プロローグ
プロローグ加筆しました。
伏線を緻密に綴らせて頂きました。
琳という子の謎と彼らの恋の在り方についてじっくり読んでいただけたら幸いです。
「角を曲がった瞬間、世界が静かに変わった。
夜の細く複雑に入り組んだ住宅街の道――蛇道へびみち。
くねる道の先に、ぽつりと街灯が灯っている。淡い光が敷石を照らし、どこからともなく微かな風が吹いた。
透は、ポケットの中の折り畳み式携帯電話を開いた。
小さな画面がぼんやりと青白く光る。メールの新着はなし。時間は──22時過ぎ。
カチリ、と静かな音を立てて携帯を閉じる。
この時間になると、街のノイズは消え、光の届かない道はどこまでも深く、静かに続いている。
その下に、ひとりの影がいた。
細い指先が、髪に差した緑のカーネーションをそっと撫でる。白磁のように透き通った肌が、灯りの中で淡く光り、牡丹の花片の様な発色の唇に目を奪われる。
琳——。
そう呼べば、きっと振り返る。
けれど、今はまだ名前を知らない。
ただ、その姿があまりにも鮮烈で、息をするのを忘れそうだった。
夜の静寂の中、彼女はゆっくりと顔を上げる。
月光が長い髪をなぞるように落ちる。
遠くから、かすかに車の音。駅前のビルの広告灯が、橙色に滲んで見える。
けれど、この場所だけは、時間の流れが少しだけ遅れている。
そして、唇が僅かに動いた。
けれど、その声は、風にさらわれてしまった。
── 物語は、ここから始まる。」
この物語の中に現れる「琳」という少女には、
私自身の中にある、ある種の“美”への憧れが重なっています。
鋭く、完璧に構築されたものではなく、
静かにそこにあって、誰にも触れられず、でも確かに存在している。
それを私は勝手に「空想の三島由紀夫」と呼んでいて、
琳というキャラクターに、その気配を少しだけ宿らせました。
よければ、そんな背景について綴ったエッセイを
noteにもまとめています。
→ 空想の三島由紀夫と、夜の美しさについて
https://note.com/vast_slug6391/n/n76c8f5f6dc4c
※任意です
物語とあわせて、ひとつの夜の記憶のように読んでいただけたら嬉しいです。