【side Story1】ハンカチの記憶
透の同級生、柚葉回想
放課後の空気は、いつもより重たく感じた。
窓際に座る柚葉は、頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めている。教室の喧騒は遠く、耳に入らない。
心がどこか、引っかかっていた。
昼休み。友達と他愛のない話をしていたはずなのに、ちょっとした言葉のすれ違いで、胸がちくりと痛んだ。
「そんなつもりじゃなかった」と思っても、口に出すことができなくて、ただ笑って誤魔化した。
でも、そのあと、どうしても落ち着かなくなって、昼食も食べずに教室を抜け出した。
たまたま入った階段の踊り場で、柚葉は膝を抱えて座り込んだ。
「……はぁ」
誰もいないと思ったのに、少し上の方から足音が聞こえた。
気まずくなって立ち上がろうとしたそのとき、視界の端に、誰かがしゃがみ込むのが見えた。
「……泣いてるのか?」
静かな声だった。
顔を上げると、そこには透がいた。
彼はいつものように無表情だったけれど、じっとこちらを見つめていた。
「……別に、泣いてない」
柚葉はそう言って、そっぽを向いた。
透は、何も言わなかった。
ただ、ポケットから何かを取り出すと、そっと柚葉の隣に置いた。
白いハンカチ。
「……使っていいから」
そう言い残して、透は立ち上がる。
柚葉は、それを見つめたまま、しばらく動けなかった。
透はそれ以上何も言わず、静かに階段を降りていった。
「……何あれ」
柚葉は、小さく呟いた。
心の奥が、不思議と温かくなった気がした。
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この瞬間から、柚葉の中で、透が「ただのクラスメイト」ではなくなった。
ちょとだけ、良いやつだなと。