34.転移者たち
「元より無茶な依頼だ。無理に受けようと考えなくても、断れたんだぞ?」
ルナリスが退出してから、疲れたようにギルマスは言った。
「んー、あきらめ悪い」
「たしかにな」
「エリーク、同じ依頼だった?」
「内密な話だぞ。本当は言っちゃならんのだから」
「ん。エリーク、分が悪い。守れるけど、つらい」
「ああ」
「エリークが受けるのは、ダメ」
『闇形』という見張りの魔術があると聞いたが、それとて万全ではないだろう。交代で寝ずの番をするといっても、エリークと他ではきっと、負担が違ってくる。『闇形』は魔術触媒も髪の毛を使うときいた。ハゲてしまう。
俺はぐっと伸びをした。別に畏まったわけじゃないけど、お付きの人には睨まれ続けていたし、なんだか肩が凝った。
「宝迷宮、暮らす、つまらない。なにかする、命と引き換え。なにもしない、飽きる」
改めてさっき言いたかったことを口にする。今度はちゃんと文章になったんじゃない?
ギルマスが痛ましげに俺を見る。
まあ、俺は掲示板があったからね。
最初の一ヶ月ほどは、本当にどこにも行けなくて狂うかと思ったんだ。薄暗い洞窟のなか、小さな一室に閉じ込められて。外に出るのは命がけ。生きるか死ぬかの大冒険をしようと思い切れるほど、勇気もなくて。
掲示板のみんなが羨ましくて、食糧はどんどん減っていって、なにもしないまま死が近づいてくる。そのくらいまで俺は覚悟が決まらなかった。
「たぶん、一ヶ月ない」
「お前はそう踏んだわけか」
何もせずにここで一ヶ月暮らせと言えば、一ヶ月も経たずに音をあげるだろう。ルナリス本人はあるいは耐えちゃうかもな、と思うけど、お付きの人は全然、ダメなんじゃないかな。
まあ安寧の間は狭いから、今日みたいにお付きの人がいっぱいでも困るんだよ。人が多ければ多いで揉め事も増えるだろうし。こちらの話を聞いてくれなくても困る。
だから受けるとしたら、人数は二人か、多くても三人まで。こちらの言うことを絶対聞いてもらうこと、は確実に約束してもらわないといけない。
金額はいくらになるんだろ。先導人の雇い賃と魔術師の護衛料金と、あと使った魔術触媒の精算だろうか。かなりの金額になりそう。
しかし、魔力が少ない、か。
ちょっと同情する面があったりもする。俺も宝迷宮に放りこまれてなければ、色無しだったわけだし。
最初の頃、俺は『灯明』の魔術を使うのにも苦労した。魔導具も上手く扱えなかった。たぶんあれは不慣れだったからという以上に、魔力が少なかったからなんだろう。
不安と焦燥。
思い出すと、ちょっと力になってあげたい気もしてくる。
……なんとなく、それだけじゃない気もするから、迷うところではあるのだが。
応接室を出て、エリークを探す。
宝迷宮を出てから、エリークとは迷子石を分け合っているので、どこにいるかはわかる。見守りPHSみたいなもんだ。
酒場の方にいるみたい。今日は宝迷宮には行かなかったらしい。まあ一日で回るの、大変だもんな。
冒険者ギルドの二階には酒場があって、簡単な食事が出来るようになっている。俺はまだ利用したことがない。成人してるから酒は飲めるけど、この体格的にあまりよろしくないだろうというのがあって、酒は解禁していない。エリークもそこまで酒を飲むタイプじゃないみたいだし。
実際は酒以上に俺が屋台飯にはまってるから、酒場に来る暇がなかったというだけの話だが。
二階に来てみると、まだ昼だというのになんだか出来上がってる集団がたくさんあった。冒険者はそんなもんか。
納得しかけたが、バイコーンの角を携えてたりするので思い直す。今朝帰ってきたグループが酒盛りしてたりするのか。
道理で酒と食べ物の匂いと異臭がまざりあってすごい臭いになっているはずだ。
俺も街へやってきてから多少臭いについては寛容になったつもりだが、ここはさすがに臭い。
探すのをあきらめて下で待っていようかと思ったが、向こうから見つけてくれた。
「アスル、終わったのか」
「終わった」
「顔がすごいことになってる。降りようか」
「ん、いいの?」
誰かと飲んでたんじゃないのかな。
「うおお~エリークさんの薄情者ォ~」
「俺たちのことなんかどうでもいいんだ~!」
「どうでもいいよ」
エリークに笑いながらばっさり切り捨てられて、テーブルで飲んでた面々がおいおい泣き真似をする。
「お連れさんが来たなら一緒に飲みましょうよ!」
「アスルはここの臭いがダメなんだ」
「臭い? ああ~」
「くさいっすよねえ!」
爆笑しておられる。かなり出来上がってるな。あ、ヤーノがいる。前に俺と模擬戦をした冒険者だ。
「俺たちだってねえ!好きで臭いわけじゃないんですよ!」
「風呂に入りてえ!」
「でも風呂付きの宿なんて娼館しかないじゃないっすか!」
えっ。
えっ!?
思わずエリークを仰ぐと、彼は笑って首を振った。
「娼館以外にもあるよ」
「高い! 高い宿じゃないっすか!」
「銀貨三枚で風呂に入れるなら安いもんだって言う子もいるけどね」
「そんな銀貨三枚で……っ、銀貨三枚?」
「えっ、銀貨三枚で風呂入れるんです?」
「安いじゃん!」
「どこ? どこっすか??」
「ちょっと、絡まないで」
結局酒を飲んだ冒険者五人組にエリークがうざ絡みされ、『蓮の夢』へ案内することになった。
俺もせっかく行ったので風呂に入った。エリークは「綺麗にされてしまう」と笑っていたが、結局は入った。
「彼らが風呂に反応するのは意外だったな」
「さっきの人たち?」
「そう。前に言ってた来訪者たちだよ。たまにああやって、集まって飲んでるんだ。今日は魔術に興味がわいたみたいで、捕まってしまった」
「そうだったの!?」
転移者たちと会ってしまった。
というか、ヤーノはそうだったのか。全然気づかなかった。当たり前だけど、見た目でわかるもんじゃないんだな。
ロータスの転移者たちについては、勝手に掲示板で見知っているからなんだか不思議な気分だ。
たしか長剣使いと、短剣使いと、弓矢に生きることを決めた人と、ポテチをロータスの街にもたらした人と、魔法鞄が欲しくて金を貯めてる人がいるんだよ。
いや、匿名だから全員区別はついていないし、混ざってる可能性も高いが。
そういえばポテチはまだ食べられていない。屋台飯にはフィッシュ&チップスに似たポテトと肉の揚げたものはあるが、薄く揚げるポテトチップスはないのだ。
思い出したら突然食べたくなってきた。高級宿でもポテチは出してくれるだろうか。
「指名依頼はどうだった?」
「ん、同じ依頼」
「やっぱりか」
エリークが眉間に皺を寄せる。
「断った?」
「今は」
「今は?」
「40層行ったことないのに連れてけ言うから、行った後にしてって」
「なるほど」
楽しそうにエリークが笑う。難しい顔をしているよりは笑顔がいい。
「でもそれだと、行った後なら受けることになってしまうよ」
「ん。大丈夫そうなら受ける。連れてくのは二人だけ。言うこと聞く。飽きたら終わり」
「飽きたら?」
「安寧の間にずっといる、暇。飽きる」
「ああ……、そういう観点は持ったことがなかったな」
安寧の間はようやく訪れる休息のときで、むしろ出たくないと思いつつ出発する場所だから、飽きるとか考えたことはなかったそうだ。
エリークが俺の手を取って、そっと額に当てた。久しぶりにされたな、それ。
「これなに?」
エリークの手を取って同じように額に当てながら聞くと、彼は笑って、「ないしょ」と言った。
いや教えてくれよ。
「君の思った通りにしたらいいよ」
「ん。次来たらエリークにも来てほしい」
「俺に?」
「んん、言葉上手く通じなかった」
「ああ……、貴族言葉はくせがあるからね」
「ん」
次は一緒に来てくれるよう約束してもらって、安心した。言葉が通じないのって、めちゃくちゃ不安になるんだよな。
風呂から上がると、転移者たちから食事に誘われた。風呂を教えてくれたお礼に、夕食をおごってくれると言う。
「いいよ、そんな余裕ないでしょ君ら」
「グウッ、痛いところを突かれた!」
「こういうのは気持ちですから!」
「気持ちだけもらっておくよ」
エリークはあっさりとおごりを蹴ったけども。
俺も、彼らが魔法鞄に向けてお金を貯めているのを知っているので、おごりは心苦しい。
むしろ気持ちとしてはおごってあげたいくらいだが、見知らぬ子ども(見た目)におごられても困惑するだけだろうからやめておく。




