其の十三・緋石の娘
アルーシァは、踊り子一座が宿泊に使っている部屋に運ばれ、ドサリと下ろされた。いきおい、固い床に肩をぶつける。本来なら痛みを感じるところだが、今は体全体が痺れていて何も感じない。
きっとこれは後で青アザができるな……と、朦朧とした頭で、どこか他人事のようにアルーシアは考える。
アルーシァを運んできた一座の男は、ナディーンと二言三言、言葉を交わすと部屋を出て行った。
「さてと」
部屋にはアルーシァとナディーンのみが残っていた。ナディーンは申し訳なさそうな声音を作りつつ、その顔には満面の笑みを浮かべたままでアルーシァの側に肩膝をついた。
「ちゃっちゃと済ませちゃいましょうかねーえ。お嬢ちゃんごめんなさいねえ、こっちも仕事なのよね~」
歌うように言いながら、ナディーンはアルーシァの首元に手を這わせ、その首にかかっていた紐を指に引っ掛けた。
「うっふっふ、目標物はっけーん。悪いけど、これは貰っちゃうわね」
するり、とアルーシァの首から赤い石の首飾りが外される。
「もうちょっとだけここで寝ててね、しばらくしたら痺れも取れるわ。あたしたちがトンズラしてから、ゆーっくり復活してくれればいいからねー」
「……う……」
「ああ無理しない無理しない。…………え……うっそ」
楽しそうに笑っていたナディーンの表情が固まる。
苦しげに歪められたアルーシァの青い瞳が、緋色に染まっていた。一瞬後、思考力を取り戻したナディーンの表情に驚愕の色が走った。
「なにこの目。こんなの聞いてないわよ……これって……ちょっとジョージ、ラングも! 早く!」
屋根に寝転がっていた野良着の男が、弾けるように身を起こした。
「何だ今の!?」
「何がだ」
「っ……あれ、消えた」
「だから何がだ!」
野良着の男は聞き返されるイラついた言葉に答えず、しばらく何かを探るように集中していたが、やがてふっと息を吐いて隣に顔を向けた。
「なんか今、物凄い魔力の圧を感じたんだけど……すぐ消えた。脳天ブっ叩かれるような凄いやつ。あんな圧力感じたの生まれてはじめてだよ、屋根から落ちるかと思った。あ、お前はそういうの分からな……っておおい、どこ行くんだあ」
話が終わらないうちに隣の男は屋根を飛び降り、そのまま駆け出していた。結果的にほったらかしにされた野良着の男は、渋々自分も屋根を滑り降りる。
「ええ~……あんの野郎、放置していくとか有り得んでしょ……あんな後先考えず突っ走る奴だったっけ? ……うお、あぶな」
口ではブツブツ言いながらも、降りる足取りは危なげなくしっかりしている。
「やれやれ。どうやら僕もフォローに回らないといけないみたいだ……特別手当申請通るかなあ」
ちらりと周辺に目をやり人目がないことを確認すると、野良着の男は悠然と歩き出した。
「帰った?」
琥珀の瞳を歪め、ラダは目の前の相手を睨みすえた。一座のメンバーの一人だという男は後頭部を掻きながら、立ち居地をずらして部屋の中を見せた。
「どうも飲ませすぎちゃったみたいで気分悪くしちゃってね。ちょっとここで休んでたんだけど、家に帰るっていうからウチの面子が送ってったよ」
目の前の部屋には、男以外誰もいなかった。ラダは短く舌打ちすると踵を返す。そのまま出ようとしたところに、後を追ってきた野良着の男がぶつかりかける。
「うおっと」
「邪魔だ、退け」
「ええ~もう何だよ、手が必要かと思って来てやってるのに」
「うるさい、先に確認だ」
言い捨てると、ラダは再び走り出した。押しのけられた野良着の男がため息をつく。
「……完全に頭に血のぼってんじゃん、何あれ。あんなの見たら皆爆笑するんじゃないの」
バン! と壊れそうな勢いで扉が開けられた。奥の部屋から驚いた様子でエイムが姿を現す。
「こら、家が壊れるじゃないか。何だい、どうしたんだ」
「アイツは?」
「ん……? アルの事かい? あの子はまだ帰って来ていないよ、君がずっと見ていたんじゃないのか」
エイムの表情が真剣味を帯びる。
「何があった」
「……くそッ! おいロウ、来てるんなら手を貸せ!」
エイムには答えず、ラダは背後に声をかけた。ラダの後ろから、野良着を纏った若い男がエイムに軽く会釈をしていた。
「どうも、お初にお目にかかります、エイム・アスターフ元宮廷医殿」
「君は何者だ、アルは一体どうしたっていうんだ!」
「僕はロウといいます。詳しい話は落ち着いてからゆっくりと。それよりも先にお嬢さんの身柄を保護しないと」
更に口を開こうとするエイムを手で制し、ラダが短くロウに問う。
「気配を追えるか?」
「ううーん……さっきのどでかい魔力圧があったら楽勝だったんだけど、今は綺麗サッパリ消えちゃってて、ちょっと掴めないな」
「役にたたん奴だ」
言い捨てると、ラダはくるりと身を翻した。
「今度はどこ行くんだよ! ちゃんと言ってけバカ!」
「先刻の男が逃げる前に捕縛して口を割らせる。貴様も手伝え」
「……うわあ……ご愁傷様だなあ、あの人」
「早く来い」
「ああ、はいはい。っとと、エイム殿、ご心配だとは存じますが少々お待ちを。悪いようにはしませんから」
ラダに急かされて歩きかけ、思い出したように足を止めたロウは、エイムに微笑みかけた。
「君たちは、一体……」