶してね。いい思い出といえば思い出かな。ね、エリーク」
「……そうですね」
話を振られたエリークが答えた。
孤児だったけどいろいろあって、のいろいろ部分なのかな。
そういうわけで、40層には行けるらしいので安心だ。連れていく人員も、ちゃんと入れる者を選んでくれるそうだ。
あとは一ヶ月間旅行すると思って準備しておけばいい、宝迷宮の準備は俺たちがするのだから。というようなことをお貴族様向けの言葉でエリークに言ってもらって、今日のところは解散。
うーん。
それにしてもやはり裏がありそう。
目をつけられた以上、積極的に巻き込まれるしかないんだけども。
たしかに、断ることも出来た。表面上は。でも俺は後ろ楯のない孤児、ということになってる。実際、そう。拐われたら終わりだ。
エリークとて四六時中俺を見ているわけにはいかない。向こうがやる気になれば、俺を拐うことなど朝飯前だろう。街中で拐われたら魔術も使いづらい。魔術師は厄介なのだ。
エリークは俺が人質に取られたら、責任感じて来ちゃいそうだし。
それなら向こうが俺たちにまだ頼んでいるうちに、獅子の口に飛び込んだ方がいい。エリークはともかく、俺は狙われたら逃げられないだろうから。
俺はそう考えたし、エリークも同意してくれた。
さて三日後。
宝迷宮に入れば、こちらのフィールドだ。だてに三年も暮らしてない。宝迷宮の中でなら、魔術師は強いんだ。
――て思ってたんですけどねーー。
俺は今、馬車に乗せられている。そう、誘拐される乗り物ナンバーワンの馬車だ。
あっさりとまあ、拐かされた。




