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其の十五・遠く呼ぶ声

「ストップ! ストーップ!!」


 あわててロウがラダの腕を掴む。


「お前やりすぎ! それ以上やったら、そもそも口が利けなくなるって!」


 ロウに制止されたラダは、拳をぐっと握ると一歩下がった。

 目の前の男は後ろ手に縛り上げられ、ぐったりと転がっている。ロウは男の頬を軽く叩いて意識の有無を確認した。


「…………」

「あー駄目だこりゃ、気絶してる。どうすんのこれ、聞き出せないじゃん」

「探れ。その為の貴様だろう」

「えー……凄い疲れるんだよね、あれ。できれば口で吐かせて欲しいとこなんだけど」

「うるさい、さっさとやれ。時間がない」


 ラダは射殺しそうな鋭い視線でロウを睨みつけ、顎をしゃくった。


「何この横暴さ……ってはいはい、やりますって。その目で睨むのやめてくんない」


 苦笑いしつつ、ロウは目前の男の額に手をあてた。そのまま目を閉じ、じっと何かを探る。ラダはその横に立ち、沈黙している。

 しんと静まりかえった部屋に、何も知らない村人たちの賑やかな笑い声が届く。

 やがてロウは大きく息を吐き、男から手を降ろした。


「……んー……こいつ、ただの連絡員みたいだなあ。行く先は聞かされてないっぽい。だからここに残されたのかもね」

「……やはり口で言わせるしかないか」


 ずいとラダが前に出、腰に下げていた山刀を抜く。それを見て、ロウはラダの腕を再び掴んだ。


「って何しようとしてんの、ダメダメダメ! 行先知らないって言ってるだろ! 暴走すんなって、僕は始末書書かされるのとかごめんだからな!」

「ならどうする!!」


 今まで声を抑えていたラダが、ここにきて初めて怒鳴った。ロウは驚いた顔でラダを見、眉をひそめた。


「なあ、お前本当にどうしちゃったんだ。この件に関して冷静さを欠いてるって自覚、あるか? ないんなら一旦外れる事をお勧めするけど」

「……………………分かってる。悪い」


 ロウの言葉にラダはぴたりと動きを止め、目を閉じて低く答えた。


「とにかくお嬢さんの捜査は僕が手配するよ。もうちょい人員よこしてもらうかな……ああ、この人転がしたままだと色々まずいな……ええいもう何からやりゃいいんだ。とにかく報告! ちょっと鷹かして鷹!」


 大人しくなったラダを見届け、ロウはきりきりと立ち回り始める。この件に関してはラダがまともに動かない事を見て取り、もう自分が仕切るしかないと覚悟を決めたのだった。






 アルーシァはナディーンに問われ、絶句していた。

 改めて聞かれれば、はっきりと答えられるほどアルーシァはラダのことを知らなかった。側にいたのも半月程度ではあったが、何より本人が何も詳しいことを語ろうとしなかったのだという事実に、今ようやく気が付く。


「わたし、てっきりラダさんは山の民なんだって……自分でもそう言ってたから……」

「まあね、あたしたちの一族は里の連中とは深く交流しないし、ちょっと見た目が似てれば騙されるかもしれないわね。あなたの話を聞く限り、妙に一族の内情にも詳しいようだし」

「騙され……たんでしょうか、わたし」


 嘘をつかれていたかもしれないという一点が、じわりと胸の内にのしかかる。

 ナディーンは椅子に腰掛けたまま腕を組んだ。 


「何の思惑があってそいつがそんな事言ったのか、までは知らないわよ。何か訳があるのかもしれないけど、でもそいつはその石狙いってわけじゃなかったんでしょ?」

「え、はい。たぶん……取るつもりならいつでも簡単に取れたと思うんですけど、何もなかったですから」

「何なのかしらねえ。まあ、あたし的にはあなたのことの方が気になるんだけど」

「わたし、ですか?」


 瞬きするアルーシァの顔に指をつき付け、ナディーンは眉を寄せる。


「色々あって一杯一杯なのは分かるわよ。でも一番疑問なのは、その石含めてあなた自身のことじゃない? その石があなたの何を押さえ込んでんのかって……っていうか何であたしがこんな事指摘してあげなくちゃならないのよ、深入りしたくないってのに」

「そ、そう言われても、今教えていただいて初めて知った所なので」

「ま、整理する時間が必要かしらね。一人にしてあげるから落ち着いて考えなさいな。その紐、テラスぐらいまでなら出られるから、外の空気でも吸えばいいわ」


 ただただ混乱しているアルーシァを問いただしても仕方がないと考えたのか、ナディーンはそう言うと席を立った。

 ふと部屋を出て行こうと扉を開けた所で立ち止まる。


「……あなたね、人を簡単に信用しちゃダメよ? あたしのことも含めて」


 ナディーンはそれだけ言うと、アルーシァの言葉を待たず扉を閉めてさっさと退出してしまった。

 拉致した本人に忠告されるほど、自分はぼんやりして見えるのか。いや、確かにぼんやりしているのだろう。ラダにつかれた嘘も見抜けなかったのだから。


「……はあ……」


 手は無意識に胸元の石に触れる。生まれたときからそこにある赤い石は、冷たく堅い手触りを返してくるだけで、凄いものを秘めているとはとても思えない。なのにそれは、自分を含めた周囲を巻き込み、何かを動かし始めている。


「どうしてこの石をわたしに残してくれたのかな、お母さん……」


 いくら考えても分かるはずがない。そもそもこの石に特別な何かが秘められているという話も、ナディーンが言っていただけで自分で確かめたわけではない。

 アルーシァは部屋を見回し、クローゼットの横に姿見を見つけた。


「……確認、しなくちゃ」


 とにかく、自分の目で見てみなければ。ナディーンはああ言っていたが、以前石を落とした時には特に異常な事は起こらなかったのだ。ひょっとしたら目の色も変わっていなかったのかもしれない。だったら、ラダが何も言わなかったのもおかしくはないのだ。


 アルーシァはそっと姿見の前に立ち、首飾りを外した。






 ロウがびくりと肩を揺らし、顔を上げる。


「…………東だ!」

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