14.模擬戦
訓練所へ移動。
訓練所はギルドの中庭にあった。適度に枯草が刈られていて、開けた広場になっている。
武器の練習場でもあるのか、的なども置かれている。
「来たか、アスル。いまからこいつ、ヤーノと模擬戦をしてもらう」
いきなり!?
ヤーノ、と指されたのは二十歳くらいの若い冒険者の男だ。背が高い……いや俺から見ると全員背が高いんだが。くそっ。
「ギルマス、こんなちびっ子と俺、模擬戦なんすか? 成人してます?」
ヤーノが俺を見下ろして気の毒そうに言う。ちびっ子、ちびっ子なのか俺!?
「してるからここまで来てる」
「嘘だあ……。十二がいいとこでしょ」
た、たしかに十二歳からあんまり成長はしてないかもだけど!
思わずムッとしてしまうと、エリークに頭を撫でられた。子ども扱い!
「得物は?」
「マギ、と魔術」
「えっ、初心者だろ!?」
俺が答えると、ヤーノが驚いたように声を上げる。
そういえば、魔導具は冒険者の憧れなんだっけ。
「宝迷宮で得た」
「うらやましーこと」
おう。
たしかに俺は魔導具を最初からもらえてる分、下駄を履かされているんだよな。
ノアに文句ばかり言ってたけど、感謝しなければならない。……いや、その分ひどい目にもあってるんだけども……。
でもそれなら、この模擬戦は魔導具無しで戦った方が俺の実力ってことになるのか。
人間相手に『槍』を使うのは怖い。貫いてしまうのはどう考えてもダメだろ。
今持っている魔術触媒はどれだっけ。
先日トレントに遭ったところだったから、樹灰はたくさんある。スケルトンを倒せたときの光膚が残ってるだろ。あとはエリークからもらったぶつ切りの魔術触媒、あれがちょっとある。蹄だったから地属性。
あとは『浄化』のために確保していた分が多少あるくらいで、戦闘に使うには心許ない。
これで出来る魔術って何があったっけ。
樹属性か、光属性か、地属性。『治癒』は使えるけど、そうじゃなくて攻撃の魔術。この場で使えそうなのは……、地面を砂に変えて滑らせる、『砂囚』の魔術があったはずだ。土蹄を使う。
しっかり決めるのであれば、呪文を「目覚めよ」ではなく、ちゃんと対応したのを使った方がいいはず。
あれこれと考えていると、模擬戦のルールが説明される。
「武器を落とす、戦闘続行不可能、降参、気絶で試合終了だ。怪我は『治癒』出来る範囲に止めること」
「へーい」
「ん」
ヤーノはやる気がなさそうだ。まあ彼いわくちびっ子の相手ということで、手加減に迷う相手なんだろう。
悔しい!
とはいえ俺も、現役冒険者に敵うとは思えない。男の得物は木剣で、当たったら痛そう。やだ。つまり初手魔術で決めるのみだ。
「はじめ!」
ギルマスの声が上がり、男がすごい加速で俺に詰めてきた。向こうも一撃で決める気だ!
肩狙いの攻撃をかろうじて『盾』で受け止めて、足を踏み込む。魔術触媒に魔力をこめ、熱くなると同時に地面へ向けて投げる。
「げっ」
「土よ、砂となり、捕らえよ」
『砂囚』は砂を使った行動阻害の魔術だ。大怪我にはならない、と踏んで使ったのだが。
「待った待ったなにこれ、ちょ、うわ!?」
足元が砂に変わったのは間違いないが、ヤーノがみるみる吸い込まれていくのには焦った。あっという間に下半身が埋まり、ヤーノがあわててもがくも、ゆっくりと落ちていく。やばーい!
あわててヤーノの手を掴むも、勢いが止まらない。
えっ、うわ、どうしよう。
「降参! 降参する!」
「アスル、解除を」
「解除……っ、解除!?」
どうやるのそれ!?
「まさか知らないのか!?」
「知らない、解除、ええと、解き放て!」
新たな呪文で、ザアーッと砂が音を立てて吹き上がった。ヤーノごと地面の上にあふれた後、砂が消える。こっちまで砂をかぶってしまった。目が痛い。
いや、それどころじゃない。
「だ、大丈夫!?」
「死ぬかと思った……」
ヤーノは砂まみれのまま膝をつき、がっくりと項垂れた。
俺は彼の被った砂を払っていく。すごい量だ。
エリークからもらった魔術触媒、たぶん普段使うものより上等だった。こめる魔力もたぶん多すぎた。くわえて、呪文もよくなかったのかもしれない。魔術って、難しい。反省だ。
使わないようにと思った魔導具もあっという間に使ったし、ダメな俺。
ヤーノは砂をはたく俺のフードを覗き込んで、顔をしかめた。
「なんだ色持ちかよー……。詐偽じゃんな」
「なに?」
首を傾げる俺に、ヤーノがギルマスへ向けて言う。
「色持ちの魔術師と知っていたら試合しなかったっす!」
「背の低さで侮るからだ。ちゃんと魔術を使うことは伝えただろう」
「冒険者の魔術師かぶれなんて、珍しくもなんともないでしょうが!」
そういうもんなのか。
フードを被っていたのは俺なので、なんだか悪いことをしてしまった。
「俺、」
「あー、気にしない気にしない。試合なんだから恨みっこ無しよ。まあ頑張れ、ほどほどにな~。ギルマス、依頼料忘れないでね!」
「わかったわかった」
ヤーノはパンパンと砂を払うと、自力で立ち上がって訓練所から去っていった。たくましい。
「アスル」
「エリーク」
近づいてきたエリークが、砂だらけの俺の体を払ってくれる。俺も自分で払うけど、どこまでも砂が出てくる。なんだこれは。『浄化』してしまいたい。しないけど!
「魔術の解除について、後で話をしよう」
お説教の気配!
でも危なかったのはたしかなので、しっかり叱られよう。あと魔術の基礎とか教われるなら教わりたい。俺のは掲示板で学んだ独学なのだ。
そんなわけで銅中級のヤーノに勝ったので、銅下級冒険者になった。ここからは地道に依頼をこなして上げていくことになる。
冒険者証はドッグタグのようになっていて、これが冒険者の身分証と財布を兼ねているそうだ。魔道具なんだって。なかなかハイテクノロジー。
そして冒険者登録を終えたので、フードを取っていてもいいと言われた。
冒険者登録は、いわば個人の証明だ。戸籍には劣るが、籍が用意されたことになる。それまで俺は無籍だったので、誘拐されるとそちらで籍を作られる恐れがあった。それで髪を隠されていたんだそうだ。
誘拐か。
転移者も何人か誘拐されたりして、掲示板でも助けを求められてたりするんだよな。いくつかは詐偽らしくて、ノアさんに削除食らったり出禁にされたりしているみたいだけど、消されない救難届は事実ってことだ。
地上はいいところだが、恐ろしいところでもある。肝に銘じておかねば。
※ ※ ※
【商人立身出世物語!】
048 成り上がる商人
待たせたな。まずは元手を手に入れたで!
手始めに売ったのは石鹸の作り方だ。
別に神殿とかが管理してるわけじゃなかったし、市場観察したところ粗悪なものしかなかったみたいだからな。損得権益に関わるような状況でもなくて、まさに手の打ちどころだった。
049 名無しの転移者さん
オッサンじゃん
久しぶり、生きてたのか
050 名無しの転移者さん
石鹸の作り方とか超定番じゃん……て思うのに肝心の作り方が全然思い出せなくてめちゃくちゃ悔しいんだが
052 名無しの転移者さん
あれだろ……ほら、あれだよ。
なんか油と何かをこう、化学反応させるんだよ……!
くそっ、俺がポンコツすぎる!
054 成り上がる商人
記憶の喪失ってそんな感じなんだな。
自我としては覚えてるけど、知識として穴があるみたいな?
055 名無しの転移者さん
ド忘れしてる感覚に近いからめちゃくちゃモヤモヤする
056 名無しの転移者さん
俺なんか名前しか覚えてなかったから清々しいもんよ
060 成り上がる商人
みんないろいろ大変なんやな。
実は石鹸についてはもう半年前のことなんで、ここに書いたことはもう結構広がってるし、これからも広がっていくと思う。よほど辺境の端にいるやつやったら大丈夫かもしれんけど、大物を巻き込んだんで、ソイツと正面から喧嘩するつもりじゃなかったら、手ェ出さんといてな。
魔物の獣脂が安く手に入るから、植物油がめっちゃ高い上に種類がなくて初っ端から頓挫するところだった。
まずは石鹸に合いそうな魔獣脂を探して、それと海草の灰で石鹸を作って、塩析したものから始めたんや。
結果からいうとこれは大成功!
元手が出来たので植物油探しに乗り出して、無事オリーブオイルっぽい油を発見、高級石鹸へ乗り出した。
エッセンシャルオイルも蒸留器が軌道に乗ってな、いろいろうまくいきそう。
そのうちいい感じのシャンプーとリンスも作るから待っとってな。
063 名無しの転移者さん
植物オイルに海藻の灰、精油……!
なんだこの正解を与えられると思い出すみたいな悔しすぎる状況は!!
065 名無しの転移者さん
臭くないどろどろじゃない石鹸が手に入るようになったのはオッサンのおかげだったのか。
サンキュー!
067 名無しの転移者さん
蒸留器ということはつまり……!
つまり?
068 名無しの転移者さん
やめろマジで俺のポンコツ具合を認識させるな
蒸留器といえば!!ってなるのに何も出てこない……
080 成り上がる商人
続きはまた、軌道に乗ってから来るで!!
楽しみにしといてな!




