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7.お祈りポイントはこの瞬間

「………………どうして、こんなところに私の名が……」


 見間違いかもしれないと何度も目を(こす)り、サングラスを外して、つけ直しては確かめた。

 レンズ越しにしか文字が見えないため、掛け直すたび文字が浮かび出てくる。どうなっているんだ。

 サングラスには魔導も魔力も感じない。どこにでも売られているような、愉快なグラスにしか見えないのに。おばばの言う通り、謎の力が宿っているのは間違いないようだ。

 本に残されている名前はもしかしたら、同じ名前の、赤の他人を示しているのかもしれない。

 今日初めて手にした、水中に沈む遺跡の奥深くに仕舞われていた魔導書だ。……おばばたちの悪戯にしてはタチが悪すぎるし、今この場に現れないことが想像を否定する。

 ……王子はなんと言ってこれを私に押し付けただろうか。

 高度過ぎて読めないから、任せたと言わんばかりに渡されたはずだ。


 王子はこの表紙の件を知っている……?


 『名』を明らかにし、本質を知る能力を持っている人で、私の名が記された本だ。今回の『プランD』とやらに、私が必要だと言うのはこれの所為(せい)

 理解の及ばぬ出来事の繋がりが、ゾッと悪寒を走らせた。


 しかし、不気味なのはこれだけではない。


 『誰か』『どうか』『お前が』『王子を』と、何度も書かれ消されている。打ち消し線の下に残っている文字が見えているから言葉を拾える。その近くに追加で書き足されては、また消してを繰り返しているようだった。

 他にも……、『止めてくれ』『助けてくれ』『なんとかしてくれ』『どうにかしてくれ』『やめてくれ』『終わらせてくれ』『どうしたら』、などという言葉が同様に書かれては消されている。

 ぐちゃぐちゃの文字たちの中で、打ち消し線がついていないセンテンスが一組あった。


 『お前が』『王子を』『殺してくれ』


 もし啓示というものがあるのなら、こうして無慈悲に突き付けられるのか。

 歎願(たんがん)みたいな言葉の並びに、ははっと乾いた笑いがこぼれる。


「…………なんでこんな場所でも、バカみたいなことを私に頼むんだ……?」


 昨日のおばばの言葉と、初期装備の呪いの短剣が心に重く圧し掛かる。

 師匠たちだけでない。一体どこの誰が王子を止めろと望むのだ。

 見覚えがある筆跡に考えがまとまらない。

 だってこんなこと、全くあり得ないことだからだ。


 何故お前(・・)が、()に頼むのか────────。


「全く、意味が分からない……」


 容量超過(キャパオーバー)な心に頭を抱えていると、低い声が肩を叩いた。


「あの、魔導士さん」

「っぎゃぁぁあああぁぁぁああぁああぁぁぁ!!?」


 不意の攻撃だった。

 赤ゲージだった気力と胆力が限界を超えた。最期の抵抗と言わんばかりに一生出ることもなかった大声が上がり、全身が驚きで飛び跳ねる。

 人体って驚くと、強力な蠕動(ぜんどう)運動をするんだなぁ。そんな冷静なツッコミが自分の中でなされる。

 何がどうなってるのか、視界に映る景色が反転すると痛さが来て何も見えなくなった。

 どうやら私は、ここまでらしい。


 ────YOU DEAD────


 盛大な雄叫びを上げ、ひとり転倒した魔導士が動かない。

 声を掛けた人物は困惑した。




 *****




「────はっ! ……まだ生きてる?」


 全身の痛みで目が覚めた。寝床が硬い所為(せい)か。

 空は高く、青々とした緑の香りがする。

 そこに空腹を刺激する匂いが追加された。


「ごきげんよう、魔導士さん。すっごい声が出るんですね。わたしのところまで聞こえるものですから、びっくりしましたよ」


 視界の上から現れたのは、昨日から一緒にいる王子だった。 

 細く柔らかそうなブロンドを揺らし、いつでも明るい少年の顔が大きく(ほころ)んだ。


「…………王子」

「昨日も今日もずっと、いろありましたもんね。とりあえずこの水をどうぞ。ちょうど食事も出来たんですよ」


 (はい)を渡される。身体を起こし、王子が手渡してくれた水を飲んだ。

 口に入るには冷たすぎず、透き通る甘さが口内に広がる。

 ただの水でもこんなに美味しいなんて────、そんな単純なことに心が満ちてしまう。

 全身の痛みも引くような安心感に、深く呼吸をした。


「お腹も空きましたよね。これ、どうぞ」


 小さな手に、串に刺さった肉を差し出された。

 じゅうじゅうと音を立てながら肉汁が弾け、食べごろと言わんばかりに空っ腹を刺激してくる。

 日の傾きからして、正午はとっくに過ぎているだろうか。昼食を取るには遅すぎて、夕食を取るには早い時間に思えた。


「……何から何まで、ありがとうございます」

「お構いなく」


 今朝は早くから鉄鋼産業が盛んな街イヤヌアオリスに行き、古都ヘカントバイオーンでリコフォスの遺跡を探索した。

 エラペ・ボリオンで買い物を済ませ、その次に────女神信仰の街ピュアネプシオンでドラゴンの襲来を目撃し、逃げるようにセプテンブリオンという小さな村へとやって来た。

 空はまだ青く、風がふわり村へと降りていく。

 この旅は明日に終わりを迎え、世界は平穏を取り戻す。

 なにひとつ、実感の湧かない旅だ。


「魔導士さんはこういう『ザ・男の料理』ってお好きですよね。わたしにはなにが男で、なにを女の料理と呼ぶのか全然区別が付きませんが」

「工数の過多を比べた時に、少ない工数で出来る料理を『男の料理』と言うんじゃないでしょうか。こんなことで男女を比べるなんてことはナンセンスだと思いますけどね。誰が料理しようと掛ける手間暇は同じなのですから。味が違うと感じるのはきっと、その時過ごす相手との関係に比例するだけでしょう」


 確かにそうかもしれない。

 雑に手抜きをしても味の濃さでうまいと錯覚させる料理を、『男の料理』と呼ぶのではと私は思っていた。

 王子との会話を聞きながら、熱を発する串焼きに口を付ける。これは昨日用意してくれた食材なのだろうか。じんわりと肉の脂が(あふ)れ、(かじ)れば鮮度の良い弾力が柔らかく千切れていく。A5ランクとかの滅多にありつけない、高級な肉だろう。いや、絶対そう。買ったことも食べたこともないけれど。

 塩とハーブ、もしくはスパイスだろうか。控えめな味付けながら、肉本来のうまみを引き出すように出来ている。非常に美味。

 たまに家で食べる野生動物の肉(ジビエ)とは大違いの、触感と旨さだ。


「先ほどはすみません。お考え中だったのに気付かず、大層驚かせてしまいました」

「あ、いえ……、そんな別に。没頭すると他の事が見えなくなる性質でして……」


 私の隣に座る、紳士的で大柄な男性が丁寧に謝罪をした。

 立派な体躯(たいく)をしており、身体つきは私のニ、三倍はあるだろうか。ブラウンの髪に、優しいグリーンの瞳が微笑み皺が深く刻まれる。背中に大きな剣を担いでおり、さぞ立派な剣士なのだろうと思わせた。

 謝罪の理由は思い当たらず、こんな大きな人は一体────、


「──って、どちら様!?」

「どちら様って……、魔導士さんを介抱して下さった方ですよ。顔も見ずに大声を上げたんですか?」


 隣に座る王子はツボだったのかケラケラと笑い声を上げ、私の背中を叩いた。


「お初にお目に掛かります。わたくしのことはロスと呼び下さい。外から人が来たのが見えたものですから、声を掛けに来ました。とんがり帽子に長い髪、立派な身なりをされていたので、それなりの格をお持ちの魔導士なのだろうと思いまして」

「立派なのは見てくれだけです……。無名の魔導士をしています。私の名は────」


 バラバラと足元に転がしていた荷物と、私の名が記された魔導書の行方を思い出す。……王子は笑いがまだ引かないようで、自分の腹を抱えていた。

 慌てて周囲を見回すと、整理整頓され荷物が並べてある場所を、新たな登場人物が手で指し示してくれた。


「お荷物はこちらに。てっきりお店を開いているのかと思って声を掛けたのですが、違ったのですね。殿下とお出かけをされていたとは露知らず、失礼をいたしました」


 鞄から取り出した荷物の数々の上に、サングラスと魔導書が添えてある。

 手で触れても、不吉な文字の痕跡はどこにもない。

 サングラスがなければ、これはただの本のままで居てくれるだろうか。──けれども確かめたい衝動が、その思いを打ち消す。


「……王子、これは一体なんの本なのでしょうか」

「何って、今日一緒に回収しに行った魔導書でしょう? 魔導士さんは今朝の事も忘れてしまったんですか」

「……もしかして打ち所が悪かったのでしょうか」


 楽しげな王子は私が落とした串焼きを拾い、無遠慮にくっついた草や土を払っていた。


「そうではなくて……。ここに書いてあるものですよ」

「魔導書の解読はちょっと……。ロスは分かりますか?」

「いえ、わたくしにも何も……。魔導書なのですか、それは? 魔力すら感じませんが」

「────あなたにも魔導の心得が?」


 ロス氏と親し気に会話する王子の二人が、こちらを見た。


「彼はトゥリアンダフィリの魔法剣士で、パンセレノス城で仕えていた剣士のひとりです。昔はわたしもよくお世話になっていました」

「殿下はお小さい頃から剣の扱いがお上手で、わたくしなどに教えられることなどありませんでしたね。もっと大きくなって身体つきが良くなりましたら、さぞ名のある剣士になれることでしょう。将来が楽しみです」


 王子と貴官。話題が二人の事に移ると、私はなぜここに居るのだろうと、どうしようもない問いが浮かぶ。

 腕の立つ魔法剣士ではなく、何故無名の魔導士である私が王子を────、殺せと頼まれるのだろう。


 私たちが昨日今日の短い付き合いだから?

 無名の魔導士は、引きこもりで社会性ゼロだから?

 私が手を汚しても(王子が消えても)、世界には関係のないことだから──?


 ずっとひとりでいいと思っていた。だから無名の魔導士をやり、深い森の奥で研究に打ち込んでいたのだ。

 なのに急に世界から疎外されてしまうと、────己のちっぽけな存在が急に惜しくなる。

 こんな理不尽のために、ここまでついて来た訳じゃない。

 サングラスのことを聞くのも馬鹿らしくなり、確かめたかった質問たちが消える。


「どうかされましたか、魔導士さん?」


 いつの間にか王子が目の前にやって来た。彼は私がおばばから殺せと命じられたことを知っている。それなのに、なぜ無警戒でこんな傍にやってくるのだろう。

 おばばだけでなくこの本にも、────王子が求めた本にも、あなたを殺せと記されているのに。


「今夜お泊りになる場所が決まっていないのであれば、わたくしたちの村に来ませんか? お二人が泊るくらいの場所はありますし、外からのお客さまは大歓迎ですから」

「ありがとうございます、ロス。久し振りにあなたと話せて楽しかったです。ですが村に泊まるのはまた次の機会にします。今夜はまだ他にも予定があるので」


 ふらふらと覚束ない気持ちを捕まえるように、王子がこちらの手を取った。

 新たな登場人物には、道中何度も使った同じような断り文句。

 先を急ぐ王子は、知己(ちき)の手を借りないらしい。


「食事の用意もありがとうございます。久し振りにあなたの手料理が食べられてわたしは満足です。どうか奥方とお子さんたちによろしくお伝えください」

「──────、そうでしたか。分かりました。足止めをしてしまい申し訳ありません。道中お気をつけて」


 名持ちの魔法剣士は立つと私の頭ひとつ分、見上げるような大男だった。

 丁寧な礼をし村へ戻ろうとするも、足はすぐに止まり振り返る。


「わたくしのところに子どもはまだ『ひとり』しかいませんよ、王子。幸先の良い知らせをありがとうございます。では」


 一塵(いちじん)の風が、日の落ちる空の冷たさを運ぶ。団欒(だんらん)の為に用意されていた火も勢いを失い、この場にあった明かるさが小さくなっていく。


「また、余計なことを言ってしまいました。どこまで口にしていいことだったか、たまに分からなくなってしまう時があるんですよね」


 私の傍を離れ食べ残しの食事を紙に包むと、火の始末を王子がする。


「わたしがその本で必要なことは、魔王の元へ転移するための合言葉。それ以外のことは必要ありません。もしなにか魔導士さんが気になることがあれば、そのままあなたが手にしていればいい。それの持ち主はとっくの昔に亡くなっていますからね」


 子どもに後始末をさせ、私は呆然としてばかりだなんて。────何をしているんだ。

 だが考えに反し、身体は重く動けない。


「そこになにが書いてあるのか分かりませんが、あまり良くない話なのでしょう。わたしには言えないような、ね」


 全てをお見通しと言わんばかりに、王子はこちらを見てウィンクした。

 ────高貴で重大な使命をお持ちの方は、こんなことくらいで動じないらしい。

 身体から力が抜け落ちた。

 

「……この王子、出来過ぎてないか……?」

「それって褒めて下さってるんですよね? あははっ、ありがとうございます」


 無礼極まりない発言を笑って流す王子に、働かなくなっていた思考がやっと動き出す。 

 軽やかな気遣いに、無駄のない行動。王子の十倍は長生きしている私と違い、突然の悲劇にも動じないもしない彼は、小さな背で始末の終えた火の跡を踏みつけた。

 最初に到着した小高い丘の上、夜の支度を始める村を王子は見下ろしている。


「その魔導書が読めないのであれば、無理はしなくて大丈夫ですよ。他にも手立てはありますから。ご心配なさらないで下さい。もう充分過ぎるほど、あなたはやってくれましたので」

「…………足役として、ですか?」

「わたしの旅のお供としてですよ。ひとりでは何をしても味気ないですからね。どんな理由であれこんな短い時間でも、親しんでくれる人がいると安心します。ここに居るのがわたしひとりではないと思わせてくれた。それでわたしは充分です」

「大げさな……。たった二日同行しただけじゃないですか」

「たった二日かもしれませんが、この旅路ではもう終盤です。この二日、お疲れさまでした」


 終わりを労うように、もう一度水の入った杯を差し出された。

 手に取ると、揺蕩(たゆた)う水面は縁にぶつかり手にしぶきが掛かった。

 昨日は使ってない杯だ。

 水を飲むだけにしては立派すぎる装飾の施された──、鈍く光る金属製の器に気付く。


「……さっきの水って、まさか──────」

「えぇ。さっきも回復なさったでしょう? 効果は抜群なんです」


 大惨事が起こった街ピュアネプシオンにて、混乱に乗じて拝借した聖杯だった。


「────っほ、本当に何を考えているんですか!? 借りただけじゃなくて、水を飲むために使うなんて……! 罰当たりな!!」


 持つ手が震え、ばしゃばしゃと水がこぼれ手に掛かる。

 ある人たちにとって大切に(まつ)られているものを、日用品のごとく安易に使おうだなんてこと────。私だったら絶対にしない。女神信仰者ではないが、それくらいの分別はある。


(さかずき)とは本来飲むために使用するものでしょう? それが普段神殿で飾られているからと言って、人が使ってはいけないなんてこと」

「ダメに決まっているでしょう……? あなたの宗教倫理はどうなってるんですか……。あぁ……、どうするんですか、これ。返すにしても口を付けてしまったじゃないですか。私のDNAでも検出されたら、一生ピュアネプシオンを出禁になるでしょうねぇ。今後女神信仰者に目を付けられるかもしれないじゃないですか。目が合った瞬間、あの聖騎士に襲われてもいいんですか!?」


 今日会った、猛禽の眼差しを持つルラキの聖騎士を思い出す。

 あの鋭い眼差しは一生忘れられそうにない。きっと願ってもないのに夢にだって出て来るだろう。身震いをした。

 ……だがあの街はいま、どうなったのだろう。あまり考えたくない現実に、怖かった彼女の安否を気にしてしまう。


「その時はわたしも一緒に謝りに行きます。もともと持ち出そうとしたのはわたしのせいですから」

「当たり前でしょう……? 行かないなんて言っても地獄の果てでも追いかけて、引き()り回してでも連れて行きますから」


 嫌味たっぷりに伝えた返事が普通過ぎる。出来得る限りの怒りを込め決意を示すと、王子は笑うばかりだった。

 手に(こぼ)した中身のおかげか、荒んだ気力がみるみる回復していく。効果が絶大。無理やり怒りも不安も正常化されていき、()る瀬も無い。

 まだ残る中身を捨て、聖杯を服で拭った。


「あははっ。なら、どこまで探しに来てくれるのか、逃げ回るのも一興ですね」

「『一興ですね♪』じゃないですよ。どいつもこいつも、私の事をなんだと思っているんだか……」

「……そんな可愛らしい言い方はしてないです」


 王子の抗議を背に、空っぽの鞄に聖杯と整頓された荷物を詰める。回復系道具の他、使用済みの魔導書にキャンプ道具一式。防寒具に雨具、予備の防具関係。地図にコンパス、筆記用具に非常食などなどエトセトラエトセトラ。

 よくもまぁ、こんなに用意してくれたものだ。

 バカみたいに陽気なサングラスが、最後に残る。


「今夜はデフテラの森でキャンプでも張りましょうか。そしたら魔導士さんは明日は帰りが楽でしょう? 魔導書のこともウトピア様が教えてくれるか分かりませんが、何かヒントが得られるかもしれません」

「……他に何か予定があったのでは?」

「魔導書の解読が残っています。なので魔導士さんが集中できる場所へ行きましょう。どこに行きましょうか」


 他の荷物を全て片付け、もう一度サングラスをかけた。

 魔導書の表紙には、残念ながら『お前が』『王子を』『殺してくれ』とまだ記されていた。私の名と一緒に、────私の筆跡(・・・・)で。

 この角ばった筆跡を見間違えるはずもない。読めるけど癖が強いとよく言われ、論文に名を書き忘れてもすぐに私だと分かってくれる人もいるくらい特徴的な字だ。

 書いた記憶なんてない。ましてそんな非情なことを記さなきゃいけないなんて、


「あはははははっ! そのサングラス掛けたんですね。すっごくお似合いですよ、魔導士さん!」


 爆笑する王子の声がすぐ近くで聞こえた。……どうやら片付けも終わり、片付けにもたつく私を見に来たらしい。


「あーはいはい、さぞかし面白いことでしょうね。私だってこんなの、似合うなんて微塵(みじん)も思ってないですよ」


 適当にあしらいながら、鞄を肩に掛け移動できるよう杖を携える。

 振り返ると真っ黒だった。


「そんなこと……、ないですよっ! あははっ。なら、わたしも付けてみるので、それを貸してください。そうしたらおあいこでしょ?」


 すぐ傍から王子の声はするが、闇が広がり何も見えない。杖も手にした本もある。自分の身体も見える。

 振り返ると暗くなる森はあるけど、正面は黒一色の空間が広がるばかりだった。

 そこだけが全て消え失せてしまったかのように、何も見えない。

 手を伸ばすけど、伸ばした先から闇に消えるため思わず引っ込めた。


「…………なんだ、これ」

「どうしました魔導士さん?」


 サングラスをずらすと、橙色に染まる空と暗くなっていく森が広がり、正面に王子がいた。

 大笑いも落ち着き、固まる私を不思議そうに見上げていた。


「……このサングラス、不良品ですかね……。さっきから、変なものばかり見えるんです」

「あぁ、欠陥ですね。昨日の夜に言ったじゃないですか。わたしと同じ。サングラスにもどうしてか欠陥が生じたと」


 私の手から星形の陽気なサングラスを奪うと、王子はそれを掛けた。


「どうですか、似合いますか? ピンクもいいですが、ブルー系の方ががわたしは好みですね。イヤヌアオリスでもう一本買っておけば良かったな。そしたら二人でお揃いで掛けられたのに」


 大人用のパリピサングラスをかけても、王子にはよく馴染んでいる。私にはよく分からないポーズを決めていても、王子らしい恰好をしていても、最初から彼のために(あつら)えられたかのような似合いっぷりだ。


「わたしにはこれを掛けても、その欠陥がどんなものか分かりません。魔導士さんには何が見えましたか。わたしがどう見えましたか? 今までずっと隣でわたしを観察してきて、あなたはどんな結論を出したのでしょうか」


 歌い踊るように、軽やかに問う声は正面から私を見据える。笑顔ばかり見せる王子は今も穏やかに微笑む。

 先程見た、闇ばかりの光景を思い出す。謎の力を使ってばかりの王子を、身近な人たちが心配していた。大魔導士たちもあのサングラスをつけたがため、王子に対しある結論を出した。


「もしかしたら、わたしこそが諸悪の根源かもしれない。……そう思いましたか?」


 まさかこの時のために、誰かが魔導書に記したのだろうか。記憶にない私の意志が。────そんなの、非現実的だ。いつどこで、どうやって成したのか、トリックすら思いつかないのに。

 王子という存在は知っていたが、話したのは昨日が初めてなのに。どうして、──あんな結論が出せようか。

 それにたった二日だ。一日半くらいしか一緒にいないのに、結論もなにも出る訳ない。

 私の十分の一も生きてないはずの、私の胸の高さほどの小さな王子は布告した。


「だとしてもわたしの行動を止めさせません、テロス(・・・)。終わりを冠する魔導士さん。────あなたの旅はここまでです」


 私の名を呼ぶ王子は、『終わり』を告げた。


Tips:お祈りポイント

難所や運が絡むポイントで、成功を願うこと。

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