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5.速さのためなら君も連れていく

「おはようございます魔導士さん。今日の予定も決まっています。また指示を出して行きますので、よろしくお願いします」


 小さな手を繋ぐと、昔世話を焼いてくれた小さな村の子たちのことを思い出した。

 昨日の続きだ。甲斐甲斐しく子どもに世話を焼かれる情けない大人の出来上がり。

 愛らしい笑顔で挨拶されたのも束の間、今日も今日とて訳の分からぬ波乱に満ちた工程(こうてい)辿(たど)るのだった。


「明日にはこのパーティは解散ですから、あと一日だけ、どうか頑張って付いて来て下さいね」

「──分かりました」

「ここは人が多いので、はぐれないで行きましょう」


 日も出る前から王子の指示に従い、とある街に転移する。

 ここは王都から北北西に位置するイヤヌアオリス。高山地帯で鉄鋼産業が有名なこの街は、世に出回る名器や武器の類を多く排出している。

 往来に人が賑わい、両端に並ぶ店先から鍛冶の音と活気と喧騒がぶつかり合う。大きな音に眩暈(めまい)がするようだ。


「鍛冶屋を借りたら、この街には用がなくなります。大きな音が大変だと思いますが、しばしの辛抱です」


 新しく武器を調達するつもりなのだろう。昨日も意味不明な酷使のされ方をした剣は刃毀(はこぼ)れし、見るも無残な姿になってしまった。

 次にそんな姿になるのは私か? 悪い予想を追い払うと、あるものが並んでいるのが目についた。 


「……王子、あそこ────ッ」


 ドンと衝撃が走り、息苦しさによろめきながら尻もちをついた。鳩尾(みぞおち)がやたらと痛い。────手を繋いでいた王子を抱え、わずかでも彼を守ろうと切り替える。


「どこ見て歩いてんだよウスノロ!」

「あっいやっ……、すみません!」


 ツヤのない赤髪を編んだ少年が目に入った。よく焼けた肌に、負けん気の強い深緑色の瞳がこちらを見下ろしている。喧嘩しても勝てなさそうな両腕の太さが目に入ったので、そのまま視線を泳がせた。

 よそ見をした瞬間の出来事だっただけに不注意が気まずい。彼に(とが)められようとも王子だけはと思い、荷物と一緒に(かば)った。

 トラブルかと周囲が足を止めてくれると、舌打ちしながら少年は去って行く。


「……魔導士さん、お怪我はないですか?」

「平気です。ぶつかっただけなので……。王子は?」

「わたしは問題ありません。お手をどうぞ」


 往来で尻もちをつくなんて目立つのに、小さな子にまで心配されて恥ずかし……。

 王子の手は借りず、失態を誤魔化(ごまか)すように埃を払い立ち上がると、周囲の人たちまで声をかけてくれた。


「大丈夫かあんちゃん?」

「ついてなかったねー。ぼさっと歩いてちゃダメだよ」

「この辺じゃ見ない顔だ。もしかして街に来たばかりか」

「だったら貴重品を確認しな。あれはポルトカリーの盗人一味だ。警備兵に知らせた方がいいかもしれないぞ」


 慌てて持ち物を確かめようとすると、王子が衆目の前に立った。


「皆さん、ご心配下さりありがとうございます。盗まれて困るようなものは持っていませんのでどうかお気遣いなく。さ、魔導士さん。行きましょう」


 杖や装備品に変わったところはなく、大事なものはおそらく鞄の中。

 凶器以外の私物は持っていなかったし、旅費の類も渡された荷物にあるのだろう。昨日は買い物なんかしていないから、王子のみぞ知ることだ。

 仮に盗まれていても、取り返す術がないかもしれない。────運び役としてもお粗末な結果に、嫌気がさしてくる。


「……早速の足手まとい、誠に申し訳ありません」

「いいんですよ。たとえ金品を取られても今のわたしたちには必要ありませんし、誰かの生活の糧になるのなら有効活用してもらえるだけありがたいことです」


 盗みを肯定することは出来ないけれど、慰めの言葉にはぁと心のもやごと出てきてしまう。


「あまり落ち込まないでください。彼女も止むに止まれぬ事情があるのですし、わたしたちが力になれることは多くありませんから」

「………………彼女?」


 ぱっと見、男児にしか見えなかった。──しっかりとした体付きから、王子よりは年上かもしれないが、女性と判断は出来なかった。


「彼女はこの辺りで有名な盗賊団の首領──、になる方です」

「えぇ……? そんなヤバい人だったんですか?」

「義に厚く腕も立つ方です。争いにならなくて良かったですね」

「もしかして、一目見れば相手のことが分かるんですか?」


 本質が分かるという話だったけれど、未来を知ることが出来るのか。


「えぇ。そう思ってもらっても構いません」


 過去のことは知り得ないのに。


 便宜上"過去"、"現在"、"未来"と時間は切り離されて形容されるが、切っても切り離せぬ関係だけに三つの時間は同一の存在でもある。

 常に存在するのは"現在"だが、出来事を"過去"と呼び、これから起こるであろう不確定な予想を"未来"と呼ぶ。比較することで生じる関係に、その未来を確定させるだけの『知』とは一体何なのだろう。

 予言だって、複数未来のうちの可能性を示すものに過ぎないのに。

 

「……もしかして、王子は未来にも干渉出来るんですか?」

「いいえ。これから起こりうる事象を知っているだけで、わたしはそこまで万能ではありません」

「でもそれって……、確定された未来が分かるということですか?」


 もしそうなら、────私の実験に協力して欲しい~っ! 広がる未来予想図に鼻息が荒くなった。


「『全知の能力』でありとあらゆる可能性を見出すことが出来るのなら、実験途中のあれやこれ過去に諦めたあれやこれももしかしたら可能になるってことですか?! たとえば王子、木精霊ドリュアスはご存知ですか? 異性を誘惑するため催眠効果のある花粉を飛ばしますが、ドリュアスがその場から消えない限り効果が永続的に続きます。普段は森の中にいるので基本は遭遇しないよう対策をして望みますが、たまに人里まで降りてきてしまい災害レベルで被害が発生することがあるんです。群れで雌雄が混在すると、人間だけでなく動植物にも被害が及ぶんで危険なんですよ。その花粉について以前研究していたのですが、ドリュアスの捕獲はなかなか難しくて、せめてなにかしらのヒントがあればと思っていたんです。王子の能力があれば! 捕獲せずともドリュアスの知られざる本質を明かし──」

「っぷ、あははっ。────すっ、みません、魔導士さん。……話の勢いが凄過ぎて、内容が全然っ、入ってきません……っ」


 王子が吹き出すと、血の気が引き冷静になった。新たな可能性に夢中になりすぎて、一気に話しすぎた。しかも早口で。端から見ればキモイことこの上ない。

 昔から人に笑われる、悪癖だ。

 なんとか笑いを抑えようと歩みがゆっくりになる王子は、小さな身体を震えさせている。なんとか落ち着こうと腕に顔を埋める姿に、気まずさマックス。

 近所の村の子なら、大爆笑しながら何度も同じことを繰り返させるだろう。

 同じことなんて何度も出来ないし、自分の間抜けさを思い知らされるため、非常に苦手なリクエスト(時間)だ。


「…………………………すみません、王子」

「だ、……大丈夫です。────はぁ、さすがですね魔導士さんは」


 徐々に落ち着いていく王子は歩みを再開させ、上気した頬を冷静さに変えていった。


「……わたしが思うに、本質とは個に与えられた使命のことです。使命を行使することは、未来を確定すると同定義になる。────使命を果たせれば思い描く未来を掴むことも可能だと、そう考えています」


 村のちびっことはまるで違う……。良心的な王子の対応に、こっそり手を組み女神に感謝した。

 なんてよく出来た王子なのでしょう。村の元気っ子たちとは大違い。

 周囲の騒がしさが戻り、往来を歩きながら王子と話す。


「なんと素晴らしい……。私もその能力が欲しいです」

「くすっ、魔導士さんならそう仰ると思いました。魔導士さんが行っていた魔力を抽出する実験のように、わたしからこの欠陥的能力を分離させることも可能だと思いますか?」

「王子はどう思います? そもそも王子の欠陥を捕捉も出来てないので、理論上可能かどうかもよくわかっていませんが」

「魔導士さんのご活躍、期待しています」


 助言をくれる訳でも、知っていることを教えてくれる訳でもなく、王子はにこにこと愛らしい笑顔を浮かべた。


「……それだけですか?」

「こんな旅に同行しようと決めた魔導士さんですから。わたしは頼りにしてますし、期待もしていますよ」

「せめて可能か不可能かなど……、王子が知っていることをなにか教えてくれませんか?」

「わたしの能力を欠陥と呼ぶなら、この力を過信するのは危ないのではないでしょうか」


 最もだ。────王子を止めろと頼まれていたのを忘れていた。


「すみません……。使えるものは使ってみたいし、確かめれらることがあるなら確かめたい性分なので」

「研究者あるあるですね。ですが魔導士さんのような方は、地道に研究なされることで、予想外の発見をされる性質(たち)かとお見受けいたします」


 王子って、もしかして占いも趣味?

 星の配置や手相人相、カードの配置などから個人の能力を読み解き、予知を授け、助言を与えてくれるかのようだ。

 もしかしたらこの王子、カウンセリングとか得意かもしれない。


「さて、目的地に着きました。すぐに用事は終わります。次の転移先は西に行った古都ヘカトンバイオーンです。準備をお願いしますね」


 ある(さび)れた鍛冶屋の前に来ると、王子の指示が飛ぶ。老人がひとり、金槌を振り上げ何かを打ち続けているのが見えた。

 杖を握りしめると、王子が振り返る。


「……そういえば先ほど、往来で何を言いかけたんですか? ここでの用事が終わればすぐに移動しますから、ご用があれば少し待つことも出来ますが」

「えっと……? ────あぁ、たいした話じゃありません。こんな街でも星型のサングラスがたくさん売られていたので、驚いたな〜って……」


 まさかパリピサングラスが、全国展開してるなんて思わなかっただけのこと。

 たいした理由じゃないだけに、ぶつかった衝撃で忘れていたくらいだ。


「王都だけでなく、こんな高山地帯にもパリピはいるんですね。それともどこかの業者が(おろ)しているんでしょうか〜」

「ははっ──。そんなに気になるならおかけになればいいのに」


 くだらない話に呆れたのか、王子は背を見せ該当の鍛冶屋へ向かった。

 もしかして──、私は遠出にはしゃいでる?

 王子は粛々(しゅくしゅく)と目的のために行動しているのに、弾丸ツアーの忙しなさのせいか、余計なことばかり頭に浮かんでしまう。

 王子の問題についてちっとも考られてなくない……?

 社不、ここに極まれり。


「頭を抱えて髪を振り回されるなんて、どうされました? 気付け薬ならありますよ」

「……お気遣いありがとうございます。もう用事は済んだんですか?」


 別に錯乱(さくらん)した訳ではない。情けない自分がいやになっただけのこと。

 乱した髪を手で()きながら、王子が手にしている剣を見た。


「新調したんですか? 昨日から変わっていないような……?」


 もしかして、子どもだから買いものをさせて貰えなかったのだろうか。

 ヘッドバンギングしている場合じゃなかった。


「ここでやるべきことは済みました。魔導士さんのご準備が整ったら出発しましょう。明るいうちに全てを終わらせたいので」

「……さすがにそんなボロでは。文句でも言ってきましょうか」

「必要なものは手に入れましたから、ご心配に及びません。時間もないので特になければ次へ行きましょう」


 自信ありげな王子に、渋々自分を納得させる。

 座る位置が変わった鍛冶屋を観察した。────金槌を叩きつける音が再演されると、鋭い眼光がこちらを(にら)んだ。腕っぷしでは敵わなそう。

 私は魔導士ですからね。(こぶし)が駄目でも”(魔力)”がある。────何か問題でもあったら、後ここへ戻って特大呪文でもぶち込んでやろう。出来もしない想像で、鍛冶屋から目を逸らした。

 次の目的地古都ヘカトンバイオーンまでの術式を描き、杖を構える。


「結果はこの後すぐご覧に入れますので、楽しみにしていて下さい」


 転移の為に王子が術式の中に入り、私のローブを掴んだ。王子の小さな背を支え、二人でヘカントバイオーンへと飛んだ。

 この後、死ぬほどビビることになるなんて、この時の私は考えもしなかった。




 *****




 先ほどいたイヤヌアオリスから、さらに北へ来た。古都ヘカントバイオーンは、水と遺跡の街だ。

 街の半分が沈み、透き通った水の中から過去の栄光たちがこちらを見上げている。

 沈むこの都で生活をする人は多い。方々から集まる調査隊の姿もいくらか見えるが、イヤヌアオリスに比べれば静かなもの。子どもたちの駆けまわる音が水面と遺跡を反響して、寂寥(せきりょう)が降り注ぐ。


「リコフォスの遺跡をご存知ですか? あの最奥に封じられた魔導書を取りに行きます」

「もしかして────、デフテロレプトの禁じられた魔導書ですか?」


 リコフォスとは今いる場所から見える、水面から出ている遺跡の頭の部分がそうだ。水の上を渡る人が方々の遺跡に向かっているが、リコフォスだけは観光客向けに一部解放されてもいる。

 ヘカントバイオーンの中でも最も大きく、名高い遺跡だ。


「そうです。楽しみになりましたか?」

「魔導の始祖デフテロレプトが作ったあの研究施設(リコファスの遺跡)で、多くの法則と魔導が編み出されました。……再現性が低く、危険極まりない術だけを編纂したものが、デフテロレプトの禁じられた魔導書だとか……」


 魔導に関われば誰もが彼の名を知る。偉大なる魔導士の始まりであり、六大魔導士の師でもある。

 不老長寿の(わざ)も彼が編み出した。リコフォスで解放されている広間は、魔導士見習いから卒業する者たちが授かるのだ。

 だから一度ここへは来たことがある。

 だが、魔導書については師匠もただの妄言だと笑い飛ばしていたので、遠く忘れていた記憶でもあった。


「何人もの人があの遺跡をすでに調べていますけど、……本当にあるんですか、禁書なんて」

「ありますよ。魔王を生み出したのもデフテロレプトですから。魔王を倒すために彼の研究書が必要なのです。──すみませんが魔導士さん、水上歩行の魔法をかけてくれますか?」


 え? そうなの?

 天災のように、生まれる前から当たり前に存在しただけに、──まして彼の弟子たちは何も言ってないだけに、高揚は混乱に変質した。

 さらりとした王子を見るが、彼は変わらず落ち着いている。

 この話、長年魔導に関わってきただけに、容易に受け入れられそうにない。

 デフテロレプトが魔王を生み出した?? 憧れの魔導の始祖が、なぜそんなことを────。


「……魔導士さん、ショックを受けている場合ではありませんよ。始まりの厄災は大魔導士様たちとわたしの祖先、他多くの者たちによる協力の(もと)無事に打ち果たしました。──王家の血を引くたるわたしと、デフテロレプトの孫弟子のあなたが選ばれたのは、きっと無関係ではなかったと思うのです」

「……ですが、おばばたちはなにも……」


 師匠はいつもそうだ。大事なことは教えてくれない。

 今回の同行の件も、王子のバグを見つけた経緯も、魔王が生まれた話も、大事なことは一から説明してくれない。

 柔軟性に欠ける、当たって砕けろとおばばはよく言うが、石橋は叩いて渡るものだろう。

 自分が落ちるだけでは済まされず、後々まで広く与える影響を与えることもあるのだ。慎重に事態は進めるべきで、ありとあらゆる可能性を見出してから渡る方がずっと安全で、広く可能性を守ることもできよう。


「故人が何をどう考えていたのか、彼を直接知る大魔導士様たちでさえ知りえません。憶測で語ることならいくらでも出来ましょうが」


 握りしめていた手に、小さな手が添えられた。


「ですが厄災を止める手立てだけは、ここにある。ならば、やるべきことはひとつだと思いませんか?」


 ────信じていた人に裏切られたことはないのだろう。王子の素直さが羨ましい。

 こんな小さな手で(つか)めるものなど多くはないし、経てきた経験も私と比べればずっと少ないだろう。

 ごちゃごちゃと嫌な感情を、喉の奥に仕舞う。

 嘔吐(えず)きそうになるも、己の使命に準ずる王子の足は引っ張れない。


「……取り乱してすみませんでした」

「大丈夫です。折れそうになる時は、誰にだってありますから」


 よくある慰めの言葉を言うと、王子はにこりと笑った。

 意味を理解して使っているのだろうか。──いや、案外子どもは大人よりも、ずっと本質を見つけていたりする。疑うべきではない。

 杖に魔力を集め、自分と王子に水上歩行の術をかける。歩ける場所が広がり、二人で道を外れた。

 薄く波立つ水面に波紋を広げ、二人で進む。


「魔導書を取ったら、今度は南南東にあるエラペ・ボリオンへ向かいます。リコファスの遺跡では魔法が使えませんから、すぐに上がりましょう。今日は後三つほど攻略せねばならないことがありますから」


 誰かの尻拭いをするのは、いつだって後に続く者たちだ。

 道を作る先人のお陰で広がる裾野はあるけれど、同時に危険と最悪ばかりの悪路も現れる。──手をつけず見ないふりをしていても、いつかその道を歩まねばならない人が現れる。

 きっとそれが、この王子なのだろう。


「水中では出来ることは少ないです。頑張りましょうね」


 不遇を感じさせない笑顔をこちらに向けると、彼は先を行く。




 *****




「きっ……、聞いてないです……!」

「今説明しました。さぁ、行きましょう」


 周囲に人がいてもお構いなしに、私は壁にへばりついた。

 この壁を辿れば出口はすぐそこ。とんでもない話についていけず、腰が抜けた。


「説明されたからって、任せられる訳ないでしょう……? そんな話、一体誰が信用するって言うんですか!?」


 揉め事を遺跡の冷たく古い壁たちが弾き返し、反響させながら周囲の注目を渦中に集めた。


「わたしに付いてくると決めたのは、支援(サポート)するためだと思っていたのですが違うのですか? 今日はわたしの指示に従って下さいと、朝一番にお伝えいたしましたよね?」


 昼に何を食べようかと、相談するくらいの気軽さで王子はにこやかに迫ってくる。

 とてもそんな温度感の話じゃないから!


「下準備は既に終わっていますし、なんの心配もいりません」

「説明されても理解できなかったし、理論上不可能なことをなさろうとしてる以上、同意も納得もできませんよ!!」

「はぁ、魔導士さん……。あなたもいい大人なんですから、みっともない姿を(さら)していないで行きますよ」

「っい、いやだーーーーーーっ!!」

「遺跡の中は一部の空間を除き、魔導も魔法も使えません。プランDには魔導書が必要だし、魔導士さんでなければ解読が出来ません。ついてきてもらわないと困ります」

「だとしても、こんな計画に賛同できる訳ないでしょう……?! サポート対・象・外です!!」


 決まった範囲でしか応対出来ないと、保証書だって書いてある。

 魔導士だって、自分の扱える力と知識の範囲でしか活躍できない。無名であれば尚の事、未熟で取るに足らない存在だ。

 (らち)外のことに関して私に出来ることなく、手伝えることもない。

 王子の提案に抵抗するのは、当然の帰結だ。


「この後あなたが無事に日常へ帰れるよう、必ずお守りしますので、……どうかわたしを信じてくれませんか?」


 (かたわ)らに膝をつき、腰抜けで無様な私へと王子は小さな手を差し伸ばした。

 

「あなたから見ればわたしは未熟で頼りなく、信頼に値しない子どもに見えるでしょうが、全ては明日というこの先に続く未来のため。全てを捧げる覚悟で、わたしはここに来ています」


 声に柔らかさも笑いもなく、真剣そのもの。

 しんと静まる空気が冷たく重い。シリアスな空気についていけない。


「わたしを生み育んでくれた両親に、今まで尽くしてくれた人々たち。この世界で暮らす顔も名前も知らぬ人々を、わたしは愛しています。──きっかけはどうであれ、優しさからわたしについて来てくれたあなたのことも、愛しいと思っています」


 急な九歳児からの告白。

 周囲はこの少年が王子だと分かっているのか不明だが、子どもの真摯で無邪気なセリフに胸を打たれたようだった。暖かく王子を見守っているようで、私以外の空気がガラリと変わる。

 いたいけな子どもの説得に、恥も理性もなくみっともなく騒いでる問題児は誰だと、痛い視線がこちらに向けられる。

 それはそう。────成人済み男性がみっともなく大声で逃げながら、小さな少年に諭されるなんて。私だってこんなひどい姿を、どこの誰かに見せたかった訳ではない。


「わたしの授かった祝福だって、世界中の皆さんのもとへ少しでも分けて欲しいと願っていますし、誰もつらさに凍える夜がなくなるよう、全能の力がこの手にあれば良かったのにと望んだ日もありました……」


 もしかして親御さん、相当のプレッシャーを王子に与えて育てて来た? 責任感つよつよ王子の涙を誘う悲痛な声に、駄々を()ねている残念な大人に怖そうな人たちが睨みヒソヒソと話している。


「……こんな風にいくら言葉を尽くしても、わたしの想いを真の意味で理解してくれる人はどこにもいないでしょう。…………仕方のないことですが、今だけはわたしのことを信じてくれませんか?」

「絶対無理です……。信用できません」


 頑なに自分のやり方を押し通そうとする王子に、大人気ない私は地味に抵抗する。


「────あんな小さい子になんてこと言わせているんだろうねぇ」「あれが保護者か? いったいどこの根性なしだ」「女神ランプロティタ様もお見逃しにならないだろう」「あんな腰抜け、今に天罰が下るだろうね」


 好き勝手言うばかりの周囲に構わず、じりじりと後退する。


「……失敗したら死ぬかもしれないと分かっている以上、自分の命も、あなたの命も安易に賭けることなんてできません」


 それ以外に取るべき手立てがあると言うのであるのなら、頼む。誰か、教えてくれ。


「わたしの手を取って下さらないのなら、仕方がありませんね……。無理やりは趣味ではないのですが、なにせ時間がありません」


 簡単に逃げる手を掴まれると、王子はどこからともなく宙に在るもの(・・・・)を出した。


「さぁ────、先ほどの説明が事実(・・)だとご理解いただけましたね?」


 魔法も使わず、実存しえないものを王子が取り出すと、周囲も目の前の出来事についてこれないのか、沈黙からなんだアレはと(いぶか)しむ声に変わって行った。

 王子の傍に、透き通った四角い何かがいくつも浮かびあがる。変動し続ける数字に謎の文字列が、ずらずらと並んでいる。なんだあれは。

 ────そして見覚えのある姿も映し出されていた。

 呆気に取られる身体を強く引っ張られると、身体が浮いた。


これ(・・)がある限り状態異常が無効になり、罠の類ともエンカウントもしませんので一気に最下層まで降りられます。水中呼吸もこれ(・・)があるので必要ありませんが、────ここで時間を無駄にした分くらいは、ご自分の足で歩いて下さいね」


 地面との接着面がなくなり、重力がなくなる。不安定な状態と混乱する思考に声が掛かる。


『鍛冶屋:スクリロの鍛冶屋にようこそ』


 ────────イヤヌアオリスにいた、鍛冶屋の老人だ。

 彼の言葉が宙に響き、この続きを促してくる。


「なんでここに……? もしかして我々、話し掛けられているんですか……?」


 薄く光る老人は鋭い眼光でこちらを睨み、買うのかどうかと問うている。なんで?

 距離の離れた人物と交信する手立ては、文字を送るのみ。主に手紙を相手に送ることが精いっぱいで、姿や声を持ち出すなんて不可能だった。

 今この時までは。


「買い物もできますよ。スクリロ氏の良いところは、武器防具の他に日用品や魔導具も扱い、手広く商売されていることです。しかもイヤヌアオリス一品揃えが良く、価格もお手頃なので頼りにするには都合がいいんです」


 こともなく説明してくれる、笑顔の素敵な王子が常識の範疇(はんちゅう)を越えていく。


「必要なものは随時(ずいじ)購入出来るので、また瀕死になっても錯乱しても安心です。では、行きましょう」


 問答無用で王子に連れられ、スイスイと床の上を滑るように移動する。こんな訳の分からない姿を、周囲の人間が見ている。

 まるで人間カーリング。唯一違うところは手を離さないところだろう。


 これ以上、成人済み男性がみっともなくも愉快な姿はあるだろうか。

 私だってこんなひどい有様を、どこの誰かに見せたかった訳ではない。


「っい、いやだーーーーーーっ!! もう家に帰らせてください!!」

「ここが終わったらどうぞお好きに。一刻も早く帰るべく、早急に攻略してしまいましょう」


 にこやかに、だが有無を言わせぬ王子に連れられて、市場に売られる子牛の哀しい曲が私の脳内で流れていった。

Tips:会話持出バグ

特定の人物との会話をストレージし、行動不能な場所でも行動できるようにするバグ。

任意のタイミングで会話を呼び出し、侵入不可な場所を通行するために主に活用。ステータス画面を開けばホバー状態になり移動が早くなる上、エンカウントしない状態になる。

会話は継続され、いつでも買い物も行える便利なバグ。

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