1.無名の魔導士、参戦
GL!
「あの、おばば? それって本気で言ってます?」
開口一番『どうしようもなかったら王子を殺せ』と言われ、呪いを込められた短剣を渡された。
一体なんの冗談だろう? 理解が追いつかず、不吉な短刀と無茶苦茶なことを言うおばばを見比べる。
手に掛けている魔導研究がどれも途中で、実験結果を待っている最中なのだ。
そんな中途半端な状態で今家を出されては困る。
おまけに殺人の教唆なんか、冗談でもお断りだ。
「我が弟子よ。事態は一刻を争うんだ。今すぐ王子の元へ行きどうにかして来い」
「いや、どうにかして来いじゃないんですよ。全然意味が分からないんですけど」
「タイトルとあらすじを読んでないのか? そこに全て書いてあるだろ」
「身も蓋もないことを言わないで下さい。そもそもバグってなんですか? 祝福がバグ……? 大魔導士ともあろうあなた方が、そんなアホみたいな事をやらかしちゃったってことですか?」
適当な本がこちらに投げ飛ばされる。大事な魔導書なのに、このおばばは雑に扱う。
一体何百年生きているのか不明だが見た目だけは若い我が師は、真っ白な長い髪をベッドに広げ枕に臥せってうんうんと唸っている。
大人しくし澄ましていれば知的美女に見えなくもない。だが、これはおばば。私よりずっと年長で尊大で、いまだに自分の酒量の上限の分からぬ私の師匠だ。
昨日まで参加していた、国家安全保障議会から夜明けと共に帰ってこれだ。飲みすぎたのだろうと回復薬数滴分の同情を示してやったのに、大切な本を投げて寄越すとは最悪だ。
「≪リアルタイムアタック≫とは、認知した時間も全てがカウントされ始める。今この説明している時間も王子は魔王討伐の為に向かおうとしているのだ。……まだ10にもなっていないのに、哀れだと思わないのかお前は」
「えぇ、本当にお可哀想だって私も思っていますよ。生まれたばかりの子どもに勝手な使命を与え、本人の意志もガン無視の大人の都合を押し付けられるなんて。強大な軍事力も財力もある王様とか、ここに座す偉大なる大魔導士様であるおばばたちが魔王討伐とかすればいいのに」
「とにかく! これで王子を見れば四の五の言ってばかりなお前でも理解出来るだろう。早く行ってこい! 王子をこのまま放置するわけには行かないんだ!」
放物線を描きながら投げて寄越されたのは、金のフレームでグラデーションが入った派手なサングサラスだった。
「……なんですか、このパリピ仕様は?」
金のフレームは星を作り、同じ形のレンズがハマっている。どこからどう見ても、陽なる者たちが夜のパーティとかで使うサングラスだ。
こんなのをおばばが持っていることにドン引きだ。
どんだけはっちゃけてきたんだこの人は。
「我々のような隠者が使うと、魔導の施されたレンズを通し世界の真理が見えるようになるのだ」
「……よほど打ち上げのパーティが楽しかったんですね。それでなぜ、私のことを追い出そうといているんですか。私の研究費を酒代にしてることくらい、とっくに知ってますからね」
つまんだレンズを覗いて見るけど、何か特別な加工があるとはどうも思えない。
魔導なんか込められているのか? 魔力どころか魔法すら感じられない。
「……お前の頭は柔軟性に欠ける。いいからとっとと、王子の元に行けと言ってるんだ!」
「あっ、ちょっと────! おばばっ!?」
どこに隠していたのか、杖をこちらに向けると魔導紋が現れ、空間を飛ばそうとしているのを理解する。
「元々王子の支援役としてお前を遣わせる予定だったのだ。それが早まったところで、なんの支障もないはずだ」
「そんな話、今初めて聞きましたよ! 大事な話は一からきちんと説明してくださいって、いつも言ってますよねーッ!?」
*****
坂巻く風に身動きが取れず、怪しい光と共に転移する。
伸ばしっぱなしにしていた髪が風に煽られ、痛いまである。いつでも髪なんて整えられるからと後回しにしてしまうのでこうなる。
おまけに人に会う予定なんてずっとないから、風呂に入ったのはいつだっただろう。
むしろ、おばば以外の人と会うのは何十年振り──?
面倒なことがいくつも頭の中を巡るが、風が落ち着くと目の前に青空と真っ白な城が現れる。
しかも兵士がたくさんいて、唐突に現れた不審者に槍先を向けている。
「何奴だ!」
「あ、あああの、……ワ、ワタシはあ、怪しい者ではアリマセン……」
おばば以外の人類と約一世紀振りの対面。緊張で裏返る声とセリフがボロボロだ。
『王子を殺せと命じられて来ました』なんて言っていいのだろうか。
足元に落ちた呪いの短剣を足で踏み、なんとか誤魔化す。
他に荷物はない。
我が師は暴君。人でなし。
両手を上げ精一杯無害をアピールしてみるが、服は適当、転移のせいで髪は最悪の形に盛られ、毎日触る薬液と薬草のせいで臭いかもしれない。ただでさえ風呂に入ってないのだから……。
どう見ても不審者です本当にありがとうございました。
短い人生だった────。無名の魔導士としての生を振り返っていると、
「……もしかして、ウトピア大魔導士様の弟子か?」
「は、はい──!」
人生の終わりを回避出来たことに、喜びから涙が溢れそうになる。
「も、もしかして、おばばから何か伝言とか……」
「ボロボロでヨレヨレの、吃りまくる不審者が突然現れたら中へ案内するようにと、王子に言いつけられております」
武器を納め、誰が見ても分かりやすいほどの優しい説明に思わず涙が流れる。
魔導士は研究職。人に会わずとも自分のやりたいことだけ考えて、始終没頭できる道を選んだだけに、コミュ力は皆無。周囲の胡乱な目が痛い。
「必要があれば風呂場へ案内するようにとも……。失礼ですが、王子にお会いになる前に身なりを整えて下さい」
「着替えもあります。急ぎこちらへ」
ガシャンガシャンと鎧の音を立てて、彼らも急かし立てるように城内へ案内をしてくれた。
なぜこんなにも忙しないのだろう。こちらは何年も引き篭もって研究していただけの雑魚魔導士だぞ? 早歩きだけで息が上がる。
しかも、なにひとつ理解してない。
勢いだけでここまで流されているが、────川だって上流があり下流がある。流れるための理由があるだけの川と違い、ただ流されているだけの私に辿り着ける先はあるのだろうか。
「あ、あの……っ、もう少し、落ちっ着いてっ、案内して、もらえないでふかっ……!」
「風呂場はここです。タオルはそこで、着替えはあちらに。それでは失礼」
ある場所につくと、キビキビとした説明の後、ピシャリとドアを閉められひとり取り残される。
息を整えながら周囲を見る。────思ったより浴場が近くて良かった。
だが陽にさらされることも、運動だって最後にしたのがいつか思い出せない。こんな頼りなさの塊のような人間に、魔王討伐に同行させるなんて……。
おばばは本当に人の心がない。
奴こそ魔王。悪の権化。
鏡に映る自分の姿を見る。何年も放置していた上に、逆巻く風でぐしゃぐしゃの髪に手櫛を入れた。
……絡んだ髪のせいで指が抜けない。なんかもう全部無理。
自分の油でぎとつく感覚に最悪だと、頭の中で何度も愚痴がリフレインする。
本当に、どうして私なんかが選ばれたのか。
厄介事の尻拭いさせる偉大なる大魔導士たちに呪詛を送りながら、全ての汚れを落とすことに決めた。
Tips:GLとは
Good Luck≪グッドラック≫の略。相手を応援、激励するときに送る言葉。
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