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其の十一・花祭り

 祭りの日が来た。村は湧いていた。日頃の、特に楽しみもない退屈な田舎の生活を吹き飛ばすように、人々は飲み、食い、歌い、そして笑っていた。


「そーら! あんたたち、受け取りな!」


 今年の花娘役は、村で一番勝気だと若者たちの間で評判の赤毛の娘だった。花冠を被り、ひらひらとした衣装に身を包んで、村の広場の高台から勢いよく花飾りを投げる。

 花祭りの象徴であるその飾りを受け取った娘は、恋が成就し、幸せになれると伝えられていた。村の娘たちはこぞって受け取ろうとするのが毎年繰り広げられる光景で、今年もまた小さな飾りを受け取ろうと、娘たちがてんでに手を伸ばし歓声をあげていた。


 アルーシァは、娘たちから少し離れた木の下に立ち、盛り上がる光景をにこにこと眺めていた。


「アンタは行かねェのか」


 その隣で腕組みしながら、こちらは無愛想に光景を眺めていたラダが言った。


「うん。わたしがあの中に入ったら、本当に欲しい子に飾りが渡る確立、下がっちゃうし」

「なんだそりゃ。なんでここに来て遠慮なんざしてんだ」

「遠慮じゃなくて、なんていえばいいんだろう……こう、お祭りって、準備してる時が一番楽しいっていうか……いざ当日になると、満足して気がぬけちゃうっていうか。みんなが楽しんでるのを見るのが楽しいの」


 アルーシァはそう言うと、ラダのほうを見た。


「ラダさんは、こういうお祭りは? 山の民の人たちって、お祭りしないんですか?」

「定住しない連中だからな。こういうのはやらねぇよ」

「あ、そっか……じゃあこういうお祭り、珍しいんじゃないですか? ここにいないで、参加すればいいのに」

「こう騒がしいのは性に合わねぇ。そもそもアンタの護衛なのに、他所に気ィ取られてちゃ本末転倒だろうがよ」

「あー……」


 アルーシァは考え込んだ後、いいことを思いついたとばかりに笑った。


「じゃあ、わたしがあっちこっち遊びまわります。ラダさん付いて来てください」

「はァ?」

「さあ、まずは美味しいもの食べに行きましょう! 村長の奥さんお手製の香草パイが狙い目なの」


 アルーシァは、渋るラダの背を押して歩き出した。

 本人は否定していたが、村に来てからあきらかに様子が違う。きっと慣れない環境で、ストレスが溜まっているに違いない。ずっと自分について護衛しているのも大変だと思うし、今日は折角の祭りなのだから、息抜きをするべきなのだ。自分が動けば、ラダも動かざるを得ないはず。そう考えたアルーシァは、率先してラダを引っ張りまわす事に決めたのだった。







「当たーりィー!!」


 ずらりと並べられたワラ束の一つに、見事に矢が刺さった。見物していた村人たちも、口々に感嘆の声を上げる。

 ラダはつがえていた弓を台に置いた。


「すごいな兄さん! ほら商品、もっていきな!」


 景品の焼き菓子セットを受け取ったラダは、そのままそれをアルーシァに差し出した。


「ほれ」

「ラダさん凄い!」


 アルーシァは拍手しながら飛び跳ねている。ラダは呆れたように苦笑いした。


「これぐらい当てられなきゃ、山で狩りなんざできねぇだろうが」

「もう一回! もう一回やってください!」

「こっちが見世物になるのは御免だっつの。もうやらねぇ」

「ええー……。じゃあ今度はあれ! あれやりましょう!」

「次は自分でやれよ!」


 見ている方がいいと言ったアルーシァだったが、参加してしまえばやはり楽しかった。なんだかんだ言いながら、ラダもそれなりに楽しんでいるように見える。

 村の住人が手作りで準備してきた素朴な出し物を順番に巡り、酔っ払った村人のひょうきんな仕草に笑い転げる。気づけば半日が経っていた。


「はー……ラダさん、お腹すきませんか?」

「いやオマエ、あんだけ飲み食いしててまだ食う気かよ」

「だって、美味しそうなものが一杯あって……あっ、串焼き! ちょっと買ってきます、待ってて!」


 ラダが制止する間もなく、アルーシァは階段を駆け下りる。と、階段の上に落ちていた濡れ葉を踏みつけ、ズルリとバランスが崩れた。

 あ、落ちる。アルーシァは咄嗟に目を閉じた。


「き…………あれ」

「オマエなぁ」


 いつまで経っても地面に打ち付けられないことに気づき、目を開けた。間一髪で、後ろからラダが体を抱えてくれている。


「あ、あははは。ええと、ありがとうございます」

「礼はいらねぇ。……そのために俺がいるんだろ」


 いつもなら、ここでポイと荷物のように放り出される所だったが、ラダはアルーシァを抱えたままだった。


「……ラダさん?」


 抱えられたまま見上げると、ラダは一つため息をつき、アルーシァをそっと地面に降ろした。


(やっぱり何か変だ)


 アルーシァが言葉を発しようと口を開いたその時、背後の広場でワッと歓声が上がった。


「みんな寄っといでー! 踊り子一座の登場だよ!!」


 思わず振り返ると、広場の中央に、踊り子のきらびやかな衣装を纏った娘が立っていた。

 しなやかな身のこなし、魅惑的な表情。そして、褐色の肌に黒い髪。


「あの人……山の民……?」

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