31.貴族と魔術講座
戻ってくると、夜明けだった。
街壁の向こうを朝日が上ってくる。群青の空がきらめいて見えた。やはり外はいい。宝迷宮に泊まって帰ってくると余計そう思う。
街へ戻る頃には冒険者ギルドも開いていたので、朝イチで解体をお願いしつつ、鑑定所へ。
宝物から出た魔導具を売却して、番号札をもらった。
昨日はあまり眠れなかったので、今頃すごい眠い。一昨日風呂に入ったところだけど、もう風呂に入りたい。
壁際にあるベンチで休みつつ、ちょっとだけ、と目を閉じたら少し眠ってしまったらしい。かくんと頭が落ちて目が覚めた。
今何時だろ。掲示板を開くと、昼ちょっと前。いつも見ている街スレッドが新着に来ていたので、覗く。
【迷宮都市ロータス在住スレ】
575 名無しの転移者さん
速報! ギルドで魔術講座が開かれてる。銀上級の冒険者が指導してくれるって
576 名無しの転移者さん
見に行ったけどお貴族様がマンツーマンされてて俺らのような下々はお呼びじゃない感じだった
578 名無しの転移者さん
てか魔術って必要? マギあれば十分じゃね? 魔術触媒たっかいし
579 名無しの転移者さん
『治癒』は使いたいんだよなあ。『治癒』のマギなんてよほどの幸運に恵まれないと手に入らないだろうし
580 名無しの転移者さん
あれ掠り傷程度しか治せないって噂だし、やはり魔術なんじゃね? 最近発動体を手に入れてしまったのでにわかに魔術が気になってる
581 名無しの転移者さん
お前もか。俺もだ
書き込み時間を確認すると、ついさっきだ。
エリークの指名依頼って魔術講座だったんだろうか? 貴族相手に?
いや、でも指名依頼の話は昨日だったしな。
訓練所へ行ってみると、野次馬がたくさんいた。俺もそっと混じる。
エリークだ。
あと貴族っぽい人というのもわかった。ひとり仕立てのいいコートを着た、やたらと姿勢のいい男性がいる。淡い色の短い金髪。年齢はエリークと同じくらいだろうか。
でもその場にいるのは貴族の青年だけじゃなくて、何人か冒険者も混ざっている。
「簡単になりますが、理論は以上です」
「魔術触媒の配分は? あらかじめ混ぜておくのかい?」
「配分については魔術書を参照ください。混ぜておく人もいますが、俺は混ぜていません」
「それはなぜ? 混ぜておいた方が楽では?」
「魔術は常に一定の事象ではありません。求める出力、与える魔力によって変化します。二種混合程度であれば、やっていくうちにそのときどきで最適な魔術触媒を投げられるようになるので、混ぜるのはあまりよくないと言われていますね」
「なるほど」
「とはいえ四種混合など、複雑な魔術となってくるとまた話は変わってきます」
俺も習ったような基礎の基礎だな。
主に質問しているのは貴族の青年で、あとは聞き役に徹している。どういう会なんだろう?
「それでは実践です。危なくないように『突風』で試したいと思います。当然ですが魔術は決して人には向けないでください」
エリークの助手をしているらしき受付嬢が、エリークのまわりに集まっている面々にブローチ型の発動体を配っている。
「発動体はブローチ型が入手しやすいですが、実際のところ使い勝手はあまりよくありません。魔術師になる気があるなら、指輪型か、いずれは杖型を探すといいでしょう」
「魔導具に干渉しないかい?」
「同じ指にしない限りはしません」
「発動体を使わずに魔術を使う方法があると聞いたけど」
「呪文ですね。耳がよく、師がいない限りおすすめ出来ません」
「君は師匠になってくれない?」
「私はあいにく呪文には詳しくありません。申し訳ありませんが」
貴族青年はエリークに微笑みかけるが、エリークの表情は無だ。珍しいな、無表情。
「次に魔術触媒を配ります。一包ずつ渡していきますが、広げずに手に持っていてください」
受付嬢が、薬のように包まれた魔術触媒をそれぞれに渡していく。みんな感心したように渡されたものを眺めている。
「本来は魔術触媒は粉のまま手に握りますが、今回はこのままで行います。まず発動体を握った手を前に出し、風を出したい方向へ向けます」
エリークが後ろを向き、腕輪のある方の手を前へ出した。手の方向、十メートルほど先には案山子のような的が立っている。
「もう一方の手で魔術触媒を握り、手の甲に押し当てます。そのまま魔導具を使うように魔力を発動体へ流します」
そう言うとエリークの手から突風が吹き、的を大きく揺らした。
「これが『突風』です。使用するのは風角。今回は五等で用意しています」
「素晴らしい!」
貴族青年が楽しそうに声を上げた。
「五等ということは魔術触媒の性能を上げたら風の勢いは上がるのかい?」
「上位の魔術触媒を使えば威力は上がりますが、引き出される魔力は増えます」
「へえ! 面白いね。それで、魔術は魔術触媒だけあれば使えるというわけではないんだろう?」
「はい。しかしそれほど難しくはありません。『突風』の名を意識して魔力を放つ必要があります」
「『突風』……、神聖語か」
「慣れないうちは口に出した方が成功しやすいでしょう」
「なるほど。早速やってみてもいいかい?」
「どうぞ」
貴族青年はエリークに倣ってブローチと魔術触媒を握り、腕を的へ向けて伸ばした。
「突風」
おお、発音がいい。
青年のささやきと共に風が巻き起こり、的を揺らす。
「へえ……! これは面白い。『風』の魔導具より消費は重いが、魔力効率は五等でも高い。結果的には魔導具より長く戦えるというわけだ」
「ご明察です」
「ブローチの効率が悪いというのは、こうして外して使わないと使えないからかい?」
「発動体は手で触れている必要があり、魔術は指向性を示してやる必要があります。ブローチを着けたままでも使えないことはありませんが、その魔術は呪文で起こされる現象に近いものになる」
「つまり同心円状の全体攻撃、ね。ふむ、これは一考の価値がある……、ああ、私に気にせず皆も試してみるといい」
貴族青年がその場を譲ると、冒険者たちもおずおずと試しはじめた。青年と違い発音はあまりよくないが、それでも魔術が失敗することはなく、的を揺らしてははしゃいでいる。
いいな、エリークの魔術講座。
俺もあそこで受けたかった。いや、ペンダント型の発動体の使い方はもう習ったけどさ。なんていうか実践的で楽しそう。俺のはほぼ座学だったから。
野次馬して見てる人たちも、「俺も参加すればよかった」「やってみたいよな」などと話が聞こえてくる。
結果的には魔術を広めるの、大成功なんじゃないです?
いや、指名依頼がなんでこうなってるのかは謎過ぎるんだけど。
全員が『突風』を試している中、貴族青年のお付きがささやいた。
「ルナリス様、そろそろお時間です」
「ああ、わかったよ」
貴族青年、ルナリスはエリークの手を取り、握手をしながら肩を叩く。
「ありがとう、とても参考になったよ。先ほどの依頼、もう少し考えておいてほしい」
「私の答えは同じです、閣下」
「堅苦しい呼び方はよしてくれ。昔のように呼んでくれたらいい」
「いいえ、閣下」
「融通のきかない男だ。だが執念深さでは私も負けないつもりだよ。また来る。考えておいてくれ」
「何度来られても答えは同じですが、またお会い出来る日を楽しみにしております」
ルナリスが訓練所を出ていくと、にわかににぎやかになった。やはり貴族がいるということで、みな声を抑えたり、話すこと自体を我慢してたりしたらしい。
エリークも周囲から話しかけられて、苦笑いで応じたりしている。からかわれているのかな。表情が戻ってよかった。
「アスル。君も来ていたのか」
「ん。俺も参加したかった」
「君に教えられることはもうないよ」
エリークは笑って、俺の肩を叩く。うん、笑っている方がいい。
「指名依頼どうだった?」
「断ったよ。俺では難しい依頼だった」
「エリークでもそんなことあるんだ」
「そりゃあるさ」
いったいどんな依頼だったのかは気になるが、エリークが教えてくれることはなさそうだ。
「エリーク、『突風』以外に風の魔術触媒で出来る魔術はないのか?」
さっきの魔術講座に参加していたらしい冒険者の男が、問いかけてくる。
エリークは肩をすくめた。
「もちろんあるけど、さすがに殺傷能力の高い魔術は教えられないよ。俺のせいで事件が起きても困る」
「あー、そりゃそうか」
「知りたいなら魔術書を当たるといい」
「本は読むと眠くなるんだ……」
魔術は魔名と常にセットだ。魔名がわからなければ、魔術は発生し得ない。呪文で起こす魔術は魔名がなくても使えるが、それは魔術触媒を目覚めさせるものに過ぎない。
後から考えると、掲示板の魔術を見ただけで魔名がわかったのって神聖語ネイティブのお陰なんだよな。助かったことは意外と多い。でもエリークが下位神聖語わからなかったら詰んでたし、やはりノアに感謝はしない。
「『治癒』は便利だよ。魔術触媒は樹と光。生存率が上がる」
「ギルドの治療で受けられるやつだろ。自分で使えりゃそりゃ強いと思うがよ」
男は頭を搔いて考えるようだった。
『治癒』、ほんと便利なんだよな。光膚はジャカロプのお陰で値上げしないようだし、樹は……、樹はどうなんだろうか? 俺はトレントのお陰で大量に仕入れられたけど、供給的にはどんなもんだろうか。ニールに今度聞いてみよう。
訓練所の魔術講座はブローチを回収してお開きとなった。魔術触媒代は、冒険者の分までお貴族さま持ちだったらしい。太っ腹。
結局、あの人はいったいなんだったんだろう? たぶん、エリークの指名依頼と関係あったんだよな?




