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其の十四・疑念

 アルーシァが意識を取り戻して目にしたのは、見慣れない部屋だった。白い壁と高価そうな毛足の長い絨毯。手の込んだ彫刻の施された木の扉の側には、これまた値の張るであろう寄せ木細工の小さなテーブル。その上に凝った意匠の小さな貝ランプが置かれている。自分が寝かされている寝台も、ありえないほどフカフカだ。

 少なくともここは、自分が倒れた村の家屋ではないらしい。


 身を起こそうとして頭を上げた途端、ぐるりと視界が回転し、再び倒れこむ。一体どれくらいの間気を失っていたのか。


「目、覚めたかしら」


 聞き覚えのある声が寄ってくる。


「急に動こうとしないほうがいいと思うわ。急遽運ぶことになっちゃったから、静かにしてて貰うために追加で投薬しちゃったしね。まだ吐き気とかするんじゃない?」


 自分をおそらく拉致した張本人であろうナディーンが、枕元で困ったような笑顔を見せていた。

 アルーシァはぼんやりとその顔を見上げていたが、はっとして自分の胸元に手を当てた。


「心配しないでいいわよ。ちゃんとあるでしょ、そこに」


 一度は奪われたはずの首飾りは、アルーシァの首元に戻っていた。


「え……と。聞きたい事がたくさんあるんですけど」

「まあそうでしょうね。あたしで答えられる事なら答えるわ、今さら隠す必要もないし」


 ナディーンは小さな椅子を引き寄せ、そこに座る。黒い瞳がアルーシァに向けられた。


「で、何が聞きたいわけ」

「ここはどこですか」

「商都アベイトのとある商人宅。まあ名前は後で大旦那本人に聞けばいいわ」


 アベイト。確か祭りの買出しに出かけた街の、さらに東にある町の名前だ。アルーシァは質問を続ける。


「わたしはどれくらい気絶してたんですか」

「飛竜使って村からここに連れてくる間だから……三日ほど?」

「飛竜!?」


 アルーシァの声が裏返る。飛竜とは恐ろしく高価な飛行移動用の家畜であり、所有できる者はそれこそ貴族や大商人などに限られている。もちろん一庶民では、その姿を拝むこともままならないのが普通だ。


「元々石を入手したら、速攻でバックれるつもりで待機させてあったのよね。予定変更であなたまで運ぶことになっちゃったけど」

「な、ナディーンさんは一体何者なんですか」

「あたし? あたしはただの踊り子よ。仕事ついでに、ちょっと世話になってる人の手伝いをしてるだけ」

「でも、飛竜が使えるって」

「借り物よ、借り物。さすがにあたしのじゃないわよ」


 あははと笑い飛ばされた。借り物だとしても、気軽に借りられている時点でとんでもないとアルーシァには思えるのだが。


「あの、その肌の色とか髪の色は」

「あー、そうね。一応山の民ってやつだわね。里暮らしが長いから気にもしてなかったわ」


 アルーシァに言われて初めて思い出したというように、ナディーンは己の黒い髪を摘み、つまらなそうにピンと弾いた。


「山を出ちゃったら、同族に会うことなんて皆無なんだもの。ちょっと見た目が違うってだけで、里の人間と何も変わらないわよ。他には?」

「あああっと……あとは……どうしてこの石が欲しかったんですか? ううん、違うな……一度取った石を、どうして返してくれてるんですか?」

「どうしてって」


 アルーシァの問いに、ナディーンが肩をすくめてみせた。


「流れ的にはこう。あたしの恩人は巷でうわさの赤い石を御所望だったわけ。で、あの人は石をあなたが持ってるって事を知って、何度か手にしようとがんばってみた。ところがどっこい、金の力で買い取ろうとしてもあなたは首を縦に振らない。ならばと力づくで攻めてみれば、何だか凶暴な番犬が付いていて手酷く噛まれて撃退される。ゴリ押しじゃ無理だと骨身にしみたあの人は一計を案じた」


 ちょいちょい、とナディーンは自分を指す。


「絶賛巡業中の美貌の踊り子に、村に潜り込んで絡め手で石の所有者を油断させ、なんとか石を持って帰ってきてくれってね。まあここまでは良かったのよね。実際あたしは一度石を手に入れたんだし」

「それがどうして……」

「その石が、あなたの何かを押さえ込んでるみたいだったから。こりゃ危ないってんで一旦戻したの。あなた、自分で知らないの?」

「え……」


 何を言われているのか分からない、といった様子のアルーシァを見て、ナディーンは己の口元に手を当てた。


「それ、外した事ないわけ?」

「えと……赤ちゃんの頃からずっと首にかけてて、外しちゃだめだって言われてたから……」

「ええ? 一度も外した事ないの!?」

「……あ、一回だけ」


 不可抗力で紐が切れた。ラダにぶつかられた時に。


「その時、周りの人何も言わなかったわけ?」

「特には……どういうことですか?」

「実際に見るのが一番てっとり早いんだろうけど、今外すのはヤバいと思うから……あなたの目がね、こう、丁度その石と同じような色に染まるの。石をつけると戻るんだけど」

「目? だってあの時、何も言われなかっ……」


 アルーシァは額に手を当て、あの時のことを思い出す。

 確かにラダは、何もいわず自分に石を差し出した。が、自分の顔を見た途端、両手を掴まれ射抜かれそうになるほど凝視された。そして、首飾りをかけ直した時もじっと見ていた。

 でも、目の色については何も言わなかった。


「……どうして……?」

「んー、良く分からないんだけど、何かキナ臭いわね。あたしが言うのもアレだけど」

「……ご、ごめんなさい。わたしちょっと混乱して……」

「あら、まだ起きたばっかりなんだから頭に負担かけちゃ駄目よ。まあそれでね、石を外すこともできそうにないし、かといって頼まれ事は遂行しなきゃなんないしで。もういっそあなたごと運んじゃえーって……まあ、そういう訳」


 ナディーンはサイドボードに置いて立った水差しを手にとり、コップに水を注ぎ、アルーシァに差し出した。


「とりあえず水分取って。かなり強引な手で連れてきちゃった事は謝るわ。落ち着いたら、後で大旦那に会ったげて」

「大旦那……?」

「今回の件の依頼主。昔、あたしが売れてない頃援助してもらったりなんだりで……恩人なの。あの人の頼みでなきゃ、こんな面倒な事やんなかったわ」

「あの……ちょっと、時間をください。わたし、全然理解できてなくて」

「勿論それは構わないわよ。ただ、悪いんだけどこの部屋から出すわけにいかないの。だから、ちょっとこれつけさせてね」

「あ……」


 ナディーンは長い丈夫そうな紐を取り出し、手早くアルーシァの片足とベッドを繋いだ。


「一応部屋の中は歩けるくらいの長さだから。不便かもしれないけど、ちょっと我慢してね」

「……これって、山の民の人みんなやるんですね……」

「は?」

「わたしを護衛してくれてた人も、その、こうやってたから」

「護衛って、あなたについてた凶暴な奴? ……あれは山の民じゃないでしょ?」

「え」

「報告聞いたけど、金茶の目なんて山の民にはいないわよ。あたしたちはみんな黒い目だもの」

「……え、だって……」


 口を押さえ、戸惑うアルーシァの姿を、ナディーンはその黒い瞳で見ながらゆっくりと言った。


「……そいつって、何者?」

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