19.買い物
そんなわけで翌日から迷宮は一週間閉鎖されることになった。
ロータスの宝迷宮『睡蓮の宝玉』では、迷宮氾濫が起きない代わりに迷宮変動がよく起きる。大変動も例外ではなくて、数年単位でよくあることらしい。この街に住む冒険者は慣れている。前回から六年ぶりの大変動だそうだ。
他所から来た冒険者やらにはかなり不評だったみたいだけど、これも安全のためだから仕方ない。迷宮都市は物価が高いので、時期を誤っちゃった冒険者たちはご愁傷さまだ。
俺はといえばこの一週間、エリークのお世話になりっぱなしだった。
まず服を買いに連れていってもらい、街で着る普段着を三着と寝間着を買った。下着も上下五着。街の服屋は古着屋で、俺のサイズはギリギリ子ども服になるようだった。悔しい……! 今に成長がやってくるんだからな!
それから靴。これはノアからもらった靴が微妙にあってなかったし、かなりすり減っていたので新しい靴を買った。成長を見込んで大きめにするか悩んで、結局はジャストサイズを選んだ。成長したら買えばいい、ちょうどいい靴が履きたい!
その後、冒険者が使う装備の店へ連れていってもらい、宝迷宮用の服とか装備を整えた。
服は魔術触媒を仕込むために袖に隠しポケットがあるのがよかったんだけど、なかったのでオーダーメイドになった。といっても普通の装備に隠しをつけるだけなので、セミオーダーといったところ。
素材はいろいろあるみたいだけど軽いのがよかったので、革ではなく布にした。綿麻のような素材で、宝迷宮に生息するスパイダーの素材から出来ているらしい。丈夫で長持ちらしいので決めた。
俺は魔術師で、接近戦には魔導具を使うけど、やはり武器は持っていた方がいいらしい。解体用と兼用で一本、ダガーを買った。太股に鞘をつけてもらうと、一端の冒険者になった気分だ。
鎧については重くて動きにくくなるので無し。代わりにフード付きのケープを新しく買った。色は群青。スパイダーの糸に強化素材が織り込まれていて、防刃耐衝撃機能があるらしい。なかなかに高く、購入すると言ったら店員にも驚かれたが、命は大事である。エリークには苦笑されたが、「いい買い物」と褒めてもらえた。
冒険用の靴は、魔術師用の靴があるらしいんだけど、さすがに予算オーバーなので見送り。今は新しいブーツで十分だ。
借りてたフード付きケープをエリークに返却した。もちろん『浄化』して返したんだけど、エリークには頭を抱えられた。『浄化』をきれいにする用途に使うのはあまりよくないんだって。スッキリするのにな。
あとは日用品の買い物にもいった。冒険者として持ってると便利なもの、はノアからもらった中にあって揃っていたのだけど、お椀と匙はよく見ると欠けてたりヒビが入ってたりしたので新しくした。エリークを拾ったとき困ったので、念のため二組購入。
それから自分用の櫛と、石鹸。髪用の石鹸と濯ぎ液、保湿用のクリーム。ロータスの街はこれから冬になるっていうし、乾燥するからこれもどうだと勧められたのだ。転移者が作り出した魔物のミツロウと植物油で作られたクリームだって。
店主には「いいフード被ってるし、貴族のお忍びかと思った」と笑われた。買うものが貴族みたいってことらしい。
平凡な生活をしたいと思っているけど、譲れないラインってあるよな。風呂とか。
あとは塩や調味料。それから普通の、街で作られている携帯食料。大麦と燕麦を糖蜜で固めたもので、甘くて堅い。シリアルバーみたいな感じ。砂糖を使っているので結構高い。でも栄養価は高くて、一日一個食べれば十分なんだって。
見せてもらったけど、宝迷宮産のフリーズドライ燕麦とは全然違った。これはお粥には向かなさそうだ、と思いきやお湯に溶かして食べるのも一般的らしい。乳粥みたいな味になるそうだ。甘いお粥ってことか。
携帯食料はペンダントの魔法鞄にまだまだいっぱい入っているし、街の携帯食料は少しでいいかな?
冒険者は備えとして三日から一週間分ほど買うらしい。一週間分買った。
いろいろ買い揃えたので、新しく買った魔法鞄ひとつが満杯になってしまった。
エリークは適正価格かどうかは教えてくれたが、基本的に俺の買い物に口出すことなく見守ってくれてありがたかった。
「暇じゃなかった?」
「俺も買い物したし、アスルの買い方が豪快で見ていて飽きなかった」
だってほとんど物を持ってなかったんだもん。そりゃいろいろ物入りだよ。
二日は買い物と街巡りに費やして、あとは宿で魔術の理論や、発動体の使い方を教わって過ごした。
魔術に関しては本で学ぶことが多いようだが、残念ながらロータスの街には図書館はない。迷宮都市にはそういう文化を保存する設備はないようだ。
「迷宮都市は宝迷宮を抱える代償に、迷宮氾濫を抑える働きを持っている」
「いざというときは街ごと魔物を封鎖する?」
「そう」
防波堤の役割をして、捨てるための都市。それが迷宮都市の側面というわけだ。
「もちろん、街まで溢れないようにする仕組みはたくさんあるんだよ。俺たちも、迷宮氾濫のときには戦う義務を負う」
「宝迷宮を利用する冒険者の義務?」
「そういうこと」
「ん」
魔術の基礎を教わりついでに基本的なことを教わったりして、ためになった。ありがたい。
そうして教わりつつだらだら過ごして、閉鎖から一週間後。満を持して宝迷宮『睡蓮の宝玉』が再開された。
なんでも閉鎖中に内部で大きな地震が起きたらしく、かなり大規模な変動が起きただろうとのこと。こうして一度大規模な変動が起きると、迷宮変動は収まるんだそうだ。
早速冒険者の装備に身を包んで、やる気は十分。
「今日は浅層、混雑するから止めておいたら?」
「お金いっぱい使っちゃったし」
懐が心許ないのだ。生活のためには冒険者しないといけない。冬の準備もしないといけないと、街中ではずいぶん聞かされたし。とにかく金を稼がねばならない。
ちなみに宝迷宮ではなく、都市の外へ出て魔物を狩るとか、別の都市へ行く商人の護衛をするとか、そういう依頼ももちろんある。
あるのだが、俺の場合、商人の護衛依頼は実績が少なくて受けられない。信用のなさってやつね。まあまだ都市を出るつもりはないので、受ける気もないんだけど。
それに街の外へ出る依頼は、移動手段が必須なんだよ。馬とかさ。
魔導具には騎獣という騎乗用の馬のようなものがあるんだけど、これは嵩張るので、だいたいは貴族の所有物。冒険者で持ってる人は珍しい。
エリークに聞いたら持ってるけどあんまり使わないんだって。高級車を車庫に入れっぱなしみたいなことになってる。金持ちめ。
そんなわけで、俺がこなす依頼といったら宝迷宮一択なのである。
倒した魔物の持ち込みは常設依頼だし、宝物もいつでも受け入れると言っていた。浅い層でどれだけ戦えるかはわからないけど、だてに三年も宝迷宮で暮らしていない。歩き方は任せてほしい。
そう言うと、エリークは「君が宝迷宮に潜る分には、まったく心配していない」という。
「浅層で君の敵になるものはいないだろう。むしろ街をうろつく方が心配だ」
「なぜ」
「君は目立つから」
エリークには言われたくないな!
というかやはり俺、目立つんだ……。
「心配だから、これを渡しておくよ」
渡されたのは、輪っかに通された光る石。これ知ってる、迷子石じゃん。
「迷子ならない」
「うん。迷子石は片方が宝迷宮に入ると、光が消えるんだ」
「そうなんだ?」
光が消えるときがあるとは知らなかった。
「片方が宝迷宮を出たかどうかがすぐわかる」
「ん」
手首につけるには大きかったので、足首につけることにした。迷子石は石が見えなくても、効果を発揮する。
こうして心配する割に、俺の行動を制限しようとはしないところが、心配性なのか、そうでもないのかよくわからない。まあ俺としてはありがたいのだが。




