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其の十・エイムの回想

 私は昔、この国の宮廷医師を務めていた。


 当時の私は……よくある話なんだが、宮廷の面倒な人間関係にウンザリしていてね。精神的に参ってしまって、職を辞して日々を鬱々と送っていた。自分を見つめ直したくて、ひとつところに定住せずに、あちらこちらをフラフラとしていた訳だ。今思えば何とも青臭い話だよ。


 その女性を発見したのも、街から街へと移動していた最中だった。何しろ赤ん坊を抱えて道に倒れ伏しているもんだから、てっきり行き倒れかと思ってね。とにかく近場の村までその女性を運びこんだ。

 赤ん坊は元気だったが、女性はひどく衰弱していて、もう食事も受け付けない状態だった。


 保護して数日後だったかな。彼女は私の手をつかんで“あの石はあの子を守る唯一のものです、あの子から離さないで。あの子を守ってあげて”と言い残して、眠るように亡くなってしまった。

 赤ん坊の首には、赤い石でできた首飾りが……そう、今もあの子が大事にしているあれがかけてあって、試しにそれを外そうとすると、火がついたように泣いて手がつけられなくなった。私はそれを見て直観的に、あまりこの事を人に話すのは良くないんじゃないかと感じ、できるだけ伏せておこうと考えた。


 勿論、こんな風来坊じみた一人身の男に赤ん坊が育てられるものか、とは自分でも思ったよ。本当なら、村で世話してくれそうな人に託すべきなんじゃないのかと。だが、それは亡くなってしまったあの女性の、最後の願いを無碍にする事のように私には感じられて……結局、幼いあの子を連れての旅もできず、そのまま村に腰を据えた。身に付けていた医学知識を使って、村医者としてね。


 それから数年は何も起こらなかった。

 あの子は素直ないい子でとても可愛らしかったし、私に懐いてくれて、不慣れな子育ても楽しかった。村人も暖かく私たちを受け入れてくれた。平穏な暮らしは、宮廷勤めでささくれ立った私の心を癒してくれる気がしていた。あまりに穏やかな毎日だったから……あの女性の最後の言葉は、きっと土着の信仰かなにかに基づいた、ただの強迫観念じみたものだったんだろう、とさえ思うようになっていたんだ。


 そうじゃないと悟ったのは、あの子が――アルが10歳になった頃、私の元に一通の封書が届けられたからだ。


 差し出し人は、私が宮廷勤めをしていた頃の知人だった。

彼は古の遺跡研究を生業とする国仕えの魔道士で、1000年ほど前に滅んだとされる魔道大国を専門に調べていた。

 手紙には、ついに偉大な過去の遺産を解明する手掛かりを掴んだ、という内容が記されていて……ああ、詳しい話は専門的すぎるから置いておくとしようか。ともかく、彼は私に協力を要請してきたんだ。遺跡の地下で発見された、巨大な石門を開くために、”緋石”と呼ばれるものが必要なのだ、それらしいものを見かけたら連絡が欲しいとね。


 私は返事を出さなかった。

 アルの持つ赤い石と、手紙に記された“緋石“というものを結びつけるのは早計だと思った。古語を訳した段階で、たまたまそういう単語に変換されただけで、何かを例えている言葉なのかもしれないと……悪あがきを、気づかないフリをしたんだ。


 知人はその後も、さまざまな人脈や伝手を頼り、緋石の手がかりを探っていたようだった。

 やがて、時おり緋石にまつわる尾ヒレのついた噂話が届くようになった。曰く、その石を発見した者には、富と名誉が転がり込むらしい。曰く、その石を所持しているだけで万病に効果があるらしい……。

 私にできる事は、形見の石を無くさないよう、服の中に大事に仕舞っておくように、とアルに言う事だけだった。






 スープはすっかり冷めてしまっている。

 エイムは伏せていた目を上げ、ラダを見つめた。


「……あの石にそんな効能などないのは、アルを見守ってきた私が一番よく知っている。おそらくは、手がかりの見つからなかった友人が、人の間に噂を流したのだろうと思う。入手した者が現れれば、確実に人の口に上るだろうからね」

「それで勘違いした連中が、アイツの石に血眼になったって事か」

「だろうね。君が派手に追い返した連中だけじゃない。こうなっては、そのうち友人の耳にも伝わるだろう。……君はあの娘を守ると言ったけれど、国を相手にする事になっても、守りとおせると言えるかい?」


 エイムの言葉は静かだった。ラダは琥珀の瞳を細め、ただ、エイムを睨みつけただけだった。






 村に戻ってからのアルーシァの毎日は、目が回るような忙しさだった。すぐ目前に迫った花祭りに向けて、やらねばならない事は山のようにあった。


「ラダさんラダさん、ちょっとここにこれ留めて下さい」


 自分では届かない高さに花飾りを留めようと、アルーシァは小さく飛びはねながらラダを呼んだ。


「ああ? ここか」

「もうちょっと左、あ、そこでいいです」


 あの日以来ラダは、なし崩し的にアルーシァの家の居候となっており、口を開けば常とかわらぬ調子で受け答えをするが、時折何か考え込むようになっていた。

 無造作に花飾りを刺すラダの顔を見上げながら、アルーシァはぽんと手を打った。


「……ラダさん、ひょっとしてホームシック?」

「はぁ?」

「や、だって、なんだか元気ないような気がするから! 山に帰りたくなったんじゃないのかなって」


 ラダに怪訝な声で返され、アルーシァはあわあわと両手を振った。


「俺がそんなヤワな精神構造をしてるように見えんのか」

「……うううん……。じゃあ何か悩み事とか?」

「違ぇよ」

「あっ、掟が延期になっちゃったから、それ気にしてるとか……? それについてはごめんなさいとしか言えないんだけど、えと、あの」

「もうオマエはちょっと静かにしてろっての」


 呆れたように息を吐くラダに、更にアルーシァが言い募ろうとした時、少し離れた道からティギーが声をかけてきた。


「アールー!」

「あっ、ティギー」


 アルーシァの友人は、空になったカゴを下げてスタスタと近寄って来た。アルーシァもティギーに駆け寄る。

 ラダはその場で適当に休憩に入ることにしたらしく、ドサリと腰を下ろして目を閉じてしまった。護衛すると言いながらも、アルーシァが目の届く範囲に居る限りは割と放任だ。


「そっちはどーお」

「うん、もう終わり。ラダさんが手伝ってくれたから」


 頷くアルーシァに、ティギーは意味ありげに微笑み、ぐっと顔を寄せた。


「仲いいわねえ。最初あんたがあの兄さん連れてるの見た時はギョっとしたけど、結構いいじゃん。ちょーっと目つき悪いけど、見た目も悪くないし。出先で男引っかけて帰ってくるなんて、あんたも意外とやるわね~」

「え!? そういうんじゃないよ、ラダさんは……」


 護衛なのだと言いかけて、あわててアルーシァは口をつぐんだ。村に迷惑をかけてはいけないから、この件については黙っていなさい、とエイムに言われていたのを思い出したのだ。


「……ただの居候だよ」


 えへへへ、と不自然に笑ってごまかすアルーシァに、ティギーは口を尖らせた。


「なにそれ。……まああんたが言いたくないっていうなら無理には聞かないわよ。ねえそれより聞いた? 花祭りに踊り子一座が来てくれるんだって!」

「踊り子一座?」

「やだ、知らないの? あっちこっちの街で大人気らしいわよ。すんごい華やかで綺麗なんだって!」

「そうなんだ……でも、そんなすごい一座がよくこんな田舎に来てくれるね」

「道中にちょうどこの村があるから、休憩かねて寄ってくれるんだってさ。ま、村長がかなり頑張ったみたいだけど」

「あはは、村長そういうの大好きだもんね」


 ひとしきり賑やかに話した後、しまった仕事が残ってたんだった、とティギーは去って行った。


 村を挙げての花祭りは数日後に迫っていた。

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