21.1層から10層
7層まで来るとようやく魔物が出た。
ジャカロプ、角のあるウサギだ。二本の鹿のような角を携えて突進してくる。『盾』で受け止めると衝撃で失神するので、その隙に止めを差す。行動パターンが単純で、対処しやすい魔物だった。
なお『槍』で迎えても勝手に突き刺さって死んでしまう悲しい魔物でもあった。位置取りは多少必要だけどな。
こいつは角が風、爪が地の魔術触媒になるはずだ。角は根本から抉って取っておき、残りはそのまま魔法鞄に放り込んで、先へ進む。
ジャカロプ以外にはやはり突進してくる鹿、カウディアがいたが、これも対処方法は同じ。ウサギより早くて勢いがいいのと、曲がり角で突っ込んで来るので危ないくらいだろうか。待ち伏せされると、導きの糸が揺らぐのでわかりやすい。
カウディアの角も魔術触媒だ。こいつの角はでかいので嵩張る。切り落とそうとしたが、ダガーでは歯が立たない。ノコギリでも持ってくればよかったか。やむを得ず『切断』の魔術。
お肉が美味いらしいので欲しいが、さすがに全部は持ち帰れない。守護者に挑む予定だし、この分だと守護者は草食獣な気がする。お肉ならそっちの方がいいか。
悩んだ挙げ句、角以外は取るべきところがない頭、内臓を置いていくことにした。四肢は蹄が地の魔術触媒になるので必要だ。やはりぶつ切りにすることになるんだよ、エリークは間違っていない。
ダガーの切れ味はいいけど、血抜きもするし、どうしても血がつく。解体をきれいにやるにはどうしたらいいんだ。『浄化』はもったいないみたいだし。
今のところ血の臭いに誘われそうな敵はいないので、そこまで気にしなくてもよさそうだけど、ちょっと調べておかないとな。
何匹か処理しているうちに、自作の風角が失くなった。ここからの魔術は金で出来ている。気をひきしめねば。
まあ、稼げばよかろうなのだ。
魔法鞄、足りない問題!
ひとつは日用品、ひとつは大箱産携帯食糧。残りふたつを獲物用に空けてきたけど、すでにいっぱいだ。取捨選択、あるいは狩らない選択も必要かもしれない。しかし向こうから襲ってくる分はどうしたらいいんだ。もったいない!
苦悩しつつもあれやこれやとパズルのように詰めていく。獲物の拾得部位については事前に調べてきたけど、その通りに持ち帰るのは容易ではない。
たとえばジャカロプのいちばん高い部位は毛皮だが、毛皮をここで剥いでいくのは現実的ではない。俺の解体技術ではきれいに剥げないし。だから肉ごと持って帰ることになるが、内臓を捨てても限界がある。
俺の魔法鞄には時間停止なんてついてないから、『氷結』で全てを凍らせてしまおう。水の魔術触媒は今度、多めに買っておかないとな。
倉庫型の魔法鞄が欲しくなるわけだ。
これ普通の冒険者はどうしてるの?
思わずここまでに手に入れた二個の宝物を開封してしまった。気分はガチャである。魔法鞄来い!!
……来ない!
はい残念無念。
指輪ばかりだったのでたぶん全部魔導具だろう。袋に詰めて魔法鞄に放り込む。小箱が空いた分、ちょっと隙間が出来た。
10層の安寧の間は中型箱が出た。通称、武器箱とか呼ばれるらしい。サイズは50cm四方。開けるか、そのまま持ち帰るか。
いや、開けないと無理だわ。てことで開封。
手袋が入っていた。これなら日用品の方に入れておける。よかった。入れたところを忘れないようにしよ。
10層守護者の間。
バイコーンだった。闇属性持ちの、二本角の馬。突進してくる。
「光あれ」
属性持ちの魔物は、物理は強いが対抗属性に弱い。これ重要。
開幕、『灯明』の魔術を高出力でぶっぱなし、目潰ししたあと『槍』で止めを差した。
んんん、でかい……!
草食シリーズじゃなくて角シリーズだったな。
とりあえず角を取って仕舞い、残りをどうするか考える。
あっ、守護者の間の宝物が出た。ひとつ。
早速パカッとすると、なんとベルトポーチが出た。神よ……!
土壇場で魔法鞄が手に入った幸運に感謝しつつ、バイコーンを解体する。新しい魔法鞄は俺の手持ちより心持ち大きかったが、いうて箱型だ、どうやってもそのままでは入らない。
角と、蹄と、毛皮。首は落とすしかなさそう。ダガーでは無理がある。風角がもうないので、やむを得ず『光線』で解体。切り口が焦げた! 仕方なし。
どうにか全部詰め終えたら、転移陣に乗って帰還。
日が落ちかけていたので、あわてて帰った。後ろでざわついていたのは何だったんだろう?
急いでなかったら聞いていきたかったんだけど、この世界は元の世界と違って、夜道が安全ではない。掲示板でも、エリークからも言い聞かせられていた俺はいい子の帰宅を急いだのだった。
花の春風亭に戻ってきた。
暇そうにしていたふくよかな女将さんが、カウンターで目を丸くして出迎えてくれる。
「おや、早かったね! 今日は戻らないと思ってたよ。宝迷宮へ入ったんじゃなかったのかい?」
「入った。帰ってきた」
「うんうん、浅い層で地図だけ取って帰ってくるのも大事だよ。夕食はどうする?」
「食べる!」
「はいはい、座って待っていておくれね」
食堂は閑散としていて、あまり人の姿はなかった。適当なテーブル席について待つ。
「みぃんな宝迷宮に潜ってしまったからねえ。賄いみたいな食事しか出せないけど、それでも大丈夫かい?」
「ん」
人が少ないのは、皆泊まりがけで宝迷宮へ行っているからか。冒険者の多い宿では、こういうことも珍しくないのだという。
女将さんは賄いみたいなものだといったけど、夕食は煮込みハンバーグと黒パンだった。ブラウンシチューの残りを煮詰めたものに、肉の残りを合わせたものだというけど、美味しかった。人につくってもらうご飯は最高である。
「てっきりエリークと一緒に潜るんだと思ったけど違ったんだね」
女将さんが温かいお茶も煎れてくれる。
「エリーク、上の階層行った」
「そうかい。あれでわりと命知らずなところもあるもんだ。まあ、魔術師だから心配はいらないよ」
「ん」
エリークは強いし、俺より魔術に詳しいだろうから、それほど心配はしていない。ワイバーンも倒せちゃったしな。迷宮変動も収まったというし、何も問題はないだろう。
「アスルは地図屋なのかい?」
「俺、魔術師」
「おや。珍しいね!」
女将さんは目を丸くして俺を見る。
「エリークの弟子ってところか。いいことだ」
「いいこと?」
「ああ、エリークにとっても、街にとってもね」
ロータスの街は、迷宮都市でありながら魔術師の数が少ないのだそうだ。
本来なら迷宮都市は常に迷宮氾濫の不安を抱えている。攻撃力が高くリカバリー能力も高い魔術師は、迷宮都市では常に求められる人材だ。
「ロータスは、魔術師にとって暮らしにくい街だったから」
他の迷宮都市ではあるという、魔術師に対する優遇措置がほぼなかったのがロータスなんだそうだ。
なんでも最近まで、迷宮氾濫を彷彿とさせる魔術師は縁起が悪いというので逆に嫌われる傾向にすらあったというのだから驚きだ。
迷宮氾濫のない迷宮都市、という自負がそうさせたのだろうか。
魔術触媒の専門店が出来たのも、結構最近になってからなんだって。
「五年くらい前だったかね。次代様のご意向だったというよ」
ロータスの領主、サフィルス迷宮公の次代が、魔術師の優遇措置を復活させようとしたのだそうな。
「優秀」
災害への備えがなされるのはいいことだ。俺がいうと、女将さんはおかしそうに笑った。
「そうだね、たしかに優秀だ。おかげでエリークのような魔術師も来てくれるようになったわけだし」
「エリーク、この宿長い?」
「もう随分になるよ。まだ杖を手に入れる前からの付き合いさ」
「聞きたい」
「おやおや。あんまり昔の話をすると、エリークに怒られてしまうね」
女将さんは俺の頭を撫でて、やんわりと要望を却下した。教えてはくれないらしい。残念。
その後は、湯をもらって部屋で体を拭った。少しはすっきりしたけど、やっぱり風呂に入りたい。石鹸を使いたい。
エリークが帰ってきたら、高級宿『蓮の夢』に連れていってもらおう。エリークの分は俺がおごる。宝物が少し出たので、そのくらいのお金は出しても大丈夫なはずだ。
たくさん歩いたので疲れていたが、掲示板を眺めていたらなかなか寝られなくて朝方に寝付いた。
言っていた通り、エリークは帰ってこなかった。




