12.スープの出汁にしてた
「ギリギリまで詰め込んできたんだから文句言わないで。……アスル」
「ん?」
「アスルも出してしまうといい」
「うん? 俺、マーモットしか持ってない」
非常食にと何匹か入れてあるけど、あれは魔術触媒も取れないお肉だよ。
マーモットは倒し方に気を付ければ、死後そのまま置いても腐らないので非常食に重宝したのだ。捌いたら腐り始めるから、冷凍したり、干し肉にもしていた。俺の貴重なたんぱく質供給元である。
「マーモットでいいよ」
「ん」
ふさふさした尻尾を掴んで魔法鞄から出すと、悲鳴が上がった。
「らっ、ラピスキウルス!?」
「でか、でかくないですか!?」
エリークが笑いながら渡すように言うので、そのまま差し出すと、やたら恭しい手付きで受け取られた。
そ、そんな珍しいやつなんです?
「あと三匹ある。……いる?」
「いります!!!」
食い気味に言われたので全部出した。俺のお肉だったが、なんか貴重らしいし。街に出てきたから、お肉はいろいろあるみたいだし。
「あっ、ああ、尻尾を持たないで……!」
「もっとやさしく扱って!」
いや、マーモットは頑丈なので尻尾持っても千切れたりしない。だってただのナイフじゃ歯が立たないんだぞ、こいつら。皮膚がかちんこちんになるから肉が長期保存出来るわけで。
俺はちょっと考えて、エリークを見上げた。
「キノコとか薬苔も出す?」
「俺は薬草には詳しくないんだが、ギルドより薬屋に卸した方が」
「ここで! ここでお願いします!!」
「そうですよ! 第一そういう話をここでしない!」
エリークは解体所の職員たちに怒られた。
怒られたけどたぶん、全部出さない方がいいんだろう。干してない生キノコと薬苔でいいかな? このままだと美味しくないし、薬草としても使いづらい。
「ぐあああ、なにこのでかい迷宮茸!!」
「こっちは生命の雫じゃないです!?」
大騒ぎになった。
エリークは俺を見下ろして言った。
「スープに入れてなかった?」
「入れてた」
「……なるほど」
なにがなるほどなんです!?
たぶんスープに入れたらダメなキノコだったということは俺にもわかるけど!
でも毒とかないし、何より干したやつは香りがよくていい出汁が出たんだよ。おいしかったの!
たぶん黙ってた方がいいんだろう。
そして干しキノコは出さんとこ。
エリークもワイバーンの逆鱗とかは出してないみたいだし、出したいものだけ出す方式なんだろう。たぶん。魔法鞄があれば隠し放題だしな。
調味料にしてた香草とかも怪しい気がしてきたが、まあ、あれは調味料だし。俺は何も知らない。
鑑定、ほしいよな……。
ないのは掲示板でも知ってるけど、あったらいいスキルナンバーワンの座にいつでも輝いているよ、鑑定。
阿鼻叫喚の解体所で番号札を受け取って、今度は受付へ。
にこやかなかわいい受付嬢から奥の部屋へ行くよう言われて、移動。
たぶん普通は受付でお話しして終了なんだろう。VIP待遇というやつ? それとも一ヵ月振りの帰還だからだろうか。
エリークが宝迷宮にいたうちの一週間は俺が干し肉作ったりしていた期間だったので、改めて考えるとちょっと申し訳ないな。
奥の部屋へ行くと、黒髪の大柄な男が待っていた。おやっさんといった感じ。あるあるでいうなら、冒険者ギルドのギルドマスターとかだろう。傍らに秘書らしき女性を伴っている。
「待たせてしまったかな」
「ああ、ずいぶんな。ひと月はすこし遅かったぞ」
エリークが朗らかに話しかけると、男が笑って返し、立ち上がった。
男はエリークの肩をどんと叩き、感慨深そうに言う。
「大きな怪我もないようで、安心したよ」
「ありがとう」
エリークは笑って言う。
応接のソファに掛けるよう勧められ、男は向かいに座った。エリークに促され、俺も端にちょこんと座る。おお、柔らかい。スプリングも転移者が頑張ったらしいと掲示板で見た。
「まずは無事の帰還、ご苦労だった」
「ありがとう。予想外の旅路になって、心配を掛けたようだね。また会えて嬉しいよ」
「まったくだ。心配したよ」
秘書さんがお茶を入れてくれる。いい香り。宿で飲んだのとは別のお茶っぽい。
「それで……、やはり『睡蓮の宝玉』は大変動間近か」
「ああ、間違いない」
推定ギルマスとエリークの話が始まる。
そもそもエリークが『睡蓮の宝玉』――俺が落とされた宝迷宮に入ったのは、一週間の調査依頼のためだった。中層冒険者に行方不明が多発している。中層に異変が起きたのではないか、それを確かめてほしいという依頼だったらしい。
宝迷宮の主な異変といえば、宝の守護者に希少個体が出ること、それから迷宮変動である。
ギルマス(推定)は、この希少個体が出たと予想していた。しかしエリークは守護者の間に辿り着く前に迷宮変動に巻き込まれて階層を深く落ちてしまった、そうな。
そして俺と出会い、一週間の予定がひと月で帰還。
横から話を聞きつつふむふむうなずいていると、秘書さんがお茶のおかわりをくれた。あ、これはどうも。ついでにお茶菓子にクッキーもくれる。ハアッ、クッキー! お菓子とか文明じゃん……!
蜂蜜は魔物から手に入ったけど、穀物が手に入らなかったからお菓子とか無理だったんだよ。
宝迷宮で出る大宝箱の携帯食糧は、すでに固めてあるフリーズドライの燕麦みたいなやつで、小麦粉って感じではなかったし。そもそもオーブンがないし。竈は作ったけど、煮炊き以外はやり方がわからなかった。
あ、クッキーおいしい、ナッツ入ってる。木の実とか久しぶり……、感動しちゃう。また泣きそう。でもさすがに今日はもう涙も落ち着いてきた。
ちまちまとクッキーをかじっていると、視線を感じる。
「宝迷宮から二人で出てきたと報告を受けているが」
「ああ、紹介しよう」
エリークはぽんと俺の頭に手を乗せて、フードを取った。
目の前の男が息を飲む。
やーだー。やっぱり珍しいんですか、この髪。
※ ※ ※
【みんなで作ろう魔物&植物図鑑! その2】
001 図鑑発起人
このスレはみんなで魔物図鑑を作ろうと試みるスレです。見かけた魔物、倒したことのある魔物についての情報を書き込んでいってもらえると助かります。
せっかくなので魔物以外に植物の情報も含めることにしました。
50レス毎にまとめを更新します。現在多忙につき遅れたらごめんなさい。
153 名無しの転移者さん
迷宮茸
マッシュルームに似た白いキノコ。主に暗く魔力の多い場所に生える。迷宮に生えやすいことから、迷宮茸と呼ばれる。魔力の回復効果があり、高値で取引される。
155 名無しの転移者さん
生命の雫
宝迷宮深層でしか育たない薬苔の一種。その名の通り、上級回復ポーションの材料になる。
宝迷宮深層に潜る人に薬草採取する人材がいなさすぎる、と嘆く薬師のおじちゃんから、すんんんごい長い愚痴と共に教わった。絵までもらった。俺まだそんな深層までいけないっつーの。
写真を撮って貼れないのが残念でならない。ノアさん掲示板のバージョンアップしてカメラ機能ちょうだい。
336 名無しの転移者さん
ラピスキウルス
リス型の魔物。防御が固く、物理では全然倒すことが出来ない。魔術なら対処可能らしいと聞いたが、確かめてないので不明。足は遅く、体は筋肉質。尻尾がでかい。
後に人に聞いたところ、腹に宝石を形成する変わった性質があり、生け捕りにしても高価買取だと聞いて悔しい思いをした。
どんくさいリスは捕まえろ!!




