其の七・襲撃者
「それで、これからどうするんだ」
「ええと、買出しは済んだので村に帰るつもりですが……やっぱり、ついて来るつもり、です、よ、ね……?」
見上げた先の男の琥珀色の目は、”お前は今さら何を言ってるんだ”と雄弁に物語っていた。
「徒歩か」
「いえ、それはさすがに時間がかかりすぎるので。村まで行く馬車で、乗せていただけそうなものを探してお願いしようかと」
街に出入りする馬車の類は、一つ所に集められている。アルーシァは、そこで足を探すつもりである事を説明した。ここから村までは、馬車でほぼ半日かかる。午前中のうちに街を出たい。
「なら、とっとと行くぞ」
「なんでラダさんが仕切ってるんですか……」
昨日と同じように己を担ごう、とこちらに伸ばしてくるラダの手を追いやりつつ、アルーシァは居並ぶ馬車に目を走らせた。
「おおおい、お嬢さん!」
と、馬車の側から聞きおぼえのある声がアルーシァを呼んだ。昨日アルーシァを村から街に運んでくれた商人が大きく手を振っている。
アルーシァは笑顔で近寄った。
「おじさんじゃないですか、こんにちは。昨日はどうもありがとうございました」
「いやいや……やれよかった、見つけられた。帰りは馬車を探すと言っとったから、ここで待っとれば見つかるかと思ったんだが…本当によかった」
「? 何か御用でも……?」
確かに昨日別れる時、この商人はかなりアルーシァを心配してくれていた風ではあったが。翌日出待ちじみたことをしてまでアルーシァを捕まえる理由がわからない。
「それなんだがね。ええと、ここじゃなんだな、あそこで話そう」
ざわざわとごったがえす馬車や人々の中では話もし辛い、と商人は少し離れた建物の側へ移動した。
そこでいざ話そう、と口を開いた商人は、アルーシァの後ろに当然のように立つラダにビクリとなった。
「お、お嬢さん……後ろの兄さんは、ちょっと席を外してもらったりは……」
「え、あ」
「何で目の前にいんのにコイツに頼むんだ、俺に直接言えよ。まあ聞かねぇけどな」
「意味ないじゃないですか!」
ラダはアルーシァを横に押しやると、商人をジロリと睨みつけた。
「俺に聞かれちゃ困る話か、オッサンよ?」
「……や……そういうわけでは……」
今にも殺されそうな視線にさらされ、商人は気の毒なほど汗をかいていた。
「仕方ない……。お嬢さん、あんたが首に下げとる赤い石。それを売っちゃくれんだろうか」
「えっ」
アルーシァは反射的に胸元に手をやった。母の形見である赤い石は、常に服の中に入れてあるので外からは見えないはずだ。
いや、そういえば商人は見ていた。昨日街道でラダがアルーシァにぶつかった時に、これはお前のものかとラダが差し出す手のひらの石を。
「どうだろう、実はその石を欲しがっとる方がおってね、金に糸目はつけんと言うておられるんだが……」
「そ、そんな。糸目をつけないとか……そんな高価なものじゃ」
「是非。言い値で構わんのだよ、考えちゃくれんかね」
「ええ、でも」
「そう言わずに!」
あまりにも予想外の申し出に、アルーシァは混乱した。確かに少し見慣れない色ではあるが、宝石のような輝きがあるわけでもない、ただの石なのだ。それにこれは。
「あの、無理です。これは、わたしのお母さんの形見だから。売れないんです……ごめんなさい」
「……そうかね…………残念だがしょうがない」
商人は目を閉じ、みるからにガックリと肩を落とした。その姿があまりにも気の毒そうで、アルーシァは立ち去ることもできず、とにかくもう一度謝ろうと一歩前に踏み出した。
その胴体にぐるりと腕が巻きつく。
「話は済んだろ、行くぞ。急がねぇと到着が夜中になるだろうが」
「え、ちょっと、ラダさん空気読んでー!」
「あ、あああ待った! 村までの足ならワシが知り合いに口を利いてやるから!」
商人の言葉にラダはピタリと足を止め、ゆっくりと振り向く。
「足ィ提供するから石売れってんじゃねえだろうな。これは売りもんじゃねえっつってんだろうが」
「い、いやそれはもう言わん。無理を言った侘びだと思ってくれ」
汗を拭き拭き商人が言い募る。それを受け、ラダは腕に抱えたアルーシァを見た。
「ふん、どうするんだ」
「えっ……と。じゃあ、折角だし、ご好意に甘えて……」
「よ、よしよし、そこで待っててくれ。すぐに話をつけてきてやるから! 待っててくれよ!」
アルーシァが言い終わる前に商人は何度も頷くと、あわてて駆け去ってしまった。
商人が紹介してくれたのは、配達人だという人物の馬車だった。街からの手紙を各村に運搬するのだという。
「お世話になります」
「あー、ハージ村なら通り道だし構わん構わん。さ、乗った乗った」
「それじゃ、お嬢さんたち。気をつけてな……」
商人はその場で、馬車に乗り込むアルーシァたちを律儀に見送っていた。
「おじさん、色々とありがとうございました。あの、また何か売れそうなものがあったらおじさんにお願いしますから」
アルーシァは身を乗り出し、商人に手を振った。配達人が馬に軽くムチをあて、ガラガラと馬車が走り出す。
商人は馬車が町から出ていくまで、ずっとその場に立って見送っていた。
「……お嬢さん、ワシに売ってくれとったら良かったのに……。本当にすまん……」
馬車はきしんだ音を立てながらも帰路を進んでいた。
「びっくりしたけど、帰りもなんとかなって良かった。おじさん、なんだか申し訳なかったな…売ってあげられるものなら良かったのに」
胸元を押さえながらアルーシァは呟いた。今まで黙っていたラダが、ボソリとそれに答える。
「……そんなに気にすることでもねぇだろ。現にこうやってハメられてる訳だし、むしろマイナスだ」
「え?」
アルーシァが聞き返そうとした途端、馬車が止まった。
「え、なんだろ」
「じっとしてろ」
短く告げると、ラダは上からぐいとアルーシァの頭を押さえ込んだ。ゴンと鈍い音を立て、アルーシァの頭は床とぶつかった。
「ぅぐ」
「声も出すな」
うつぶせに倒れたアルーシァの上にマントがかぶせられ、視界が遮られた。
「な」
「喋んなバカ。荷物のフリでもしてろ」
(む、無茶いわないで! そもそも何が起きてるの!)
馬車の周辺から、ザリザリと土を踏む複数の足音が寄ってくる。確認したいが、マントのせいで何も見えない。ラダの気配はすぐ側にあるが、配達人はどうなったのかわからない。
微かに、ラダが山刀を抜く音がした。
「見んなよ。メシが食えなくなるぞ」