2.チュートリアルはスキップ不可避
「はじめまして、無名の魔導士さん。あなたをお待ちしておりました」
たっぷり時間をかけ風呂から出ると、タイミングよく待っていた兵士たちに案内された。
あれよあれよと引っ立て連れて来られたのは王子の御前。
生まれて間もないひよこのように柔らかな金髪に、王家の証が浮かぶ紫色の瞳──。まだ10にもならないと言うのに、魔性ともカリスマとも形容し難い威圧を感じた。
にこやかない笑みを湛えた王子にじっと見られると、昔ひよこを実験に使ったことを思い出す。
あの時、キッチンで孵化してしまったばかりに、ちょうどいい実験材料と思ってすみませんでした。ひよこたちを巨大化させ、巨大鶏卵を作る実験は成功したものの、実用化には厳しい結果となった。
ただ、近隣の村の連中と焼き鳥・巨大プリン祭を開催したのは良い思い出だ。
「申し訳ありませんが皆さん、魔導士さんと二人で話したいので席を外していただけますか?」
「ですが……」
「この方なら問題ありません。善良な方であるとわたしが保証します。ご心配には及びません」
初対面で名前すら知らないこの国の王子が、部屋中ににこりと笑みを送る。
まだ大人の仲間入りをするには、10年は早い。
そんな相手に、兵士もお付きの人たちも納得したのか部屋を出ていった。
「お楽にして構いません魔導士さん。あなたのことはよく知っています。知らない人ばかりがいるのが苦手ですよね」
「……えっ、と」
こんな時、どう自己紹介をすべきだろう。
何もかも私の頭から見切りをつけたのか、言葉も思考も出て来ない。するりとかなりもせず、『あっ』とか『えっ』とか何の意味もない音ばかりが口から吐いて出る。
己は上陸したての水性生物か? 呼吸の仕方すら危うい。
焦れば焦るほど言葉が空回りしていく。これが普段人と話さない弊害だろう。
メンタルが死んだ。R.I.P。
「自己紹介は必要ありません。あなたがここへ来た目的も理由もわたしは知っています。その件についてはぜひ諦めていただき、ご自身のために時間をお使い下さい。たとえ大魔導士様のご命令であっても、あなたは旅に出るより研究に打ち込まれる方がずっとお似合いですから」
王子に後光が差す。──どこかの長生きしてるだけの、酔い潰れた暴君とは大違いだ。慈愛に満ちた顔が眩しい。
引きこもりは帰れと言外に伝えているのだろうが、オブラートに包んでくれる王子の優しさよ。
流れる涙は、傷付いたからじゃないから。
「城の者に伝えてあなたを家へお送りする事も出来ますが、大魔導士様の元へお帰りになるのが気まずいのであればここに居てくれて構いません。必要なものがあれば用意するよう伝えておきますので、ご自由に過ごし下さい」
まともなところひとつ見せられない不審者に、優しい言葉を並べ王子は席を立った。
つられて立てば、椅子に座っていたよりも王子がこじんまりとしたサイズになる。
「────、あの、私が帰ったら王子はどうなさるおつもりですか?」
「すぐにでも出立します。旅に出る前にあなたにお会いできて良かったです。ではごきげんよう」
おばばに飛ばされてから、一時間も経ってないだろう。杖があれば転移陣を布いてすぐに戻ることは可能だが、頼んで送ってもらうとなるとどれくらいかかるだろうか。
実験途中のあれやこれは、どちらにせよ家を離れてしまった時点でやり直しだ。経過観察だって大事な研究の一環なのだから。
ならば、慌てて帰る必要もない。
「…………おばばに飛ばされた直後なのに、いろいろと用意されていましたが。こんな好待遇ですぐに帰っていいとは、どうしてなのでしょうか」
用意された着替えはサイズがぴったり。身に着けていた適当なボロ着と違い、魔法の込められたローブは能力向上が織り込まれている。
ただの着替えにしても、もてなされ過ぎだ。
それに魔導士御用達のとんがり帽子まである。魔力向上の必須アイテムだ。王子に同行するための装いと言ってもいい代物だろう。
なのに帰れとは、────他の人たちに怒られるのでは? 同行者として呼んだにも関わらず、装備だけ貰って帰るだなんて、盗人と非難されても仕方あるまい。
まだお小さい、魔王を倒す予定の王子とやらがすぐ隣で足を止めた。
「魔導士さんが来るだろうことは分かっていました。ですが今ちょうど実験観察の最中でしたでしょう? わざわざ中断させ、遠路はるばる来て下さった魔導士さんへのわずかばかりのお詫びの品です。……これではお詫びには足りないかもしれませんが、わたしも今から出立しなければならないこともあるため何卒ご容赦下さい」
「謝罪も詫びもいりません……。そうではなくて、手伝いは不要ということですか? 他にご一緒される方がいるということでしょうか」
他に誰か同行者がいるということなのであれば、それで良い。
ただの引き篭り魔導士なんかより、優秀な人員が見つかったということであれば大手を振って帰れる。
おばばを納得させるだけの理由が欲しかった。
「魔王を倒すだけの術を心得ておりますので、どなたの手伝いも不要です。誰の同行も望んでいません」
すました顔でとんでもないことを言い出した。
どれだけの自信があるのだろう? 若さゆえの無敵感か。
おばばが何故私をここに送り込んだのか、訳のひとつを理解する。
「あの……、私は王子に掛けられた祝福が、良くないことを引き起こしているそうなので、その原因の追究と解明を果たせと命じられています」
この王子には大人が必要だ。
しかも身内ではなく、関わり合いのない全くの他人。
世の中をある程度理解し、些細でも注意を促せる相手がいた方がいい。────私が適任だとは全く思わないが。
魔王を倒すのに王子が必要でも、こんな無謀なことを平気で口にするのは危う過ぎる。
立派な装いをしていても、発展途上な未熟さが不安を覚えた。
一番最初の話はこうだ。
この王子が生まれた時、この国一番の大魔導士たちが祝福を与えた。
贈るべき祝福内容も決まっている。『勇なる灯』、『清廉なる風』、『暖かな希望』、『健やかなる壮健』、『降り注ぐ慈愛』、『輝く栄光』と六つの祝福で、昔から行われている国家繁栄の祝いの祭事だ。
六人の大魔導士たちも、誰かに祝福を授けるのはこれが初めてではない。慣れているからこそ気が緩んだ上でミスかもしれないが、元々どれも大した内容ではない。抽象的な言葉で、効能をぼんやり濁しているまである。
前途が良くなりますようにという願いでしかないのに、その祝福たちが欠陥を起こしているということがまず理解出来ない。
こうして近くにいても、違和感のようなものはなにひとつ見受けられない。
むしろよく見れば神の加護でも受けているかのような、神聖性すら感じる。──そこに小さい故の万能感が加わり、本当に何か大事を成してしまうようなオーラまで見えるようだ。
「ですが魔導士さんでも、こればかりはどうしようもないのではないでしょうか。だからウトピアの大魔導士様があなたにわたしの暗殺を命じたのでしょう」
「あん────っ?! なんで知っているんですか!?」
早速、目的がバレている。
冷や汗がダラダラと流れるも、無情にも空っぽの頭は真っ白で搾りカスすら出ない。
まさか……、私の事も目的も王子に全て伝えた上で寄越したってことか、あのおばばは──! この場にいないおばばに向かって思いつく限りの罵詈雑言を胸中で上げるも、処されるまでのカウントダウンに青ざめて震えることしか出来ない。
「全てを理解している。おそらくそれがわたしの持つ欠陥です。……さて、そろそろわたしは行かねばなりません。魔導士さんはこの後どうされますか?」
「…………どう、とは?」
「元の場所へ帰るのか、城に残るのか、ということです。急かして申し訳ありませんが、わたしもここを出なければなりません。今すぐご決断下さい」
暗殺目的で近付いた不審者を恐れることなく、王子はそう言った。
まだ10にもならない少年は、何十年も生きてるくせに挨拶ひとつまともに出来ない大人を一人前扱いしてくれる。
こっちは何も知らない、何も分からないで、今すぐにでも全てを投げ出したいと思っているのに。
「…………わ、私が行かなければ、他にお供をつけて出発されるんですか」
「何も必要ありません。必要なものは道中で揃える予定ですし、転移が使えない人を連れて行くのは難しいので。わたしひとりで魔王の元まで向かいます」
「ぇえぇ……? おひとりで……? あと7年程待つことは出来ないのですか?」
この国には言い伝えがある。
目の前にいる王子が16になる日に、魔王が復活する。それが魔王を封じて1000年に当たる、7年後を指し示しているのだ。
できるだけ起こりうる災いに対し、被害を最小限に抑えようと国のあちらこちらで備えている。
王子ひとりに負担を掛けさせまいと、おばばたちも定期的にここへ来て知恵を出し合っているのも、それが理由だ。
この国に身を置く以上、どこの誰でも知っている当たり前の話。
だけど自分には関係ないと、どこかで高を括っていた。
偉い人たちが行うべき使命で、協力を求められたら応じるくらいの軽い気持ちしか、私にはなかったのだから。
「わたしが幼いからご心配されているのでしょうか。ですが、年齢なんてものは関係ありません。わたしに阻止できる力があるのですから、それを今から行使するだけのこと。どうかご安心下さい。皆さんの安全はわたしが保障いたします」
王家の子って、こんなに大人びているのが当たり前なのだろうか。
見た目が小さいだけで話し方も振る舞いも全部、精錬された特別な人感ありまくりだ。
「両親や大魔導士様たちだけでなく、今まで多くの方々が未来のために知恵を出し、力を惜しみなくこの国のために費やしてくれました。わたしは皆さんのお心を少しでもお返しすべく、早めに出発するだけです」
後光が再び差しこんだ。
なんて良く出来た息子さんなんだ────。王家なんて偉いだけかと思っていた。短慮な我が身を、恥じ入るばかりだ。
「わたしは今自分が出来る最大限のことをなすだけです。魔導士さんもどうかご自身のために、ご自分の時間をお使い下さい」
「──────行きます」
「……はい?」
「大してお役に立てるようなことはないかと思いますが、……杖があれば転移魔法は扱えます。あっ、足役くらいには活用法があるかと……!」
思わず平伏した。こんな小さな子が大変な旅に出ると言うなら、誰かひとりくらい大人がついて行かねばならないだろう。幼なくとも勇気ある王子が、可哀想ではないか────。
無名の魔導士に冷たく無慈悲なおばばですら、哀れと言わしめるだけの慈しみ深さが王子にあった。
知ってしまった以上、放ってはならないだろう。
「……ついてきても、大変だと思いますよ」
ぽつりと呟くようなこぼれ落ちた声は力なく、冷たさをはらんでいた。
「魔力が多少あるくらいですが、支援役は必要かと。……私で良ければお供いたします」
顔を上げれば、迷いを見せた顔が綻んだ。
先ほど見せていた大人びた雰囲気はなくなり、素直さが表に出ているように見えた。
「ありがとうございます。──魔導士さんならそう言ってくれるだろうと思っていました」
己の選択に思わずドヤりたくなるほど愛らしいことを言うと、王子はこちらに目線を合わせた。
こんな良い子のためなら、ただ長生きしてるだけの社会不適合魔導士でも、役に立ちたいと思わせる。
「今は分からない事ばかりだと思いますが、魔導士さんはわたしのサポートをして下されば十分です。聞きたいことがあればなんでも聞いて下さいね。その上でご自身の使命を果たして下さればわたしも嬉しいです」
「王子に手を掛けることは、丁重にお断りします……」
「くすっ、あなたのお心のままに。これからよろしくお願いします、魔導士さん」
にこりと微笑み手を出されると、握手を求められているのだと気付く。慌てて手を拭き、小さな手を握り返す。
暗殺を頼まれた分の後ろめたさを、王子がこれから出会う困難のために一新しよう────。
「それでは。この部屋を出たら、兵士たちにプランDで行くと伝えて下さい」
どうやら旅に出るためのプランも準備も全て用意しているらしい。
スタスタと王子はこの部屋を後にしようとする。
「魔導士さんの装備も用意してありますので、適当に見繕って来て下さい」
「王子、前をっ! 壁にぶつかります!」
「問題ありません。────早めに慣れて下さいね」
勢いのまま壁にぶつかると──、そのまま壁の中に飲まれて行ってしまった。
壁に飲まれて行った──……?
目の前で起こったことが理解出来ない。
「王子……?」
彼が消えた場所は何か仕掛けがあるわけではない。魔法も発動していない。不自然に王子は消えた。
触って確かめると固くて冷たい壁が手を押し除ける。
閉まったままの扉を開け、壁の向こうを確かめると────、兵士たちが並んでいた。
「あの……、王子が壁に……、消えてしまったんですけど…………??」
消えた? 思わず自分の言葉に自問自答する。
転移魔法もなく、人が消えた? 壁の中に消えたように見えたが、反対側には兵士しかいない。
「………………」
「──────」
壁と外に立つ人たちを見比べ、動揺と沈黙が広がる。
王子が消えた────? 魔王を倒し世界を救うはずの人が……?
何が起こっているんだ。ここで王子が消えたら私はどうなるんだ? 王子を誘拐した犯人とかで捕まる……?
最悪の想像が駆け巡り、ダラダラと冷や汗が流れる。
「……殿下から何か御言付けはありませんか?」
「はっ──! た、たしか、プランDと仰っていたかと」
兵士とは違う身なりの執事的な人が出てくると、『プランD』という言葉と共に周囲に動揺が走る。
何事かとあわあわしていると、執事的な人が顔色を変えて大声を上げた。
「プランDだ! 魔導士さまに装備と荷物をお渡ししろ! 魔導士さま、どうか殿下のことをよろしくお願いいたします!!」
よろしくという言葉に、どこに隠れていたのか大勢の人がやって来て頭を下げた。
「一体どうやっておられるのか不明ですが、突然壁に入りそのままどこかへ行かれてしまうのです……。大魔導士さまでも解明できないとか……。殿下はどこか普通ではないのですが、それでも我が国の王子なのです────」
「魔王を倒すために、人知を超えた力をいつの間にか得てしまったようで……。どうか、あの方のことをお頼み申します魔導士さま!」
ガシャガシャと兵士たちがやって来ると、分不相応なくらい立派な杖に帽子、おばばの仲良しの大魔導士も数名、混乱する現場に現れた。
「ウトピアのひよっこ、お前も事態の大きさを理解しただろう。とにかくすぐに王子を追いかけてくれ。今王城を出て、近くのダンジョンへと向かっておられるようだ。このバングルで王子の居場所が追跡できるし、攻防アップもついている。今すぐ使えそうな魔導書もいくつか鞄に入れたから、時間を見つけて習得するのだぞ!」
質量保存の法則無視の魔法の掛かった鞄に、バカみたいに荷物が詰められている。軽くて済むが、荷物持ちという役に相応しい出で立ちになる。
でも王子が消えた。
何が起こってるのかと、頭の中が明滅する。
その背を押され、周囲から孤立すると大魔導士のおじじが杖を掲げた。
あの人もパリピ眼鏡をかけていると、余計な感想しか浮かばない。
「あの……、リアルタイム……とか、Any%とか、なにひとつ意味がわからないですが、なんなんですかこれ?」
「これから3日で魔王討伐を成されるとか。──手段を選ばず、人理を超越し、可能なこと全てを利用して魔王討伐をなさるということだ。さすがに人倫に悖る行いをお小さい殿下にさせる訳に行かない。今すぐ、危ういときはお前が止めて差し上げろ!」
「…………王子という存在がもはやバグ?」
旋風に巻かれ、光が私を別の場所へ運ぼうとする。
バグってなんだ?
手段を選ばず、人理を超越ってなんだ??
何ひとつわからないまま、疑問符と共に無名の魔導士は旅立った。
RTA王子 バグありカテゴリGoodEndingAny%クリア 〜祝福の代わりにバグが発現した王子を打破せよ魔導士!〜
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