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其の六・宿屋の攻防

「さて寝るか」


 ついに来た。背後から聞こえたその一言に、死刑宣告を受けたハツカネズミの如くアルーシァは飛び上がった。


「えっ、あっ、でもっ」

「何だ、変な声出して面白い奴だな。遊んでやりたいところだが俺はもう眠い。寝ろ」


 赤くなったり青くなったりしているアルーシァを横目に、ラダはゴロリと直接床に寝転がった。


「……そこ、で、寝るんですか?」

「おう」

「えと、体痛くなるんじゃ……」

「俺たちは普段から地面にゴロ寝が基本なんだよ。そんなフワフワした所じゃ、かえって落ち着かねぇ」

「あ…………そうですか」


 その返答を聞いて一気に体の力が抜け、ポスンとベッドに腰を下ろす。構えすぎていた自分が馬鹿らしくなって、アルーシァは思わず笑ってしまった。


「じゃあ、遠慮なくベッド使わせてもらいます。おやすみなさい」

「ああ」


 掛け布団を引っ張り上げ、目を閉じたアルーシァにラダのもぐもぐとくぐもった声が届く。


「……さすがに俺も、女と一緒の寝床で寝たらヤバイしな。色々と」

「!!」


 確信犯だった。






 明け方。ひんやりとした空気が頬を撫で、アルーシァはふっと目を覚ました。


「……あれ……?」


 足元の床で寝ていたはずのラダの姿が見当たらず、部屋の窓が少し開いていた。そこから外気が入ってきたようだ。

 アルーシァは起き上がると、窓に近寄った。と、すぐ近くから羽音が響いてきて、誘われるように頭を窓の外に突き出してみる。


 「けっこう大きい鳥っぽかったけど……あ」


 ようやく日が昇りかけた外はまだ薄暗い。右をみて、左をみて、上をみて思わず声が漏れた。

 窓から少し離れた屋根の上に、鷹をその腕につがえたラダが立っていた。低く何かを話しかけ、軽く首元をかいてやっている。

 その姿は、屋根の上という非常識なシチュエーションにもかかわらず、そこにあるのが当たり前のように自然で、アルーシァは声をかけることも忘れてほけっと眺めていた。


「まだ起きるにゃ早ぇぞ。もっと寝とけよ」


 こちらを見もせずにそういうと、ラダは大きく腕を振り上げる。バサバサと鷹が飛び立ち、たちまち空の向こうに小さくなった。


「うん、なんか、目が覚めちゃって」

「起こしちまったか。悪かったな」


 鷹の飛び去る姿を見送ると、屋根をつたってラダが帰ってきた。


「今の鳥、ラダさんの?」

「相棒みたいなもんだ。俺がどこにいても、たまにああやって戻ってくる」

「へえ……いいなあ、なんだか心通じてるみたいで」

「…………ま、人と違って裏もねぇしな」


 屋根のふちを掴み、ひょいと身を部屋に入れる。それにしても身軽い男だ。山の民は皆こうなのかとアルーシァが感心して眺めていると、ラダはそのまま屈み込み、アルーシァの足の紐を外した。


「あ」

「何だ、便所行きたくて目が覚めたんじゃねえのか」

「……っち、違いますー!」


 今外されてやっと紐の事を思い出したのだ。部屋の中は自由に動き回れる程度の長めの紐だったが、その存在を忘れていた自分が信じられない。


(何でこの状況になじんでるの、わたし……!)


 頭を抱えたくなったのは、もう何度目かわからない。そんなアルーシァの様子を見て、ラダはニヤリと口の端を上げた。


「それにしても、よくこんな仕打ちされて文句も言わずに大人しくしてるなあアンタ」

「分かっててやってたんですか! っていうか、文句は最初に言ったじゃないですかー!」


 アルーシァは唖然となった。この男、ひょっとしたら思っていた以上の曲者かもしれない。常識が違うせいかと流されていた部分も実はわざとやっていたのだとしたら、どこまでが本気なのか判別がつかない。


「……そういえば昨日のあれもですけど、どうして屋根の上にのぼるんですか。危ないじゃないですか」

「昨日のアレは人が多すぎたからな。高い位置に移動した方が探しやすかった。それに低い所は息が詰まる」

「だからって屋根って……もし落ちたら……」


 言いかけて、アルーシァは口をつぐんだ。よく考えれば昨日、この男は屋根から飛び降りて平然としていたのだった。

 ラダは面白そうに片眉を上げると、おもむろにぐいと腕をアルーシァの首に巻きつけ、密着してきた。


「ひ!?」

「心配してくれるとか、可愛い所あるじゃねぇかアンタ」

「は、ははは離してくださいい」

「わははは何だこの小動物。何かこうグリグリしたくなるよなあ」

「ちょ、やめ、髪の毛グシャグシャになっちゃうじゃ……」


 完全にオモチャだ。ラダはさんざんアルーシァの頭をかき回し、満足した後はあっさりと開放した。


「さてと、んじゃ朝メシ食うとするか」

「ううう……もうヤダ……」

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