第二話
「ねえ、今日はついてこないの?」
彼女の声が、夜の空気を震わせる。
挑発するような響き。
けれど、その奥に、どこか淡い翳りが見えた気がした。
透は口を開きかけて、少し迷う。
けれど、気づけば言葉がこぼれていた。
「……ねえ、君は、どうしてここにいるんだ?」
彼女は足を止める。
ゆるく首を傾げ、ゆっくりと瞬きをした。
「どうして?」
「毎晩、ここにいる?」
「あなたもそうじゃない?」
「……俺は……ただ、なんとなく。でも、君は——」
彼女は微笑む。
それは、何かを見透かすような微笑みだった。
「私は夜の住人だから」
彼女はそう言って、夜空を見上げる。
満月の光が、彼女の髪に柔らかな影を落とす。
「夜が好きなの?」
透の問いに、彼女は目を細める。
「昼は、眩しすぎるの」
「……そう?」
「そうよ」
彼女はさらりと答える。
それ以上の説明はない。
けれど、その言葉には確かな重みがあった。
「あなたはどうなの?」
「俺?」
「夜が好き?」
透は少しだけ考える。
「……わからない。でも、ここに来ると落ち着く」
「ふうん」
彼女はまた微笑む。
風が吹いた。
緑のカーネーションが揺れる。
「ねえ、ついてこないの?」
もう一度、彼女が問いかける。
今度は、ひどく自然な口調で。
透は、迷った。
「ねえ、ついてこないの?」
彼女の声が、夜の空気を震わせる。
透は迷う。
けれど、気づけば言葉がこぼれていた。
「……散歩ですか?」
彼女は、ふっと微笑む。
「ええ、散歩」
透は彼女の横に並ぶ。
二人はゆっくりと歩き出した。
夜風が吹く。
蛇道の先に、石造りの鳥居が見えた。
苔むした表面が、月光を鈍く反射している。
その向こうに、ぽつりぽつりと提灯の灯りが浮かぶ。
「稲荷神社?」
「そう」
彼女は足を止める。
淡い光が、彼女の白磁のような肌を照らしていた。
「狐は夜の住人でしょう?」
「……そうなの?」
「そうよ」
彼女は提灯を見つめる。
炎の揺らぎが、彼女の長い髪を淡く染める。
「狐はね、自由に姿を変えるの」
彼女の指先が、そっと緑のカーネーションに触れた。
「私も、変わるのよ」
透は彼女を見つめる。
彼女は笑っていた。
けれど、その瞳の奥には、なぜか微かな翳りがあった。