第五話
今日から三千文字意識して書いていきます…!
朝の光が眩しい。
透はゆっくりと目を開けた。
白いカーテンが風に揺れ、窓の外には淡い青空が広がっている。
まだ、夢の続きのようだった。
昨日の夜。琳の微笑み。
消えた彼女の残像が、まぶたの裏にかすかに残っている。
目を閉じれば、緑のカーネーションが揺れる光景が蘇る。
けれど、まるで掴めない幻のように、それは指の隙間からすり抜けていく。
「……行くか」
透は布団を蹴り、身を起こした。
―――
「おい透、また寝てただろ」
教室の窓際。
昼休み、透は机に頬杖をつきながら、ぼんやりと外を眺めていた。
透の肩を軽く叩きながら、陽太(ようた
「……起きてる」
「嘘つけ。二限目の数学、先生に当てられても反応なかったって」
「……まじか」
透は少しだけ眉を寄せる。
確かに、何か夢を見ていた気がする。
陽太は呆れたようにため息をついた。
「最近、お前さ、ちょっと変じゃね?」
「……変?」
「ぼーっとしてること多いし、なんか、夜型っぽいっていうか」
「……別に」
透は窓の外を見た。
明るすぎる空が、少しだけ眩しかった。
昼の喧騒の中にいると、夜の静けさが恋しくなる。
琳の言葉が、耳の奥に蘇る。
『私は夜の住人だから』
透は軽く首を振った。
「……なんでもない」
陽太は透をじっと見つめる。
「まあ、ちゃんと寝ろよ。夜更かししすぎると、幽霊に呼ばれるぞ」
「……幽霊?」
「そうそう。ほら、この辺、夜の蛇道に出るって噂あるだろ」
透の指が、机の上のペンを無意識に転がした。
夜の蛇道。
琳と出会った場所。
「……出るのか?」
「いや知らんけど、うちのクラスの女子が言ってた。『夜道を歩いてたら、人影を見た』って」
透は微かに眉を寄せる。
「それ、どんな影だった?」
透の問いに、陽太は肩をすくめた。
「さあな。『女みたいだった』って話だけど……」
その瞬間、透の指がふと止まる。
琳の姿が、頭の中に浮かんだ。
夜の灯りの下、ふと微笑む彼女。
「……お前、なんでそんなに興味津々なんだよ」
陽太が笑いながら言ったとき、不意に背後から声が飛んできた。
「幽霊の話? 面白そう!」
振り向くと、柚葉が栗色のショートカットを揺らしながら、柚葉が透の机に手をついていた。
軽やかな動きで覗き込むようにして、彼女は透の顔を覗き込む。
「どんなのどんなの?」
「いや、ただの噂話」
「えー、つまんない」
柚葉は不満げに頬を膨らませる。
陽太が苦笑しながら、「蛇道に幽霊が出るって話」と説明すると、柚葉は目を輝かせた。
「蛇道かあ、確かに夜に通るとちょっと怖いよね。でもさ——」
彼女はくるりと透の方を向く。
「透って幽霊より、生身の女の子の方が苦手そうじゃない?」
明るい瞳がじっと透を見つめる。
その言葉に、透は一瞬だけまばたいた。
「……なんで」
「んー? なんか、そういう雰囲気」
柚葉はじっと透を見つめる。
「もしかして図星?」
透は視線を逸らす。
「……別に」
「ふーん?」
柚葉は意地悪そうに微笑んだが、それ以上は何も言わなかった。
ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「はい、授業ー!」
陽太が大げさに手を叩いて立ち上がる。
柚葉も「はーい」と適当に返事をし、席へ戻っていった。
透は、ふと指先を見た。
ペンを転がす指が、妙に落ち着かない。
── 生身の女の子。
彼女の言葉が、頭の中で反響していた。
昼の世界の喧騒。
夜の静寂。
透の中で、それはだんだんと分かたれつつあった。
―――
夜の蛇道は、相変わらず静かだった。
入り組んだ細い道。
どこへ続くのかも分からない、まるで迷路のような道筋。
歩くたびに、道の輪郭が曖昧になっていく。
透は、ふと立ち止まった。
昼間の喧騒が嘘のように消えて、ここにはただ、夜の息遣いだけがある。
細く伸びた影。
頭上には、ぼんやりと鈍い光を放つ古い街灯。
その先には、突然現れる木々の影。
舗装されているはずの道の脇に、なぜか土の香りが漂う。
生い茂った草が風に揺れ、さわさわと音を立てた。
「……」
歩く。
少しずつ坂を登ると、細くくねった道がさらに絡まるように広がっていた。
遠くに見えるオレンジ色の灯り。
琳はどこにいるのだろうか。
無意識に、そのことを考えていた。
そして——
次の角を曲がった瞬間、そこに彼女がいた。
「また、会ったわね」
琳が、街灯の下で微笑んでいた。
古いランプの明かりが、彼女の白磁のような肌をぼんやりと照らしている。
「……偶然?」
透は、口をついて出た言葉を自分で疑った。
「偶然」なんて、もう言い訳にすらならない。
琳は軽く首を傾げる。
「どうかしら?」
透は少し息を吐いた。
「君は、こんな夜に何をしてるんだ?」
琳は微笑んだまま、ふっと視線を外した。
「あなたこそ、何をしてるの?」
「……散歩」
「ふうん」
琳はくすりと笑う。
「だったら、私も散歩よ」
そう言って、ゆっくりと歩き出す。
その髪飾りの緑のカーネーションが、古い街灯の光に淡く揺れた。
透は、自然とそのあとを追う。
静かな夜道を、並んで歩く。
「あなた、夜が好き?」
琳が、不意に問いかけた。
透は少し考える。
「……昼よりは静かでいい」
「それだけ?」
琳が、ちらりと透を見た。
その瞳は、どこか試すように揺れている。
透は答えに迷った。
「……たぶん、それだけじゃない」
琳は、ふっと小さく微笑んだ。
「あなたは、夜の住人になれるかしら?」
その言葉の意味を考える前に、琳はまた前を向いた。
街灯の明かりが途切れた先、闇の奥に提灯の灯りがぽつりと浮かんでいた。
稲荷神社の入口だった。
「ついてこないの?」
琳が振り返る。
その声は、夜風に溶けるように柔らかかった。
透は、一瞬だけ迷って、そして歩き出した。
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