【Side Story2】気づかない優しさ
柚葉回想
昼休み、教室の中はいつものように賑やかだった。
柚葉は陽太たちと雑談しながら、適当にパンをかじっていた。
「ねえ透、お前って好きな子とかいないの?」
陽太が興味本位で尋ねると、透は少しだけ眉を寄せて、そっけなく答えた。
「いない」
即答。
「あー、だろうなー。なんかお前ってそういうの鈍そうだし」
陽太が笑いながらそう言うと、柚葉もつられて笑った。
確かに、透はそういう話題には全然乗ってこない。淡々としていて、感情が表に出ることも少ない。
でも、それは本当に「鈍い」からなんだろうか。
ふと、柚葉はこの間のことを思い出した。
あの放課後、ひとりで階段に座り込んでいたとき、何も言わずに透がハンカチを置いていったこと。
「……」
あの時、柚葉は透に「ありがとう」と言わなかった。
いや、言えなかった。
何も考えずに受け取るのが恥ずかしかったし、そもそも彼がそんなことをするとは思わなかった。
透は、たぶん本人は意識していない。
でも、その「気づかない優しさ」みたいなものが、柚葉の中にずっと残っていた。
「なあ柚葉、お前は好きなやついるの?」
陽太の言葉に、思わず咳き込む。
「は!? いや、いないし!!」
「え~、なんか怪しい」
「怪しくない!!」
ごまかすように大声を出して、柚葉は強引に話題を変えた。
透は、何も言わずに聞いていた。
---
その日の帰り道、柚葉は下駄箱で靴を履き替えながら、ふと隣を見る。
透が、無言で誰かの上履きを拾い上げていた。
誰かが落としたらしいそれを、彼は何のためらいもなく靴箱に戻した。
落とした本人が気づくこともなく、透がそれを拾ったことを知る人もいない。
「……何なの、あの人」
独り言のように呟いて、柚葉は透の背中をじっと見つめた。
「……鈍いんじゃなくて、気づかないフリしてるだけなのかも」
風が冷たくなり始めた秋の帰り道。
その背中が、どうしようもなく気になった。