其の九・婿と舅と
エイムは己の眉間に刻まれた皺を押さえつつ、アルーシァの説明を聞いていた。
「……成程」
「それで、ラダさんついて来ちゃって。わたし、もうどうしたらいいのか分からなくて……」
「その青年との経緯は理解できたが、それはそれだ。ラダ君といったか。私はこの娘の保護者として、はいそうですかと頷くわけにはいかないのだがね」
エイムの言葉に、ラダは面白そうに口元をつり上げた。
「つまり、アンタに認められる必要があるってことだな?」
「当然だ。いきなり見知らぬ男に嫁にくれと言われて、どうぞと差し出すわけがないだろう!」
「まあこっちの都合だけを押し通して、アンタら里の連中の言い分は無視するってのもアレだ。急ぎゃしないさ。そのうち了解してもらえりゃな」
どうやら、嫁扱いされるという筋書きは多少延期されたようだ。ひとまずアルーシァは大きく息をつく。
ラダはここで笑みを引っ込め、やや声を低くした。
「で、嫁の話は追々するとしてだ。しばらくは俺がここに居た方がいいと思うぜ? いつまた襲撃がくるかわからねぇし」
「襲撃?」
「あの、街に運んでくれた商人さんに、この石を売ってくれっていわれたの。形見だから売れませんって断って、おじさんは分かったって言ってくれたんだけど……」
「帰り途中で、えらい物騒な集団と遊ぶ羽目になったわけだ」
「……なんだって?」
エイムはぎょっとしてラダを見た。
「連中、野盗を装ってやがったがな。身のこなしからいって、ありゃ雇われだ。やる気が失せる程度には痛めつけといたが、また来ないとも限らねぇ」
「どうしてそんな……」
「俺が知るかよ。コイツの石が、何か物欲の琴線にでも触れたんじゃねぇの」
エイムはうろたえたようにアルーシァの両肩をつかむ。
「そっ、それで顔にケガを? 他にケガは!?」
「あ、それは大丈夫……っていうか、顔はその前のだから……」
怪我の有無を確認するエイムを眺めながら、ラダが続けた。
「まあそういう訳で、俺が守ってやろうっつってんだよ。俺の未来の嫁だしな」
「っ、だからそれはまだ認めていないと!」
「今そこに突っかかって来んなよ。護衛だ護衛。どうよ」
「……ううむ……」
「…………………………ぁふ」
話を打ち切ったのは、アルーシァの小さくかみころした欠伸だった。さすがにここ数日のドタバタでかなり疲労がたまっており、眠気が抑えられなかったのだ。
言い合っていた二人に注目された事に気づき、アルーシァは真っ赤になった。
エイムはため息をつき、部屋を指し示した。
「……ともかく、もう夜空け近い。今日のところは泊めてあげるから、少しでも休みなさい。話はまた改めてしよう」
「そりゃどうも」
「念のため言っておくが、アルの部屋に近寄ったら即追い出すからね?」
「……肝に銘じとく」
本当に、この二日間は怒涛のようだった。
アルーシァはふらふらと自室に戻り、寝間着に着替えてベッドに潜りこんだ。たちまちうつらうつらと眠りの世界に引き込まれる。
遠く、かすかに羽音を聞いた気がした。
(あ……ラダさんの鳥かなあ……)
アルーシァは頭のどこかでぼんやりと考えたが、すぐに眠りの淵に沈んでしまった。
「よう」
翌朝、エイムが顔を洗っていると、ラダが軽く手をあげ挨拶してきた。
「早いね。ほとんど寝ていないんじゃないのかい」
「あんたもだろ。俺は数日徹夜したところでどうって事ねぇ。それより話があるんだろうが、アイツが寝てるうちにとっとと済ませりゃいい」
「……なら、食事しながら話そうか。そこに座るといい」
エイムはテーブルの椅子を指してラダを座らせると、スープの入った皿とパンを置いた。
「ありあわせのもので悪いがね」
「構わねぇよ。いきなり押し掛けたのはこっちだ」
それだけ答えると、ラダはじっとエイムの次の言葉を待った。エイムは手に持ったパンを見つめ、ため息をついた。
「……ふう……。正直、いつかこんなことが起きるんじゃないかとは思っていたんだ」
「……なんかあるんだな?」
「あの子は、アルーシァは私の実の娘ではない。15年ほど前、街道で行き倒れていた女性から託された子だ」
エイムはぽつりぽつりと語り出した。
少々短めですが、昼に外出せねばならなくなったので前倒し。