其の十二・真意
一座の踊りは素晴らしかった。村人は大喝采を送り、祭りは更に盛り上がりを増していく。
アルーシァは、自分が思わず言葉を忘れて眺めていた事に気づき、あわててラダに向き直った。
「ねえラダさん、あの人って」
「……同族だな。偶にいるんだ、山を降りて里に入り込むのが」
「そうなんだ。顔見知りとかじゃ?」
「いや、知らねぇな」
「そっかぁ……」
再び踊り子に目をやると、彼女は演目を終え、寄ってくる村人たちに愛想よく答えながらこちらに歩いてくる所だった。
「え」
「ねーえ、そこの可愛らしいお嬢さん。そんな隅っこで見てないで、もっとこっちで見てくれればよかったのに。あたしの踊り、イマイチだったかしら? 自信なくしちゃうわあ」
踊り子は人懐こそうな笑みを浮かべ、アルーシァの前に立った。思った以上に気さくな性格の人物らしい。アルーシァは真っ赤になって首を振った。
「えええ、そ、そんなことないです! すごく素敵で、わたし見とれちゃって」
「あら嬉しい。今からあたしたち打ち上げやるんだけど、お嬢さんも一緒にどお?」
「えっ、いえ、わたしは」
急な誘いに戸惑い、アルーシァはラダを振り返る。
が、そこに立っていた筈のラダの姿はどこにもなかった。
「あ……れ……?」
「どーしたのー、ほらほら行きましょ! だーいじょうぶよぉ、あたしが奢っちゃうから! ジョージー、かわいい娘一人ゲットよー!」
「でかしたナディーン!」
「え、ちょ、ひえええええ」
居なくなったラダを目で探すアルーシァに、がしりと踊り子の腕が回される。問答無用の勢いで引きずられ、なし崩し的にその場から連れ去られつつ、山の民はみんなこうなのかとアルーシァは思わざるを得なかった。
「ああああの、わたし困りま……」
「まあまあいいから! さーあ盛り上がるわよー!!」
「ラダさんどこ行っちゃったのおおお」
広場から少し離れた屋根の上に、人影が二つ並んでいた。
眼下の喧騒を面白そうに眺めながら、煤けた野良着を纏った男が隣の男に話しかける。
「おいおい、行かないでいいの?」
「今、山の民と鉢合わせする訳にはいかない」
感情を一切含まない声が答える。
野良着の男は軽く肩をすくめてみせた。
「やれやれ……面倒くさい設定作るからややこしくなるんだよ。直球でいきゃいいものを」
「そんな事より貴様がわざわざ足を運んだ理由を言え。連絡は入れただろう」
「そんなの、上が焦れてるからに決まってるじゃないか。放っとくと横槍も入るし、ヒヤヒヤしてらっしゃる訳だよ」
「来るなと言った筈だ。狭い村に余所者が入れば、想像以上に目立つ」
睨み付けられ、野良着の男はクスクスと含み笑いをしつつ、己の質素な服の裾を引っ張った。
「だーからこうやって祭りの日に紛れ込んだんじゃないか。浮かれた酔っ払いだらけだ、少々毛色の違うのがいても気にもされないさ。……それに前の連絡からもう半月だ。様子を見て来いと言われてもおかしくないだろ」
「…………それは」
「見極めるまで待てとお前は言った。だから半月待った。そろそろ答えも出てるんじゃないの?」
「…………」
野良着の男はその顔から笑みを消し、目を細める。
「まさかとは思うけど、対象に情が移ったとか言わないよねえ?」
「……有り得ない。まだ確証が掴めないだけだ」
「ならいいんだけど。それにしても、珍しくてこずってるんじゃない?」
「俺とて毎回迅速に事が運べるわけではない」
「まあそういう事にしといてあげるよ。でも、近いうちに結論は出してよ? こっちもいつまでも待ってらんないからね、せっつかれてるんだし」
男は答えず、黙ったまま足下の賑わいを見つめていた。
「ああんもう、この子かーわいい!」
「ちょ、ちょっと……!」
「やれやれ、またナディーンの悪い癖だ。すまんねえお嬢ちゃん」
踊り子ナディーンはご機嫌で、笑いながらアルーシァに腕を絡めてその頬をつついていた。その横で呆れたように酒を飲む一座の男が、申し訳なさそうにアルーシァに笑いかける。
「こいつ、気に入った相手に絡みまくるんだよ。すぐ飽きるから、ちっとだけ我慢してやってくれ」
「なによ人聞きの悪い、なんかそれじゃあ飽きたらポイする男みたいじゃないの。あたしはねぇ、可愛いものは愛でる主義なだけよ。ねーえ?」
「は、はあ……」
「さあもう一杯! これ、前の街で飲んで、あんまり美味しかったから買っちゃったのよ。ほら、ぐーっと!」
囃され、手渡されたコップを言われるままに口に運ぶ。中身は口当たりのいい果実酒で、甘くさわやかな味がした。
「あ、おいしい」
「でっしょー!? ほらほらもっと飲んで飲んで!」
陽気に酒を注ぎ足される。
アルーシァが仕方なくそれを口に運ぼうとした時、指先に力が入らなくなり、コップを落とした。
「……あ……」
「あらやーだ、こぼしちゃった? あたしったら飲ませすぎちゃったかも! ちょっとこの子、あたしの部屋で休ませるわ」
「え、いえ、へいき、れす」
舌が回らない。視界がかすむ。ぐらりと倒れかけたその時、ナディーンがさっとアルーシァの体に手を添え、さりげなく支えた。
「ジョージ、この子運んであげて」
「おお了解」
「や、……」
体が動かない。これは酔ったせいではないと本能的に悟ったアルーシァは、まだ動かせる目だけでナディーンを見た。こちらを見るナディーンの、長いまつげに縁取られたその瞳は黒く、唇がきゅっと笑みの形を作っている。
「ふふっ…………ちょろいもんよね」