32.トレントの灰
この日はもう夕方を回っていたので、解体所でジャカロプの毛と肉二人前を受けとり、エリークと屋台飯してウサギ肉を食べた。ジャカロプの肉は淡白だけどパサついてはいなくて、少し癖があったけど、ハーブの香るソースを絡めて食べるとさっぱり美味かった。
あらかじめエリークの方に多めに分けておいたので、今日は俺も残さず食べることが出来た。自分の食べられる量がようやく把握できてきたな。成長期にしては明らかに少ないので、もっと食べられるようになりたい。
それから、ジャカロプの毛皮を預けに魔術触媒屋へ。
「ようエリーク。ギルドでなんか面白いことをやったんだって?」
ニールがカウンターに肘をつきつつ、面白そうに言う。
「繁盛したか?」
「お陰さまで角の持ち込み数が増えたよ。角ばかりでも困るんだがな」
「光の魔術も教えるべきだったかな」
「光なあ。『灯明』くらいか、教えても問題ねえのは」
殺傷能力のある魔術の魔名を他人に教えてはいけない、というのは魔術師の暗黙の了解らしい。
魔物相手だけでなく人間にも使えるし、魔術触媒は俺が宝迷宮の中で暮らしていたときもそうだったように、自作できる。やろうと思えば、魔導具よりお手軽に手に入れられるのだ。
ゆえに魔術の魔名は魔術師の秘匿とされている。魔名を知る術の数が魔術師の強さの底だとも言われている。
どのくらいの魔術を知っているのかというのは、簡単には明かしてはいけないのだとか。
とはいえ『突風』のときそうだったように、術名を口に出して使うものも多くいる。最初はどうしても、そうなりがちだ。口頭から広がる魔術は意外と多いそうだ。だから強い冒険者と行動して術を盗むこともあるらしい。前に、エリークから教わった。
ジャカロプの毛皮を預けて手間賃を払おうとすると、エリークに止められてしまった。
「五分で十分だろ?」
「いやさすがに少なすぎる」
「これから持ち込みが増えるはずだ」
「せめて一割」
「五分。前からこの価格で取ってたろ」
「わーったよ」
なにやら交渉が行われたらしく、手間賃は不要になった。魔術触媒にするうちの五分をニールの取り分とすることで相殺されたようだ。
なるほど、エリークはそういう交渉をしてたわけか!
俺が目を瞬かせていると、エリークは苦笑した。
「金に困ってないのはわかっているけど、おおらかすぎるのもよくないからね」
「ん」
「いや、金持ちはおおらかでいるべきだぞ」
「だまってろ」
ニールとエリークは仲がいい。
あ、そうだった。
「樹灰はいくらになる?」
「金貨3枚だな」
「値上がった?」
「ロータスではスティングネトルくらいしかいねえからな。まだ出てねえんだろ? 周辺にもいねえし、余所から買い付けるから、どうしても高くなる」
「んん……」
魔術触媒は買い取ってもらえないと前に聞いている。しかしトレントの灰、とても三ヶ月では使いきれないくらいあるんだよな。エリークにはもう分けたんだけど、さすがにそんなにいらないと断られてしまった。
せっかくあるのにもったいないからと取ってきたけど、このままでは不良在庫になってしまう。
魔法鞄から、トレントの灰を出す。
「樹灰か。二等、いやかなり混ざってるが、こんな大量にどうした?」
「俺が焼いた」
「ほお、ロータスでもトレントが出たか!」
「出るには出たが、沼地の守護者だ。おいそれと近づくものはいない」
「てことは、坊っちゃんかよ、沼地の到達者は!」
エリークが補足してくれて、ニールがヒュウと口笛を吹く。
「んでこれはどうしろって?」
「いっぱいある。三ヶ月じゃ使いきれない」
「まあトレントを燃やしたらそうなるだろうな。つまり買い取りか。魔術触媒は普段買い取っていないが、樹なあ。魔術で燃やされてて、質も悪くない。……まあいいだろ」
買い取ってもらえることになった。金貨10枚。悪くない。
「次は出来たら丸太で頼む」
「燃やすのが楽」
「……ま、灰でも構わんよ。じっくり焼いてくれればな」
懸念がひとつ片付いてほっとした。
翌日、俺に指名依頼が来た。
ふたたび花の春風亭へ伝令が来たのだ。
エリークは頭を抱えていたが、指名が来てしまった以上、とりあえず応じないわけにはいかない。一緒に行くとエリークは言ってくれたが、個人指名なので部外者は依頼内容を聞けないと断られてしまった。
「ああー~、もう」
「がんばる」
いいといったが、エリークがギルドまで送ってくれると言うので一緒に歩く。
「たぶん、昨日俺が断った依頼と同じものだ。君も断ればいい」
「ん」
「……正直なところ、もし同じ依頼だとしたら、君には出来る。たぶん簡単な部類に入るだろう。だが、出来るなら断ってほしい」
「なぜ?」
「貴族と縁が出来てほしくない」
エリークはフードを被った俺の頭を撫でた。
「ギルドマスターは孤児だと思ったようだが、君はおそらく貴族の子だろう」
「!?」
ど、どういう飛躍で!?
「それもおそらくは白髪で生まれた。貴族の色無しは、神殿で育てられる。その際に神聖語を叩き込まれるんだ。……君が最初に話していた言葉だ」
「ん」
「色持ちになったとわかれば、縁を切っていても取り戻しにくる」
貴族にそんな事情があったとは……。
俺が貴族を疑われている理由は理解した。
待てよ、てことは神聖語が通じたエリークは?
「エリークも?」
「俺は神殿育ちの孤児だよ。色無しでもない。ただ、同じ神殿に色無しがいたことがあるから、神聖語は少し嗜んでる」
エリークが孤児は嘘だろ。この金持ちめ。
俺がじっと見上げると、彼は苦笑して「本当だよ」と言う。
「俺、貴族じゃない。神殿育ちでもない」
「覚えているのか?」
俺が言えば、エリークは痛ましげな目で俺を見る。やめて、嘘ついてる罪悪感が募る。思わず下を向いてしまう。
「白かったのは、そう。白、良くない。宝迷宮落とされたのも、そう」
「そうか」
「親いない。神聖語は、保護者から教わった」
あの無責任なノアを保護者とは思いたくないが、ふさわしい言葉は保護者になるのだろう。
親がいないのも、本当。
一度ついた嘘は最後まで突き通すぞ。
「縁を切りたかったのはその保護者か」
「ん、もう切れてる。届かないところ」
「……そう」
……。
あれだな、この言い方だとノア死んでるな。
しかも俺が死を認知してるってことは、宝迷宮に一緒に降りたけど先に死んだみたいな感じになったな。
………。
まあいいか!
「君が色無しだったことは、明かさない方がいい」
「ん」
エリークが潜めた声で言って、俺はうなずいた。
※ ※ ※
【だれか、助けてください】
500 イッチ
今日、老人が目を開けました。
老人の名前はソラリスさまっていうみたいです。
501 名無しの転移者さん
イッチちゃんおはよう。
ついに件の貴族の名前、判明か。
調べてみるから、もう少し頑張ってくれな
503 名無しの転移者さん
名前が神聖語由来ってことは、かなり古い家系。たぶん上流貴族だと思う。
551 イッチ
ちょっと遅くなってしまいました。
ソラリスさまはわたしにいつも話しかけてくださいます。とてもおやさしいです。
骨と皮の老人のようだと思っていましたが、目を覚ましてからは、魔力を捧げるにつれて、体も少しずつ回復してらっしゃいました。
ソラリスさまは、本当は24歳なんですって。
わたし、驚いてしまいました。もう100近いおじいさんだと思っていたから。そのくらいしわしわの、くしゃくしゃなのです。
これは、この宝玉のせいみたいです。ひどいです。
わたしが魔力をささげるから、だいぶ調子がいいのだとソラリスさまはいいます。
頭痛いけど、気持ち悪いけど、わたし、もうすこし頑張れます。
552 名無しの転移者さん
おはようイッチちゃん
なんというか、気を強く持ってくれ。
553 名無しの転移者さん
やる気出すところじゃないと思うけど、うーん




