29.沼地の階層、報告
沼地階層、当たり前だが準備もなく挑んでいい階層ではないらしい。
こんな浅い層で出てくるとは誰も思っていなかったし、この階層だと下手すると初心者も挑んでしまう。
そういうわけで注意喚起が必要になり、一旦「21層から30層は沼地!」の伝達が必要になった、のだとか。
宝迷宮の入場記録を確認したところ、挑んでしまっている冒険者は一定数いるそうで。もしそれが鉄級以下の初心者だったとしたら、生存は絶望的、とのこと。
「まあ、大変動後の選択でいきがって高い階層を選んだんだ。仕方ない話ではあるがな」
「まさかここまで浅い層に沼地が出るとはねえ……思いませんよねえ」
ニナに呼ばれてやってきたギルマスに見守られながら、魔法鞄の中身を出している。
「いろいろな種類をありがとうございますぅ!」
「何がいいかわからなかったから全種類持ってきた」
「凍らせてあるのも最高ですっ!」
「やべえ毒魚がいたのは見なかったことにしたーい!」
「毒袋ありがたーい!」
「鱗とヒレと、食べられるのがあれば切り身欲しい」
「はいはーい、食べられるやつありますよ~大丈夫!」
解体所は見守られていてもにぎやかだ。
「いやあっ、ケルピー! ……の、頭だけっ!」
「立派なたてがみ! すごい、全身欲しかったっ!」
「わあ~、下半身ながーい!」
「鱗とヒレと肉が欲しい」
「はいはーい、て肉?」
「馬肉食べたい」
「なるほど珍味ですね!」
屋台で焼いてもらいたいのだと言うと、二食分(エリークの分も)包んでくれるそうだ。
「うわあ、キルバード!」
「綺麗な全身だあー! 翼がうつくしい!」
「これ、これは全身もらってもいいですか!?」
「……ん」
わくわくの解体職員全員の目が向けられる。羽根と肉が欲しいとは言えなくなった。
エリークに笑われた。
「取るって言ってもよかったんだよ」
「んー……、魔術触媒は買えるから」
「お人好しだね」
狂喜乱舞しているところで、魔法鞄から蓮の花を出す。
「蓮だあ!」
「ひっさしぶりに見ましたねえ! これは薬師たちも燃えますよぉー!」
蓮も嵩張るので、3本しか持ってきていない。最後がトレントで灰になると分かっていれば、もう少し持ってこられたのだが。そこは言ってもしかたないことだ。
「薬苔も採ってきた」
「おっ。おお、これは静謐の花!」
「解毒に使える苔ですねー!」
俺にとって薬苔は全部、苔なので何がなにかわからない。靴を濡らして採ったので、役立ててほしい。
「守護者はなんだったんだ? ケルピーか?」
「あ」
黙って見守っていたギルマスに話しかけられて、思い出す。もう魔術触媒になってたから出さなくていいと思ってしまった。
「これ」
魔核をギルマスに差し出すと、そのままセスにパスされる。
「ええっとぉ…? ちょっと見覚えがないやつですね」
「うっそ、見せて見せて」
ニナに回り、解体職員の間を魔核がリレーされていく。
「で、なんだったんだ?」
「〈トレント〉」
「なんだって?」
「ん、〈トレント〉」
「あん?」
「トレントだそうだよ」
あ、神聖語になってたのか。
俺のカタカナ語はたまに神聖語になってしまうらしい。エリークが間に入ってくれて、ようやく伝わる。
「南方にいる樹の魔物か」
あれ。もしかしてトレントって、ロータス周辺では分布してないのか?
いや、でも俺が住んでた71から80階層には結構いたんだけども。
ある日突然洞窟に樹が生えるという擬態もくそもないトレントだったので、火牙さえあればいい的だった。俺が『浄化』に必要な樹灰に困らなかったのは、あのバレバレトレントのお陰だ。
「アスルはその魔物を知っていたのか?」
「住んでた階層にいた」
皆の視線がエリークに向くが、彼は首を振る。
「俺は見てない。洞窟だったし、樹自体見てないよ」
「たまにしか生えなかったから」
燃え跡にキノコが生えるし、魔術触媒は手に入るし、たまにあえるボーナス魔物だったのだ。
「浅層に沼地で、守護者は初見殺しですかぁ……」
「今回の大変動はなかなか波乱ですねえ」
「でもでも、一週間で判明したのは快挙ですよ!」
ニナたちからは褒められたが、ギルマスは難しい顔だ。あとで個室に来るように言われてしまった。
「悪い話じゃないから大丈夫」
「ん」
エリークが頭を撫でてくれる。
「君が無事でよかったよ」
「ん」
改めて言われると、ちょっと照れくさいな。
そういえばこれも持ち帰っていたんだった、とトレントの枝を解体所に渡すとすごい喜ばれた。未知の新素材!ということらしい。
こんなに喜ばれるなら、採ってきておいてよかったな。
鑑定所、の前に応接室。エリークも一緒に来てくれた。ありがたい。
沼地の攻略と、守護者の倒し方について聞かれた。
「冒険者の飯の種を聞くんだ、もちろんそれなりの報酬は出す。秘匿しても構わないが、その情報にいつまで価値があるかはわからない」
「ん、話す」
「いいのか? 狩場を独占できるかもしれないぞ」
「んー、いい狩場じゃない」
「たしかに、沼地はいいところではないよね」
エリークも笑って同意してくれる。
俺の西方語がショボいせいで話にはやたらと時間がかかった。魔術師としてエリークが補足してくれて助かる。ギルマスと二人だけだったら、もっと時間がかかっていただろう。
「元より沼地の攻略には魔術師が必須だったが、それは変わりなしか。沼地の深さとかは確かめていないんだな?」
「ない。ケルピー泳いでたから、深そう」
「それで10層までが角魔物なのかもしれないね」
角は風角になる。それにウルフ類の牙は火牙になる。ワーウルフからも、とろうと思えば牙は取れる。取りたくないけど。
これで20層までに『浮遊』の魔術触媒がそろうというわけだ。
宝迷宮は、どういうわけか攻略不能には出来ていないらしい。必ず攻略出来るように作られている。そのため、神の試練とも呼ばれる。
宝迷宮の攻略には前の階層で手に入るアイテムが必須だったり、そこまでの道のりにヒントがあったりする。
初見殺しが存在しないとは言わないが、順番にクリアしていけば、そして人員を揃えれば、クリア可能に作られている――と思われるのが宝迷宮だという。もちろん、事故はどこにでもある。
「質の悪い発動体がやたらとよく出るのも気味が悪い。魔術師を増やせと宝迷宮が言ってやがるみたいだぜ」
たしかに発動体がよく出るとは感じていた。そんな思惑が宝迷宮にあるもんなんだろうか? なんでまた。
ノアしかり、神の考えることなんていつだってわからない。
「専門じゃなくても魔術師は増えるべきだって前から俺は言ってたろ」
「冒険者で魔術触媒の管理なぞ出来るもんは少ない」
「だから専門じゃなくてもいいんだ。『治癒』ひとつ覚えているだけで生存率は大幅に上がる」
それはそう。
俺が今も生きているのは、間違いなく『治癒』のおかげだ。ワイバーンにやられても、生き延びた。
「発動体を使う魔術の簡易講座でもしたらどう?」
「魔術師の価値観で話をするな。魔術触媒代で尻込みして誰も受けねえよ」
金貨1枚がどのくらいの価値か未だによくわかってないけど、魔術10回分で金貨1枚が高いことだけはわかる。素材を持っていっても、手間賃で銀貨取られるわけだし。
魔術は金持ちの道楽、と転移者の間で言われているのも、わからなくはない。使えるとめちゃくちゃ便利で手離せないし、見合うだけの結果は手に入るものなのだが。
「しかし角はいい素材なんだよ。ジャカロプの角は風の属性値が高い」
「〈ボーナスステージ〉!」
「なんだって?」
「素材がたくさん取れる層って話、かな?」
「ん」
またやってしまった。気をつけよう。




