3.三年経ちました
「うるせーマウントくらい取らせろ、ちくしょうめ」
あれから、あっという間に三年が経った。
大規模転移後、街では大きな混乱もあったようだが、今は比較的落ち着いている。掲示板は連日にぎわっており、俺は宝迷宮で暮らしつつ、街の喧騒を感じている。
そう、まだ宝迷宮にいます。
薄暗がりの、採掘されたような人工の洞窟。少し肌寒い風が時折、音を立てて吹き抜けていく。幾重にも道が広がる中、ぽっかりと四角く区切られたその空間。
魔物の出ない安寧の間が俺の住みかだ。
転移前、俺は平凡にしてほしいとノアに頼んだ。よくある目立たない普通の容姿に、出来る限りの中流の生活。それでいい、それがいいって。
しかしどうやら掲示板を作ったことで、希望に沿うには俺の魔力が足りなくなったらしい。
つまり魔力が平均を著しく下回った。
そこでノアは、俺の魔力を満たしてやろうと、成人前の肉体にして、宝迷宮の底に俺を落とした。魔素の多い場所で暮らせば、魔力も満ちるから、といって。
いやね、神さまってほんと人の話聞いていないんだなって。
俺は平凡がいいんだから、なにもこんな深いとこに落とさなくてもよかったんだよ!?
おかげで俺は三年経った今も街へ行けていない。部屋の周りは魔物が跋扈する世界。
もうね、どうしろと。
幸いにして、ノアは暮らせるだけの備えはたしかに用意してくれた。
魔導具、小鍋にナイフ、食器、毛布、手拭い、いくつかの便利な魔道具、俺には少し大きな衣服と着替え、靴、それから救急箱など。
「不便な生活をさせますから、特別ですよ」といって、本来なら金貨1枚くれるところを現物支給でいろいろ与えてくれた。魔導具は金貨では買えないが、武器代わりのボーナスらしい。
魔導具とは主に冒険者や兵士などが使う、攻撃・探索に特化した道具のことで、魔力を使用して動く。一般的に広まっている、例えば炊事で使うものなんかは魔道具と呼ばれ区別されている、らしい。単純にマギ、コモと呼ばれることも多いそうな。
俺がノアから受け取った魔導具は『盾』と『槍』だ。共に指輪で、戦闘に用いる。
『盾』は文字通り、魔力の盾を作る。盾の大きさによってはちょっと消費が重くなるが、確実にどんな攻撃でも防ぐ不可視の盾を作ってくれる。大きさは五十センチ四方ほどで、三秒持続する。
『槍』も文字通り、魔力の槍が出る。指差した方向に2mほどの不可視の槍が突き出る仕様で、今のところ貫けなかったものはない。強くて頼りになるアイテムだ。
このふたつさえあれば、俺にもちょっとだけ戦闘が出来るってわけ。
それから充水筒といういつでも飲料水が満ちてくる水筒型の魔道具と、ドディの粉。
ドディの粉は火を起こす魔術に必要な魔術触媒だ。
薪にひとつまみのドディの粉を振りかけて、手をかざす。
「目覚めよ」
ボッとドディの粉が燃え上がり、薪に火がつく。
拠点に作り上げた竈に火を入れるのが、俺の朝の始まりだ。薪はたまにトレントのような動く樹が出るから、定期的に手に入る。魔術について掲示板に書き込んでくれた人には、日々感謝の念がたえない。
俺のいる部屋はこじんまりとしたワンルームといった風情で、この三年間にいろいろ溜め込んだ品が雑然と転がっている。いれようと思えば魔法鞄に詰め込めるのだが、乾燥中の薬草や魔術触媒の材料だったり、毛布だったりと緊急性のないものは出しっぱなしになっている。
そう、魔法鞄。
ファンタジーではお馴染みの、鞄の大きさ以上に物が入るというアレだ。
俺はそれをふたつ、手に入れている。
ひとつはベルトポーチで、中身はボストンバッグくらい入るもの。
もうひとつはペンダント型で、1立方メートルほどの空間にものが入れられる。
両方ともウィンドウが出るとかじゃなくて、手を中に突っ込んで取るアナログ方式。しかし重さがなくなるし、かさばらないのでとても重宝している。
掲示板によると、転移者の中には空間収納の能力を希望したものも多かったらしい。でもその能力は存在しないから駄目っていうのがノアの回答だったそうな。自力で魔法鞄を手に入れてね、て言われたんだって。
転移者の中では、魔法鞄は欲しいものランキングの上位にいつでも輝いている。かなりのお値段がするらしい。
もちろん転移者だけでなく、この世界の冒険者や商人たちが喉から手が出るほど欲しい道具で、大人気の宝物のひとつだ。
宝物とは宝迷宮でのみ入手可能なアイテムで、安寧の間や守護者の間において希に宝箱の形で現れる。箱は解錠が必要で、武器や食糧、便利なアイテムなどさまざまなものが入っている。
俺の魔法鞄はふたつとも、宝物として自力で手に入れたものだ。
運が良かった……というか、三年も彷徨ってればまあそれなりに宝物には出会うものだ。
俺も毎日この部屋に引きこもって掲示板の警備員をやっているわけではなく、外をうろつく日もそれなりにある。
出ないと体が鈍ってしまうし、食糧だって失くなる一方だ。狩りに出なければならない。
だてに三年間ここで暮らしていない。勘と逃げ足だけは、鍛えられてきた。油断さえしなければ、大きな危険はない、はずだ。
しかし例外もある。
竈にかけた小鍋を見守っていた俺の足元から、静かな振動が伝わってくる。カタカタと周辺においた瓶が揺れる。
(……地震)
宝迷宮にはときどき迷宮変動があって、フロアがぐちゃぐちゃにかき混ぜられることがある。迷路の入れ替えみたいなもんだ。上から下から、迷宮の中が入れ替わる。そういう日は、地震があるのですぐわかる。
今日この部屋から出ると、帰れなくなることがあるかもしれない。
それなら今日は、昨日採ってきた薬苔の処理を優先して、冷凍しておいた肉で干し肉作りもしよう。
今日の予定を組み立てつつ、小鍋に干し肉と干しキノコを削ぎ切りにして落としていく。
外へ出られずとも、掲示板があるからそこまで寂しくはない。暇潰しが出来るというのはありがたいことだ。
食べ物にも困っていない。宝迷宮には携帯食糧が出る宝箱があり、たまにありつける。俺の主食は主にこれだ。他に水のはいったボトルが出ることもあり、この空き瓶はいろいろなものを仕舞うのに重宝している。
それに掲示板のおかげで宝迷宮の中でも食べられる草や肉がわかったし、サバイバル知識もついた。有志のおかげだ。ありがたい。
煮立ってきた小鍋に、雑穀を固めた携帯食糧を割って投入する。くるくると混ぜて、最後に乾燥ハーブを振ったら朝ごはんの完成だ。いただきます。
唯一、風呂に入れないのだけは参っていたのだが、これも最近解決した。
風呂問題を抱える転移者は俺以外にも多くて、大衆浴場を作りたいとか、こうするとスッキリするとかそういう知恵を出し合うスレがある。そこに、満を持して『浄化』なる魔術があることが書き込まれたのだ。
主に神官の使う魔術で、文字通り場を清めることに使われるらしいのだが、これで体がスッキリすると話題になった。
魔術なら街にいない俺でもできる!
そんなわけで俺は『浄化』の魔術を手に入れて、それなりに快適に暮らしている。
いやまったく、掲示板さまさまである。
俺は転移者の皆に支えられているので、陰ながら皆の幸福をいつも願っている。
転移者みんな、しあわせであれ。
ほんとだよ。たまに悪態ついちゃうだけなんだよ。
※ ※ ※
【魔術覚え書き】
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『治癒』
魔術師となるにあたって、まずはじめに覚えるべき魔術。
光と樹の魔術触媒を使用し、傷を癒す。癒せる範囲は魔力と使用する魔術触媒の量に比例する。切断を伴う重傷は『治癒』では癒せない。
146 1
『氷結』
水または氷の魔術触媒を使用する。
対象を凍りつかせ、周囲を冷気で包み込む魔術。下がる温度は魔力による。
汎用性が高く、覚えると戦闘にも日常にもよく使える。
155 1
『浄化』
主に神官が扱う秘術とされるが、実態はただの魔術である。
火、水、土、樹の四種混合魔術触媒を使用する。
死したものを浄化し、不浄を濯ぐ。
156 名無しの転移者さん
ねえ「目覚めよ」ってやっても魔術使えないんだけど
157 1
神聖語の発音を覚えて出直してどうぞ。
無理ならおとなしく発動体買え。
去れ。
158 名無しの転移者さん
ちぇーーッ




