第1話 スズメバチ襲撃
17時30分 カリフォルニア州のとあるビーチにて……
「いやっほおおおおう!!」
多くの観光客が訪れるそのビーチに、一組のカップルの姿があった。
「ねぇヨセフぅ~早く泳ぎましょうよ。なんなら沖のほうで、ね……」
「分かってるさ。ちょっとまってて……ええと蜂蜜とゼリーを……」
「何する気よ」
このカップル、痩せ型の男の方はヨセフ、赤いビキニに金髪碧眼の女の方はレンダ。
電力会社で一緒に働く友人達と一緒にビーチへと足を運んでいた。
「おいコラ! ヨセフ!! 早くこっちにこい!! ビールもついでに持ってきてくれ!」
「うるせぇ自分で持ってけ!」
友人たちは思う存分飲み、踊り、歌い、楽しい一時を過ごしていた。ヨセフとレンダは別行動、これから沖まで行こうとしている。付き合い始めてまだ一ヶ月も経っていない、
「さーて行こうか」
「やっと? 早く行きましょう。水の中でヤるのは久しぶりよ」
「ナマコとわかめにあいさつしに行こうか。」
もうすぐ日も落ちる。それまでに楽しい思い出を作っておきたい。ヨセフはレンダの水着姿にどぎまぎしながらも手を引いて海へと向かっていった。
ビーチへと歩いていく2人。そんな2人は次の瞬間、地獄を見ることとなる。
「おいなんだあれ?」
ビーチで遊んでいた友人の1人を皮切りにバカンスに来ていた大勢の観光客が一斉に空を見る。
ヘリコプターのローター音のような轟音を響かせながら巨大なスズメバチが空を埋め尽くすような数でビーチへと向かってきていたのだ。
「なんだありゃ、映画の撮影か何かか?」
「俺達みんなエキストラか! 景気がいいな! ハッハッハ!」
現実離れしたその光景に、その場にいた殆どの観光客が楽しそうに笑顔を浮かべている。
手を振る者、スマホを手に写真を撮る者、ビールを手に近づいてくるスズメバチを見ている者、反応は様々。
だが先頭の一匹がビーチに降り立った時、状況が一変した。
「きゃあああッ!!」
ヨセフの友人の1人が、その巨大なスズメバチの顎によって軽々と持ち上げられ、そして噛み砕かれた。
砂浜にボトボトと落ちる友人の肉片や腸を見て、ようやく事態を把握した観光客達、彼等がとる行動は一つだけ。
「逃げろ! あれはマジでヤバい! ヤバいって!」
「ひぃぃぃぃ!!」
ビーチにいた人間は悲鳴をあげながら一斉にスズメバチから逃げ出した。誰一人立ち向かおうと考える者はいなかった。
普段祈りもしない神に祈り、遮二無二走り続ける。
だがスズメバチは単独ではなく『群れ』なのだ。
「ダメだこっちにくるな! いやあああ!!」
次々とビーチに降りてくるスズメバチの群れを前に絶望するしかなかった。
隠れる場所はない、ビーチはどこもスズメバチで埋め尽くされ、彼等の食事場と化した。
砂浜はまるで元々そんな色をしていたかのように大量の血で赤く染まり、パラソルがさながら墓標のように突き立っていた。
「俺達も逃げよう! ほら早く!」
「ああああやだ! カレン! マーク! いやあああ!!」
ヨセフは半狂乱になるレンダを連れて行こうとするが、間に合わなかった。
レンダの背後から一匹のスズメバチが現れ……
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「エンダあああああああッ!!」
その巨大な脚でレンダをガッチリと掴み、羽を羽ばたかせて何処かへと飛び去っていった。
「ああ畜生!」
ヨセフも悲しんでいられない。ビーチにはまだまだ大量のスズメバチがいるのだ。
ひたすら走った。だが目指すのは車が置いてある駐車場ではない。海の方だ。
「こっちだヨセフ! 早く飛び込め! 早く!」
大声で呼ぶのはヨセフの友人、ハリー。彼はスズメバチは水が苦手と判断して一目散に飛び込んだのだ。
「ハリー! これはなんなんだよ!? なんだってこんなことになる!? お前昆虫学者だろ説明しろ!」
「知るか! こんなもん専門外だ!」
ビーチに人が、生きている人が居なくなってきた。動くものを悉く殺戮したスズメバチは人間の肉を脚で器用に丸めあげるとそれを持って一斉に空へと飛び立った。
「どうやら助かったみたいだな」
「だったらアイツらを追いかけよう! レンダが拐われたんだ!」
「無理だろ。あんなのにかないっこねぇよ。この体を見ろ、ガリガリで、おまけに眼鏡だ。奴等の複眼に俺のお目目で対抗できると思うか?」
周りを見渡してみると生き残りは海の中にヨセフとハリーのたった2人だけ、他は殺されるか食われ持っていかれた。
「ハリー、普段馬鹿にされてるのを見返すチャンスじゃないか。ヒーローになるんだよ。そらいくぞ。巣についたら蜂蜜が飲み放題だ」
「ヒーロー……ヒーローか……いやな響きだなこん畜生め」
2人は海から上がると、スズメバチが飛んでいった方角に向けて車を走らせた。